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異文化交流の専門家 [2008年04月08日(Tue)]



  中央が阿曽村智子さん。向って左はモデレーター、
 右はアラビア語の通訳。






 異文化交流研究の大家である
阿曽村智子さん(元・東京財団研究員)から、
サクラの花がたくさん描かれたカードで近況をお知らせいただきました。

 ご主人の邦昭氏は、
私にとって幼稚園以来の大先輩。
ベトナム、チェコスロバキア(当時)、
ベネズエラの各大使をされた外交官。

 ご主人とともに、各地で過ごされたことを
最大限、今に生かしておられます。

 この3国の文化的な異質さはかなりのものでしょうし、
研究の下地は案外そんなところにあったのかもと、
拝察しています。

 智子さんは3月上旬、サウジアラビアに行き、
リヤドとジェッダで文化講演をなさいました。

「男性と女性がまったく別の社会を成している
ユニークな文化が印象的でしたが、
親しく語らってみれば、
人々の感性には非常に近いものがあり、
やはりグローバル化の時代に生きていればこそと実感しました」。

 日本人の海外発信がとかく少ないと言われて久しいですが、
イスラム社会にでかけて日本と日本文化について
堂々と講演をなさるというのは、
さすが、わが先輩の令夫人。

 今さらながら敬意を表する次第です。

 日本はもっと「文化というソフトパワー」を活用しなてはいけません。

 最後に、「老兵の一言」、
 ギャルたちよ、元ギャルたちのみなさま方よ、
このくらいの実力を発揮してこそ、一丁前の口を利き給え。
「南京事件論争」の入手法 [2008年04月01日(Tue)]












   2005年に南京の記念館を
  訪問したときの吹浦。
  今もこの数字の表示は変えていないというから、
  関係者の政治性的企図を警戒せざるをえない。





 京都大学の大学院生の方から私のメールに、問い合わせがありました。

 昨日紹介した英文の「南京事件論争 Nanjing Debate」の販売状況と入手方法についてです。

 全部で4,000部印刷し、3,500部は日本の外務省が買い上げ、500部が希望者に頒布するようになっているようです。

 ただ、外国からの要望が多く、増刷が十分間考えられるもののようです。

 お申し込みは、ジャパンエコー社に直接というのが一番早いようです。

 電話は、03−3519−3514、
 メールは、je@japanecho.co.jpです。

 とかく、日本からの発信が少ない中で、この本が世界の世論に一石を投じてくれることを祈ってます。

南京事件・英文論文集刊行 [2008年03月31日(Mon)]










 いわゆる南京事件について、今般、JAPANECHO社から141頁の英文論文集が出版された。

 白石隆編集長のもと、秦郁彦、デイヴィッド・アスキュー、読売新聞社戦争責任検証委員会、北村稔、アーヴィン・クックス、ヨッシャ・フォーゲルという、このテーマで冷静な議論を展開している重厚な執筆者に混じって、なぜか?不肖・吹浦も「Closing the Japan-China Perception Gap」の題で、12頁を汚している。

この「事件」についてはは、ご承知のようなかまびすしい議論が盛んだが、日本側からの英語による発信はきわめて少ない。特に、こういう陣容で執筆するということの意義は、私はきわめて大きいと思う。

幸い、外務省が大量に買い上げて世界中に送付するらしいので、議論に確実な一石を投じることになろう。

私が言いたかったのは、
@ 人数に関係なく、日本軍が被戦闘員を死傷させたとすれば、それは戦争犯罪であり、日本側は衷心より詫びる必要がある、
A この問題については、将来に禍根を残さないよう、政治的意図を排除して事実究明の必要がある、
B 中国側にもようやく、「犠牲者30万人というのはあまりに政治的な数字であり、学者はその良心に従って科学的な数字を極める必要がある」といった声が出てきており、こうしたシグナルを見落としてはならない、
といった趣旨である。

 英文で恐縮だが、定価は1,200円。お問い合わせは、ジャパンエコー社、電話03−3519−3511.メールは、je@japanecho.co.jp
南京の真実・試写会 [2008年01月25日(Fri)]






   試写会に先立ち挨拶する水島総監督と出演者たち。




「南京の真実 第1部・七人の<死刑囚>」の試写会(読売ホール)に
出かけてきた。私はその製作委員会賛同者ということで、
プログラムにも誇りをもって名を連ねさせていただいている。

 水島総さんが脚本・監督・編集をつとめ
エグゼキュティブ・プロデューサーという、
ドキュメンタリー・ドラマである。

 上映時間は3時間、感動のすすり泣きが続いた。

 感動の多くは、当時の最高指導層の人たちがいかに人間的であり、
教養があり、
物腰や態度が立派であるかを
きちんと捉えているところによるのではないか。

いわゆる “A級”として処刑された
松井石根陸軍大将(中支那方面軍司令官兼上海派遣軍司令官)、
東條英機陸軍大将(首相、陸相)、
広田弘毅首相(外相)、
土肥原賢二陸軍大将(在満州特務機関長)、
木村兵太郎陸軍大将(ビルマ方面軍司令官)、
板垣征四郎陸軍大将(陸相)、
武藤章陸軍中将(中支方面軍参謀副長、軍務局長)
の死刑執行申し渡しから執行までのおよそ1日を描いた作品。

中には、南京攻略直後の実写フィルムがかなり長時間挿入されていたり、
東京裁判でブレークニー弁護人が
この裁判の不法性を力説する場面が挟み込まれたりしている。

 俳優が、
浜畑賢吉(松井)、
藤巻潤(東條)、
寺田農(広田)、
渥美國泰(土肥原)、
久保明(木村)、
山本昌平(板垣)、
十貫寺梅軒(武藤)であり、
教戒師・花山信勝を三上寛が演じている。

 いずれも個性ある名性格俳優であり、見事に演じている。

 おまけに上映前の挨拶では、いずれも、
水島監督のこの映画制作に賭ける情熱と思いに、
完全に共感しているという雰囲気だった。

 実は水島氏とは今から20年近く前、TBSのプロデューサーとして、
拙著『医師になった難民少女』(中央公論社)を原作に、
ベトナムからのボートピープルで、
日本で最初に医師になったトラン・ゴク・ランさんの話を、
水島氏がテレビドラマ化して以来のお付き合い。

 そのドラマで「吹浦」は恥ずかしくも「山浦」の名で
難民を助ける会の1リーダーとして登場する。

 今回は、水島氏の描き方が「いつになく」しつこくなく、
それだけに与える感動が新鮮で大きなものがあった。

 願わくば、あと20分でいいから短縮されたほうが、
見るほうが助かるのかもしれない。

 たとえば、素人考えだが、能との二重写しは、
途中は全部捨てて、
最後に七人が昇天したところくらいでよかったのかもしれない。

 とにかく深い感動と、
今日、この日本に生を受けている一人としての責任を考えさせられ、
胸に迫るものがあった。

 ケチな私にはめずらしく、「貧者の一灯」として、
感謝の気持ちとともに大枚を醵金させていただいた。

 各地での上映が成功することと、
できれば英訳版が出来ることを期待する。
南京事件への取り組みM [2008年01月07日(Mon)]





 南京事件に関する論争を吟味して私たちが得た結論の1つは、海外の研究者特に中国の研究者が、日本軍が南京およびその周辺で行った殺戮の事実そのものを重視するのに対して、日本の研究者は国際法上不法な殺戮であったかどうかという議論、さらには殺害された人数を極めようとする傾向があるという点である。

 また、中国から招聘した二人の専門家が、中国の歴史研究がより学術性を重視する方向へ変化している現状を日本側に伝えたことは、大きな意義があった。中国側の歴史認識がより政治性の薄いものになるにつれて、日中関係の無用な悪化を防止することができよう。 

 日中関係は隣国同志としては世界史的にむしろ稀有なほど友好関係を続けた2000年の歴史を共有する。昨今、ようやく友好協力関係が進捗し、それが両国の利益とアジアの安定につながることを互いに理解しあえるようになりつつある。

 しかし、依然、中国の若者には日本に対するある種の憧憬とともに、「反日愛国教育」による誤った思い込みがある。

 だが、日本側にも、敗戦以来、一貫して武器輸出をせず、戦闘行為に関わってこなかった実像を自ら積極的に発信してこなかった政府と学者の怠慢ともいうべき傾向がある。
 
 従って、南京事件についてもいま必要なのは互いの民族主義への不毛な刺激ではなく、冷静で学術的なアプローチではないだろうか。次代を担う若手研究者のさらなる努力に期待したい。

 あらためてあの戦争で亡くなられたすべての方々の霊に合掌する。   <完>
南京事件への取り組みL [2008年01月06日(Sun)]









 自らナンキンのご出身である楊大慶ジョージワシントン大学教授がアメリカで東京財団の片山に伝えたことを書き留めたい。これはまた、その後来日した際にも強調したことでもある。

「南京事件を研究する場合には、この事件を単独で見るのではなく、日中戦争そして第2次世界大戦というより大きな視点から眺めることが必要だ」
という点である。また、
「何が起こったのかという点だけでなく、なぜこのような事件が起こったのかを理解することが、南京事件を論じる場合に非常に重要だ」
という指摘であった。

 楊教授はさらに
「南京で日本軍による数万人単位の虐殺があったことは動かぬ事実」
としたものの、焦点の犠牲者数に関しては、
「30万人説には多くの主観的要素が含まれている」
と述べ、中国政府が一貫して主張してきた「30万人説」をオーソライズするのを避けた。

 そして、
「中島今朝吾師団長の日記など新たな一次資料の発掘で、今後は日中双方の研究者は違いを強調するのではなく、歩み寄る方向に進むべきだ」
と語ったのが印象的であった。

 楊大慶教授はまた、笹川日中友好基金による「日中若手歴史研究者会議」の成果をまとめた報告書「国境を越える歴史認識−日中対話の試み」(2006年5月末に日本語版は東京大学出版会から、中国語版は中国社会科学院・社会科学文芸出版社から同時出版)に南京事件についての文章責任者であり、その中でも以上のような論旨を明確に発表している。

「中国でも外国人の専門家との交流も始まった。日本人研究者との交流の道も拓きたい。歴史の和解をはかるべきだ。ただ、いきなり共同研究という形から入ることはまだ難しいかもしれない。しかし、私たちは、公平な第3国の人が納得できるような解明を図る努力が必要ではないか」
と語る楊教授の発言は重要なメッセージと受け止めた。   (つづく)
南京事件への取り組みK [2008年01月05日(Sat)]







そして、2006年秋、
「南京大屠殺紀念館」の朱成山館長ともども、東京財団は
このお二人を招聘しようとしたが、
朱館長は「体調を壊した」とのことで来日がかなわなかった。

それ以上のことはわからない。
朱館長は『30万人の冤罪死―魂の叫び』
、『金陵 悲惨なる境遇(金陵血涙)』などの著者であり、
編集責任を務めた書籍には、
『南京大虐殺 生存者の証言集』、
『外国人の証言集』、
『金陵 動かぬ証拠(金陵血証)』、
『南京大虐殺 江東門“万人坑”遺跡の発掘と考証、保護』
などがあり、
この問題についてのいわば中国側の最高権威。

2007年12月の修復拡充された
「南京大屠殺紀念館」の開所式では
自ら挨拶し、元気に立ち回っておられる様子を
テレビで拝見した。

「今は」、きっと健康を回復されたのであろうと思う。

かくして私どもでは、2007年1月30日、
程兆奇、張連紅両専門家をお招きし、
東京の日本財団ビルでで講演会を開催し、
その後立命館大学での研究会に参加していただいた。

この二人がこうした場で話ができることに、
胡錦濤政権の対日政策の確かな変化を感じた。

講演会に続いて翌日は、
両専門家を囲んでの「日中専門家対話」、
日中米の南京事件研究家に集まっていただき、
突っ込んだ話し合いが行われた。

また、私は専門家たちとの対話を前に昼食をともにして
個人的に意見交換をする機会を得たが、
むしろ、
「事件の政治化」に苦悩と戸惑いを感じておられる態度さえ
示されていた。

この日の対話を経て、結論として、
「実事求是」の視点から事実をしっかり把握することが
学者としては大切であるということ、
中国の学者も科学的分析や実証的研究態度でなくては
世界の学界の孤児になりかねないことを危惧するなど、
共通の理解に立てるということを、
参加者がほぼ確認できたのがよかった。

また、その後のその他の情報から総合して、
中国の当局も、
この30万人という数字の一人歩きをどう修正するか、
苦慮しているのではないかとうかがわせるものがある。

科学的に真理を探究する学問の行われる国に
近づきつつあるのがうれしい。
南京事件への取り組みJ [2008年01月05日(Sat)]





   挿画は、石田良介画伯作。
    特段のご厚意で掲載させていただいております。
    禁無断転載。






一方、張連紅教授は事件当時、国際安全区(難民地区)になっていた金陵大学(現・南京師範大学)の地下の奥まった一室で、お目にかかった。

張教授はキャンパスを案内してくれながら、
「この大学では日本軍による虐殺が行われた。17名の学生が殺された」
と述べ、暗に、
「この数からもみなさんが知りたがる虐殺の総数は想像できよう」
という語り口だった。

「私(程教授)がそのトップの任にある侵華日軍南京大屠殺研究中心では学術的な研究を行っており、政治性はない。歴史問題、中でも南京問題が日中関係をぎくしゃくしたものにしている元凶であるとの認識から、この研究を始めた。この問題で日中双方が理解し合えれば、日中間に深刻な障害はなくなる」
と述べ、
「一つの問題にこれほどの異なる見方が存在するのはなぜか? 被害者、加害者の立場の違いがそれぞれ感情的に影響する。民族感情や政治問題が、研究にも影響を与える」とし、「この点では最近資料の共有が行われ見解の相違が埋まりつつある。日中双方の研究者が公開、非公開を問わず、顔を合わせて議論し、資料を共有しながら研究することが重要だ。私は30万人という数字は政治的な数字であり、私たち研究者は学問的数字を究めて行く必要がある」
と話してくれた。

 これは中国当局の政策の変化を示す兆候であり、
きわめて重要な発言であると判断し、
私は帰国後、早速、永田町、霞ヶ関の関係筋に
報告した。
南京事件への取り組みE [2008年01月02日(Wed)]







「この事件に関するアメリカの世論は<日本人は加害者で悪、中国人は被害者で善>で固まってしまっている。遅きに失する」

「アメリカ人の思い込みに風穴を開けるのはいまやムリだ」

「遅ればせながら日本側がこういうことをやり出したのは結構なことだ。0と1とは無限大に違う」

「日本も日本人学者の学術研究書を英文で刊行すべきである。それがなくては中国の公式見解や政治的な見解のみが伝わってきかねない。それでは事件の真相に対する理解を妨げかねない」

「自由、平等、人権、民主主義などの価値観が米国社会の精神的基盤を成しており、米国ではすべての問題がこの価値観を物差しとして判断される。日本軍が南京で多くの中国人を虐待・虐殺したことは、否定しがたい歴史的事実として米国人は受け入れている。南京問題は米国人にとっては人権問題なのであり、虐殺という行為そのものが許されざるものであり、虐殺されたのが何人であったかという点は、一般の米国人にとっては枝葉末節なのだ」

「南京問題について、中国側が過度に誇張していると日本人が反論しても、米国人はむしろ<日本人は自分たちの犯した罪を認識していなのではないか>と疑ってしまう。ここでは中国が被害者で日本は加害者なのだ。どこの国を問わず世間は被害者に同情するものである」・・・(つづく)
南京事件への取り組みC [2008年01月02日(Wed)]








 東京財団は、在米での研究生活が長い片山正一調査役を2006年2月23日から、ワシントン、ニューヨーク、トロントに派遣し、この問題に関する米国やカナダの感触について調査した。

 片山は、できたばかりの前記の本を配りつつ、極めて精力的に多方面の方々の意見を聴取して回った。

 産経新聞ワシントン駐在編集特別委員の古森義久記者、
 楊大慶ジョージワシントン大学教授、
 ハドソン研究所CEOのケネス・ワインシュタイン氏、
 ヨーク大学歴史学部のジョシュア・フォーゲル教授、
 スティーヴン・イェーツBarbour Griffith & Rogers(BGR) 社副社長、
 Asia Information Point (AIP)ミンディ・コトラー代表
といった人達がきわめて率直に意見を述べ、助言してくれた。

 どの方がどう述べたかについては、オフレコの部分もあり、ここでは詳述を避ける。

 ただ、一部の人を除き、大半が、「この問題についてのアメリカ人の考えは確定している」「今さらこの評価を変えようとしてもムダだ」「日本人が謙虚に反省したほうがいい」といった意見であった。

 以下、主だった意見を紹介する。    (つづく)
 
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