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迷惑メールを撃退 [2011年10月18日(Tue)]










先週の初めころから携帯電話に
迷惑メールが入り込み、
週末、風邪で熱も出て
唸っているところに
大量の迷惑メール、3分おきくらいに
迷惑メールが入ってくるのです。

これでは、
こちらから発信することもできず、
月曜日、docomoショップに
駆け込みました。

係りの女性は
、「研修生」ということでしたが、
なんらあわてることなく、
「これで、パソコンから携帯へのメールは
入らなくなりますが、しばらくこれで
使ってみてください」と、
ほんの10秒もしないで、
わが苦悩を解決してくれました。

その人がさぞ美女だったのでしょうが、
老生は、貴重な拝顔の機会も目が行かず、
わが愛機を「よかったね、よかったね」と
抱きしめて、職場に戻った次第でした。

それにしてもこういう迷惑行為は
困ったもの。

携帯電話が十分使えない状態というのは、
かくも生活と行動を
混乱させるものかということを
実感させられた数日でした。

よくもまあこれだけという量の
迷惑メールを発信するものですね。

呆れ、怒り、絶望した数日でした。
小笠原で人肉食 [2007年05月22日(Tue)]






 難攻不落の島では悲劇も怒った。戦時下の狂気というほかない。

 父島は戦時中、要塞島だった。

 首都防衛の要であった硫黄島と東京の中間にあり、
戦略物資中継の重要な島だった。

 このため、大本営もそれまでの父島要塞司令部を改編し、
陸軍は5個大隊を基幹とする混成第一旅団など約9千人、
海軍は通信隊など6千人からなる防衛部隊を父島に配備した。

 昭和19年6月、小笠原の父島と母島
合わせて7,700人の総人口のうち、
青壮年約300を軍属として残したほか、
一切の住民を内地に強制疎開させた。
全島にトーチカを構築、
ハリネズミのようにした。

 欧米系の青年も召集を受けて中国戦線などで戦った。

 父島は上空から見ると、
右手を手刀にして脱力状態にしたカニの爪のような形だ。

 中央に大きく窪むところが二見湾、
大きな海浜はここだけで
あとは軍の大規模な上陸はほぼ不可能な断崖になっている。

 だから二見湾に機雷を敷設し、
砲台を並べると、
この島への攻略は至難となる。

 硫黄島を攻略した米軍は
艦砲射撃と空襲で父島を攻めたが、
難攻不落とはこういう島をいうのであろう。

 人のいない人家は焼けたが、
高射砲で米軍機も撃墜された。

 先にのべた、「パパ・ブッシュ」(現ブッシュ大統領の父)も
搭乗機が父島上空で撃墜された一人だ。

 問題はそのあと、
1945(昭和20)年2月23日から25日にかけて、
父島に対する空爆が行なわれた。
空母からアベンジャー爆撃機が次々に父島に向かって出撃した。
応戦する父島守備隊は高射砲や機関砲で5機の米軍機を撃ち落した。
ジョージ・ブッシュ中尉は、
からくもコックピットから脱出してパラシュートで降下、
味方の潜水艦に救助された。
しかし、同乗していた2人の乗組み員は行方不明となった。

 ところが、このあと日本軍では
戦意ミ揚と称し、
捕虜になった米軍の搭乗員を殺害し、
人肉をカレーライスに入れて食べたということが、
戦後、大問題になった。。

 その結果、立花中将以下9人が
グアム島に連れて行かれた。

 1946(昭和21)年2月、米軍側は、
「捕虜になった米軍のパイロットたちに対し、
人肉食が行なわれた。

 主犯は陸軍の立花中将と的場少佐、
海軍の森中将と吉井大佐であるとして起訴した。
4人は大筋を認めた。

 その後、この事件に関与したとされる25人が逮捕された。

 針金で木に縛りつけた捕虜に立花中将が
日本刀での試し切りの希望者を募って殺害。
「これは美味い。お代わりだ」などとはしゃぎながら、
米兵の手足の肉や内臓を立花自身が食べたという。

 また、吉井大佐はこのBC級裁判の法廷で、
「無差別爆撃する米軍が悪い。戦意高揚のため人肉を食べた」と供述。
「日本軍の戦陣訓である、
生きて陵辱の辱めを受けず゛・・・という教えがあり、
捕虜に対する行為は何をおいても許される」と主張したとされる。
しかし、果たして、海軍の高級将校が
陸軍の「戦陣訓」を引いて、
このような発言をしたのか、
私には若干の疑問が残る。

 その事件から45年経った。

 ブッシュ中尉は米国の第41代大統領として、
昭和天皇「大喪の礼」に参列した。

 そのとき、「ようやく日本人を許す気になった」と
語ったという。

 ブッシュはこの事件を「戦時中に経験した最悪の時」
として自伝に書き込んでいる。

(本稿の一部は、
gonta13.at.infoseek.co.jp/newpage441.htmを
参照した。)
振り込め詐欺・実話 [2006年06月27日(Tue)]




あわてずに、心鎮めてからお読み下さい。日本の社会でも、ゆめ油断めさるるな、おのおの方。



  昨日の午後に聞いたまさか、というほんとうの話である。

P 教授「はい、Pです」
(園長)「私、お宅のお嬢様の勤務しておられるQ幼稚園の園長をしているRです」
P 教授「これはどうも、いつもお世話になります」
(園長)「お嬢様が大変なことになりました」
P 教授「交通事故か何かしでかしましたか? それとも・・・」
(園長)「園児を殴って大怪我をさせてしまったのです」
P 教授「えっ! それで」
(園長)「園児は救急車で運びました。お嬢様は業務上過失傷害罪で警察につれて行かれました。とりあえず、市の教育委員会にも報告したところです。今後のことは随時ご相談しますので、この電話から動かないで下さい」
P 教授「はい。かしこまりました。ご迷惑をおかけし、本当に申しわけございません。ご連絡、ご指示をお待ちします」。

(教育委員会のS)「お宅のお嬢さん、困りましたね。業務上過失傷害というのは、重大な犯罪ですよ。ご父兄は大変なご立腹です。そりゃそうでしょうな。こういう公立の幼稚園を信頼していただいてお子様を預けてくださっているんですから」
P 教授「まことにどうも。それで私どもといたしましては、とりあえず、どのようにお詫びに上がればいいのでしょうか」
(教育委員会のS)「いや、それはなんとも。ま、警察のご沙汰もあるでしょうし、とりあえず、お父様にもお伝えしておいたほうがなにかとよろしいかと思いまして、ご一報しただけですから」。

(警察官T)「ああ、P教授ですか。よくテレビで拝見していますよ。それはそうと、大変なことになりましたね。私どもとしても穏便にとは思いますが、なかなかそうも行きませんで。とりあえず、身元の確認ということでお電話しました」
P教授「娘はどこにいるんですか?」
(警察官T)「ここにいますよ。替りましょうか?」
P 教授「U子と替ってください」
(警察官T)「ほら、お父さんだよ。何か言いなさい。大層、しんぱいしていなさる」
(U子)「ワァーーーン、グスッ、グスグス」
P 教授「U子、しっかりしなさい。いろいろ事情があったんだろう。お父さんがなんとか力になってあげるから」
(U子)「グスッ、グスグス、グスッ!」。

(園長)「あ、P教授ですね。今、園の顧問弁護士のV先生と代ります」
(V弁護士)「P先生ですか。園も訴えられそうですので、私が代理人としてなんとか立ち向かうことになりました。つきましては、突然ですが、また当然ですが、資金が要ります。
手付金が50万円と経費として350万円、合わせて400万円を、今から申し上げる口座番号にお振込み下さい。30分くらいの間にできますね」
P 教授「V先生、とにかく何とか娘を救ってやってください。すぐATMから振り込みますから15分ほどでできると思います。ご迷惑をおかけしますがよろしくお願いします」。

P 教授は大きくため息をついた。

そこで、自慢の脳みそが高速回転、運もめぐってきたのだった。

「ん? 園長って、男の声だったよな。この春に挨拶に行ったときの園長は叔母さんだったよな」

P 教授「Q幼稚園ですか。園長のR先生をお願いします。私、Pの父親でございます」
R 園長「ま、P先生でいらっしゃいますか。その節はどうも失礼いたしました。また、いつもお嬢様にはほんとうによくしていただいて・・・」
P 教授「ちょっと待ってください。R先生ですよね、園長の?」
R 園長「ええ、Rでございますわよ。どうかなさいましたか?」。

 某有名大学の某有名教授のPさん、昨日、あやうく「振り込めさぎ」に引っかかるところだったのだ。くわばら、くわばら。ま、「敵」も、私のような貧乏人を狙う手間も暇もないか。

 同じ日に、渋谷で女子大生誘拐身代金要求事件があったという。