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血糖値に気をつけよう [2012年11月30日(Fri)]


amaririsdu.jpg

この季節になると、年賀状作りを前に、喪中のお知らせが相次いでやってくる。

そんな中で、今度は、多年ご指導をいただいてきた傘寿の先輩から、「ご挨拶申し上げます」と最初に書かれた、厳しくも辛い挨拶状が到来した。少し血糖値の高さを気にしなくてはいけないわが身としては、身につまされる思いで拝読し、コピーを身近な所に貼って、拳拳服膺している。

曰く、
<昨年は大腿骨頚部を骨折して人口骨を入れる始末となりました。今年は1月から8月半ばまで入退院を繰り返し、やっと懸命に努力しているところです。全ての根源は糖尿病にあり、全身の血管が硬化状態にあることからきています。

右足指に壊疽が発生して切断するかどうかまでなりました。さらに、感染症に罹り敗血症をせんこくされて、高熱の中でどうしようもありませんでした。心臓も弱り、全身麻酔に耐えられない身体になりました>。

文章の最後には、<余力を考えますと年頭のご挨拶もこれでお仕舞にしたいと思います>とあるのには、胸が裂けんばかりの強烈なものを感じました。

先輩!
現代医学を信じ、ご自愛ください。span>
26年後の皆既日食を! [2009年07月22日(Wed)]










 残念ながら、きょうの東京では皆既日食を見ることが
できませんでした。

 次じゃ26年後だそうですね。

 健康に気をつけて長生きしましょう!

 というと、なぜかその途端、周囲の人たちは
破顔一笑されます。

 そうかなあ、わが声楽の師匠・松田トシ先生は私より26歳、
お歳をめしておられます。

 そして、もちろん極めて元気。レッスンは厳しい。

「吹浦さん、あなたは声はいいけど(確かそう聴こえました)、
顔もいいけど(耳鼻科に行く必要はないはずです!?)、
色気ないわね」とおっしゃいます。

 その松田先生が、94歳! 私の26年後。

 以下、独白。

 ですから、私はその頃までに色気をマスターし、
きっとまだご健在でいらっしゃる(はずの)先生に、
「あら、前の皆既日食のころに比べ、ずいぶん
色気を身につけちゃったじゃない?」
と言わせて見たいのです!!

 ムリかなぁ・・・

 26年後は、みなさま「現実」なのです。
今から晴天を祈りましょう。
右上がりの人生 [2009年06月03日(Wed)]











 しばしば電車の中で、
もしかしてこの車両で私が最年長・・・などと思いながら
キョロキョロあたりを見回したりする。

 決して、好みの女性を捜し求めているにあらざるゆえ、
ご心配なきよう。

 好みの女性はいつも近くに複数いるから、重ねて
ご心配なきよう(ここで、まずは咳払い!)。

 さて、そんなじゃれごとを言っている場合ではない。

 1945(昭和20)年8月、4歳にして敗戦、
(たぶん神童といわれたはずの)私に戦時中の記憶などないに等しい。

 ということは、この世代、
物心ついたときが、日本の最悪の経済社会的混乱にあったということだ。

だから、言葉を換えれば、その後、日本全体は右上がりの人生を、
とぼとぼではあるが、歩んでき、その中にいたということだ。

 同じ世代に属する麻生太郎の実家は、
敗戦その直後から、炭坑経営者として
また、国会議員として、巨万の富を築き、今日も桁外れの豪邸に住み、
当代は、「カネはうなるほど持っている」と豪語しているようだが、
これはあくまでも例外中の例外。

それで「国民の目線」と言ったって、「勝手にしろ」と一括したい。

先日、たまたま深沢の小沢一郎邸の前を通りかかったが、
こちらも、負けず劣らずとは言わないまでの、
「政治家って結構、金になるんだな」というのが実感の豪邸であった。

 それでも、われらこの世代、一般的には、マクロ経済において、
年々、社会的に豊かになってゆく経済成長に乗った60余年を
過ごしてきている。あくまでも「例外のない規則はない」のであり、
私もまたその例外の典型であることは申し上げるまでもない。
わが愛車は22万キロも私と付き合ってくれていることが
その証左といえよう。
                              (つづく)
70歳にあと一歩 [2009年06月03日(Wed)]













 亡くなった親友・高野國夫とは、同じ歳、
1941年の3月生まれと7月生まれだ。

 あまりの急死に、この3日間、私の鬱は続いている。

 わが世代、「アラコキ」というのだそうだ。
「around 古希」なのである。学生に拠れば
68〜72歳までの約5年間の人を指すのだとか。

逃げも隠れもしない、私はこの世代の爺(ジジイ)である。
昔なら翁(おきな)と言われても当然の歳だが、
それでも、普段は元気いっぱい。

内外の政治に怒り、
経済に暗澹とし―
教育に慨嘆し、
それでいながら、
音楽にひたり、
月を愛で
草花(と美女?)を好む日々を
健康そのもので送っている。

 それでも「ゲキヤセ」の金正日の姿を見たり、
一昨日のように、突然、親友が心筋梗塞で帰らぬ人と
なるといった知らせが舞い込むと、同じ歳の者として
この「元気」、どこまでが本物かと
いささか疑いたくもなってしまう。
                  (つづく)
金正日の全快を祈る [2008年09月10日(Wed)]
        



            


       健康が心配される金 正日




 金正日の健康不安説が、しきりだ。

 66歳、「脳梗塞による四肢マヒ」という情報が、
中国や米国筋から流れている。

 一刻も早い全快を祈念すると書いている人が
見当たらないのも、
不思議といえば不思議だ。

 何はともあれ、人の命はみな同じ、
小欄は健康の回復を祈る。

 その絶大な権力で、是非、拉致被害者を帰国させ、
核を廃絶してほしい。

 好き嫌いは別に、金正日、王貞治、横綱・大鵬の3人は
わが同世代である。

 いずれも既に大病をしたか、している。

 そういえば与謝野 馨も同じころに大病した。

 そのなかで、
小泉純一郎と麻生太郎、そして私は
どうしてこんなに元気なのかと、
「じっと鏡を見」てしまう。

「親に感謝しなさい」とわが声楽の師・松田トシはいう。

 女性の年齢を言うのははばかられる(らしい)が、
師はすでに卆寿をはるかに超えておられる。

「フキウラさん、あなた
声はいいわね(ホントにそうおっしゃいます。お世辞が旨い!?)。
でもね、色気がないのよ」
と厳しい。

 明日は早稲田時代のクラス会、
同世代に病人が出るのは、誰であれ、辛い。

 あらためて金正日の肉体的回復を神に希う。
                 (文中敬称略)
認知症のはじまり? [2007年11月20日(Tue)]








おのおの方、
とまあ、いささか大時代的に呼びかけよう。

先日はインフルエンザの予防のためのワクチン接種を
お勧めしたが、きょうは、

「怒るな、転ぶな、風邪引くな」に加えて、
「人名を忘れるな」「物忘れをするな」を挙げておきたい。

今朝ほどのこと、私はなぜか青木さんという女性を
清水さんと思いこんで、メールしてしまい、
とんだ失礼をしてしまった。ごめんなさい。

大田区の女性コーラスグループ「すずらん」の最終コンサート
が今週末、銀座の王子ホールで行なわれるが、
その招待券を久々に偶然出会った、
「すずらん」所属実力派のアルトである青木さんから
いただいていたのに、
どこかで記憶の賞味期限が切れてしまっていたようだ。

誰にもいえずにこのショックで落ち込んでいたところ、
今しがたこられた、出版社役員の元「妙齢の美女」、
「メガネを忘れてきたので・・・」とショボン。

急な寒波でマフラーを取り出したら、
そのままでてしまったのだとか。

私のように中学1年からメガネを愛用してきた者には
絶対にありえない忘れ物なので、
みなそれぞれに苦労はあるものだと、
変な優越感を感じた。

でも、メガネを忘れるのは、あまり他人には迷惑をかけないだろうが、
人名を間違えたのは、本当に申しわけなかったと、
反省している。

大事な名前はすぐ書き込むこと。
きょうの教訓でした。
減量10sを達成 [2007年06月02日(Sat)]




 谷川さんと中島コーチからいただいた体重計。「70台」はご覧の通り。中央の谷川さんの写真を踏まないのが、減量のコツ?





 私事で恐縮しています。

 皆さんはお笑いになるでしょうが、私にとっては「栄光の70台」、ついにやってきました。

 いや、年齢の話ではありません。体重なんです。9ヶ月で10キロ、減量しました。

 昨年の今頃、なんと89.9キロもあったんです。身長が168センチですから、あんまりです。

 それでも、忙しくて、というより怠け心で何もせずにバタバタ働いて、いやいや、モリモリ食べかつ飲み続けていました。毎晩のように研究会や会食・会議にあけくれ、栄養過多だったのはよく解っています。

 8月に、皮膚の出来物を切開してもらった後、とんだことから昏倒し、35分間人事不正、救急車に乗る騒ぎになったのです。それを機にいろいろ気分が変わり、生活を激変させました。

 まず、朝食をやめ、ニンジン2本とりんご1個のジュースを飲むことを中心にしました。ちなみにこれは、安倍晋三総理も同じです。ほかに生姜と蜂蜜の入った紅茶を飲むこともあります。

 加えて、12月末で東京財団を退き、ユーラシア21研究所の創設準備に入りました。
これまた一念発起、35年続いた自動車通勤をやめ、定期券を買いました。

 駅員に定期券を見せると、改札口のほうに指を突き出すのです。まさか、こんなに機械化されているなんて、知りませんでした。35年間の変化について気づいたことはいつか別に書きます。

 それが、今朝、なんと写真のように79.9キロ、まるまる10キロの減量を達成したのです。

 達成のコツ? いまのところいくつか考えられます。

 本気で痩せようとすること、これが第1。試しに少しダイエットなんていうんじゃできません。

 油ものをとらず、バランスよく食べること。これが第2でしょうか。

 第3は、急激に痩せてシャツやスーツがガボガボになっても気にしないこと。以前、埼玉県立大学に奉職していたとき、4ヶ月くらいの間に4,5キロダイエットしたことがありますが、このときは「本気」が足りなかったようで、「服を全部作り直すカネができなきゃ痩せられない」と、バカを言って見事、リバウンドしてしまった。

 4番目は、まめに体重を量ることかな。マラソンの谷川真理さんから50グラムの差まで量れる体重計を贈られたので、毎朝、何よりも早くそれに乗り、折れ線グラフをつけました。これも結構、心理的にプレッシャーになっています。

 第5としては、散歩することかな。カメラを持ってせっせと、さまよい歩いています。自動車で何べんも通った道で「小さな大発見」がいくつもあることに、恥ずかしながら今頃気づいています。

 あとは、最初に「これとこれは残す」というのを最初に決めることでしょうか。

 先日もある会合で、袴田茂樹青山学院大学教授と隣り合わせでしたが、あの人はいつでもどこでもそれを実行しておられる。もう25年もの付き合いで、ずいぶん一緒に旅行もしましたが、毎回、感心する。その会合でも、出された和菓子を半分に切って計画的に残しておられた。もちろん今は私もそうしていますが・・・。

 会食のときは「目下、減量に挑戦中」といえば、「ま、今日ぐらいはいいじゃないか」と悪友は、酒を注いだり、頼みもしないのにおいしそうなものをどんどん勧めたり、注文することがよくあります。それも気にしない。

 昨日も、ある方のお祝いで帝国ホテルのフレンチを昼にいただいたのですが、同じテーブルの「妙齢の美女s」はお肉もお魚も、そして数種類のデザートもおいしそうに召し上がっておられたが、私は肉料理は「堂々と」お断りしました。「夢に見ませんか?」なんて、からかわれましたが、夢はお二人の美女の姿だけで、ステーキが出てこないうちに、目が覚めました。

「気力がなくなる」「軽い鬱状態になる」「動きが鈍くなる」「疲れやすくなる」などと脅かす人が結構いますが、どうでしょうか。目下、その傾向全くなしです。

 目標は74キロ。年内に達成できればうれしいです。みなさん、むやみに飲み会に誘わないでくださいね。


抗がん剤と抗癌剤  [2007年01月05日(Fri)]


  国立がんセンター中央病院。同センターにはほかに東病院が千葉県柏市にある。





 この年末年始、なぜか私の周囲では老いも若きも、癌を患ったという話があとを断たない。12歳から70歳までの方々である。速やかな全快を祈るのみである。

 ところで、兄・忠晴と私が造血幹細胞移植でお世話になった国立がんセンター(東京・築地)のマークはオリンピックの五輪に似た3つ輪の下に山をアレンジしたものだ。

「癌」から「やまいだれ」を取り除いて、癌を征服しようとしたという。

 同センターの看板には「癌」という漢字ではなく「がん」と表記されている。そして、世間には「抗がん剤」もあれば「抗癌剤」もあるんだって? ほんとかな?

「癌」より「がん」が怖くないという人がいる。

 わが国では戦後、公衆衛生の改善と抗生物質の発見等により、感染症による死亡が激減し、代りに、癌の死亡者数が増加し、1981年には国民の死亡原因の第1位となった。現在では約3人に1人が癌で亡くなっている。

 国立がんセンターは、わが国の癌研究と治療の核となるべく、1962年2月1日、創設された。

 最初から「癌」の文字を排し、平仮名で表記した。田宮猛雄初代センター長らが、「癌」を征服しようとした意気込みを感じさせる命名をしたのだという。

 同センターほかにも1970年に制定した交差する三輪のマークをもっている。これは、同センターの運営部と病院と研究所の3部門の「和」も意味している。共に協力し癌の制圧に臨む姿勢を象徴しているそうだ。また、三つの輪の交差は、運営局、病院、研究所の3部門の和(輪)をも意味しているという。

 抗がん剤と抗癌剤の使い分けも、いささかあいまいではあるが、薬剤そのものを指す場合は仮名で「がん」、「抗癌剤治療」など専門家や医療要員が用いる場合は、漢字で「癌」を用いているのが通例となっている。

 私が生まれた1941年に創設という学会は現在も「日本癌学会」である。

 要は、致命的な病気とされた「癌」に対して少しでも患者の精神的な負担を減らそうと「がん」と表記するようになったのである。

 再度、癌で苦しんでいる方々の再起を祈り、先端医学の発展を切望する。医療の世界にいない一般の人でもできることはお互いに、大いに協力したいものである。
 
禁煙はもっと厳しく [2006年12月05日(Tue)]






「大秋柿」の挿画は、石田良介画伯のご厚意で掲載させていただいております。禁無断転載。





 今朝の産経新聞によれば、EU25加盟国中14カ国が、レストランやディスコなど人の集まる場所での禁煙を実施することになりつつあるという。

「喫煙天国」のドイツは来年夏から部分禁煙、英国は来年から、フランスは再来年から屋内の公共の場が全面禁煙となる予定だ。

 わが東京財団は微妙な場所にある。北側が千代田区で路上も禁煙、東側がJT(日本たばこ本社ビル)で、こちらはテナントのレストランや歯科まですべて喫煙OK。東京財団には2年前までは喫煙所があったが、喫煙者が減少するなかで、ついに、日本財団ビル全体の流れに沿って事務所内禁煙。

 それでも愛煙族は、夏は猛暑の中を、冬は寒風吹きすさぶところを、1階まで降りて行き、屋外でしおらしく嗜んでいる。なんとも逞しく、かつ、涙ぐましいではないか。

 それにしても先進国の中で日本人の喫煙率がかなり高いというのはいかがなものか。

 わが師・末次一郎は抜きん出た愛煙家。さぞかし、日本の動向にいらいらすることが多くそれが続いたことかとは思われるが、その点だけは最後まで尊敬できなかった。そしていささか早く5年前亡くなった。享年79歳。残念無念。
菜食か肉食か [2006年10月26日(Thu)]








お店の前に小さく咲いていました。




 先日、こんなお弁当をいただいた。

 タカキビ入り味噌じゃがコロッケ
 根菜きんぴら
 さつまいも、南瓜、栗のピーナツ和え
 いんげんと厚揚げの中華和え
 玄米ご飯

 これで600円也。いいでしょう。私はたまたま東京の郊外でいただいたのだが、都内でも全日空ホテルやリーガロイヤルホテルなどではこういう素材の食事が出来るのだとか。

 マクロビオティックの身土不二の考えに基づくのだそうだ。身土不二ってなんだ?

 「人間(身)も生まれ育った環境(土)もひとつ(不二)」ということのようで、「一物全体、命あるものは全て丸ごと1個で調和がとれている。まけば芽が出る。玄米はそれだけで生命力に溢れている」とのお説教が書いてあった。

 現実には、このお弁当の説明書には「地元で採れた無農薬無化学肥料栽培の野菜を入手可能な限り使用しています。天然醸造の調味料を使い、砂糖・卵や乳製品、肉・魚などの動物性素材を使わずに、素材の味を引き出します」とある。

 私の同級生でかつて紀子様の美容師だった人がいる。その人が長年、こうした食事を心がけ、私にも勧めてくれたが、いかんせん、そうは簡単に出来ない。

 ただ、昨日、人間ドックに行ったから言うわけではないが、健康食は確かに体にいいんでしょうね。でも、インドに多い菜食主義者がそんなに元気なのかなぁという思いも確かにする。

 私の尊敬する政治学の泰斗は齢90を超え、すこぶる元気。ステーキこそ長生きの秘訣と、巨人軍の体たらくを嘆きつつ、あいかわらずの健啖振りを示していると伺っている。

 私自身は8月19日に昏倒して以来、食生活を変え、今、毎朝、人参2本とりんご1個をジュースにして飲み、さらに、生姜と蜂蜜を入れた紅茶を愛飲している。そのせいか、一時は口唇の周りに、自称イケメンががっくりするほど吹き出物ができたが、それも収まり、なんとなくすべてが快調になった。

 ただ、全体の酒量がまったく少なくなり、日本酒を受け付けなくなった。

 まだまだ、原因と結果の分からないところがたくさんあるようだが、もう少し続け、また、マクロビオティックも適度に心がけてみようと思う。

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