CANPAN ブログ検索
Loading
  • もっと見る
«松田トシ先生、さようなら | Main | 松田トシ先生の若きころ»
<< 2014年04月 >>
    1 2 3 4 5
6 7 8 9 10 11 12
13 14 15 16 17 18 19
20 21 22 23 24 25 26
27 28 29 30      
最新記事
カテゴリアーカイブ
月別アーカイブ
高橋重宏社会事業大学長逝く [2011年12月12日(Mon)]
   

            高橋重宏くん




















   家族葬とはいえ「シゲ」らしく、内外の友人知人から供花が寄せられていました。






弟に接するかのように付き合ってきた
高橋重宏くん(日本社会事業大学学長)が
今暁1時55分に他界しました。

 同じ橋本祐子(さちこ)先生(元日赤青少年課長)の
門下生で、1963年、
シゲが島根県の高校青少年赤十字の代表として、
カナダでの国際赤十字創立100周年記念行事に
参加するために上京した時(私は大学生)から
ですからかれこれ50年近いお付き合いでした。

2週間ほど前にも
病床から電話をもらいました。

「難民を助ける会の宮崎君、
トルコで亡くなったそうで、
みんな命がけで頑張ってるんですよね」。

 ご尊父は神職で、
全国民生委員会の会長でした。

ですから、親子共々、
社会福祉に生涯を捧げた人です。

そして郷里の江津(ごうづ)の山辺神宮の
33代目の宮司でもあり、1994年に
橋本先生が逝去された時は
神職姿のシゲが
式を執り仕切りました。

私は「シゲ、シゲ」と
気楽に呼びかけていましたが、
あらためてネットで見てみると、
「もしかして」とてつもなく、
偉い人だったのかもしれません。

社会学修士(東洋大学大学院)、
保健学博士(東京大学)を取子ども家庭福祉論や
ソーシャルワーク論で取得、
日本子ども家庭総合研究所
子ども家庭福祉研究部長。
第20期日本学術会議連携会員、
日本保健福祉学会会長、
日本社会福祉関連大学協議会長などなど、
実にさまざまな要職で活躍していました。

最近でも、
在日韓国人のための老人ホームを建設する会
の中心メンバーであり、
私もその一人に引きこまれました。

若いころは自殺の研究などもしていましたが、
厚生労働省の『子ども虐待対応の手引き』をはじめ、
論文、著書多数を著し、いまや、
社会福祉関係ではシゲの名を
知らない者は云々といわれるほどの
「大物」になっていました。

私が理事長をしている
社会福祉法人さぽうと21では
かねて評議員にもなってもらっています。

最後にいっしょに仕事をしたのは去年の2月、
近衞忠W日赤社長が
アジア出身者として初めて
国際赤十字・赤新月社連盟の会長に
選ばれたとき、
二人だけで祝賀実行委員会をつくり、
私が司会をし、
シゲが閉めの挨拶をしたときでした。
近衞社長からは
3人で「一晩」というお誘いがあり、
具体的に日取りも決まっていたが、
お互いの多忙とあいつぐ天災などで、
延期したままになっていました。

昨夜、家族が主催した
近親者と古い友人だけの通夜式の直前、
被災ぶりに近衞さんと再会するなり、
「シゲが死んで、あれは流れたままに
なってしまったなぁ」と言葉をかけられた。

20日ほど前、入院先の病床から
シゲが電話をくれました。
「難民を助ける会も大変だね。トルコでの
余震で救護に行った若い人が
倒れたホテルの下敷きになったって
報道されてるね」。

いつでも、心優しい、いいヤツでした。

プリンス(近衞)、シゲ、
マルイチ(丸山一郎元埼玉県立大学社会福祉学科長)、
そして私は4兄弟のように
橋本先生に可愛がられてきましたが、
「若い」二人が働き盛りに
永遠の旅発ちをしてしまいました。

残された二人は、
彼らがやろうとしたことの幾分かでも
達成しないわけには行きません。

悔しさでいっぱいですが、
乗り越えます。

 そうでなくては、シゲもマルイチも
許しませんよね。

 さようなら。

    ★       ☆

 なお、社会事業大学による
大学葬(お別れの会?)は
来年2月ごろ、開催されるとか。


コメントする
コメント
ご遺族にお伝えします。合掌。
Posted by: 吹浦忠正  at 2011年12月13日(Tue) 21:34

昨年、タイ・プーケットで初めて高橋重宏先生にお会いいたしました。アンダマン海津波被災者の七回忌法要の前日です。小生は、日蓮宗僧侶、財団法人全日本仏教会の総務部長を勤め、3度目のプーケットでした。プーケット日本人会の大野肇さんが鷲尾悦也さん、私たち家族を歓迎の夕食会を催してくださいました。飛行機の便の都合で遅れて到着された高橋重宏先生ご夫妻を交え、楽しいひとときを過ごしました。小生、大学進学の時、日本社会事業大学に憧れていたことをお話したことを忘れません。           本日、高橋先生の訃報に接し、先生のご冥福をご祈念申しあげます。
Posted by: 奈良慈徹  at 2011年12月13日(Tue) 10:06