国旗は変わる [2006年07月24日(月)]
![]() ![]() ベネズエラの国旗が変わりました。 国旗が変更になるというのは日本人にはなじみのないことです。しかし、世界の各国では実は頻繁に変わっているのです。アメリカは州が増える都度、カントン(竿側上半分)の☆の数が増えて行きます。ブラジルの国旗もそうです。 革命や敗戦で変更ということもよくあります。イラクはもう6回目の旗です。この15年だけでも、湾岸戦争までは赤白黒の横三色旗の中央に緑の星が2つというデザインでしたが、サダム・フセインが自ら中央に「アラーは偉大なり」とアラビア文字で書き込み、さらに今次のイラク戦争でイラクが敗れると、さすがに同大統領「ご親筆」では具合が悪いようで、「活字体のアラビア文字」にしました。 アフガニスタンも建国以来、もいう7回くらい変っているでしょう。いつか、朝日新聞夕刊の「窓」で、私の話をもとにしてその話題が取り上げられたことがあります。 実は、日本も、「密かに」日の丸のデザインを変えたのです。1999年8月9日の「国旗国歌法」をネットで引っ張ってみてください。法文の最後に、1870(明治3)年1月の「太政官布告第57号はこれを廃する」とあります。この布告では、幾何学的に説明すると「縦横比7対10、円の直径は縦の5分の3、円の中心は横の100分の1だけ竿側に寄る」というものでした。 「密かに」というのは、ほとんど誰もそんなことには気付いていないうちに、という意味です。 「新らしい」デザインは「縦横比2対3、円の直径は縦の5分の3、円の中心は対角線の交点に一致」なのです。 実は、この「新らしい」というのがクセもので、これと全く同じデザインが、同じ明治3年の10月に出された太政官布告第651号にありました。これが「海軍軍船用」であり、日本国憲法によって軍に関する法令はすべて廃止されたため、失効していたのです。 これに対し、1870年1月に決められたほうは「商船用」でしたので、100年以上も存続していたのでした。 私は、国会でも参考人として証言しましたが、円の大きさを、今でも3分の2にすべきだったとおもいます。そのほうが「日の丸」がはるかに立派に見えます。 ですから、自分が責任を持って各国旗を決めた東京五輪では一部で3分の2のものを、長野五輪では全部を3分の2にしました。いずれ詳しく述べる機会もありましょうが、長野五輪直前の1988年元旦号の読売新聞「編集手帳」でも、その話が書かれています。 そういう経過なのですから、国旗国歌法では、それまで存続していた「日の丸」のデザインが廃止され、50数年ぶりに海軍用の旗だったものが復活したということになるのです。詳細については、拙著『日の丸を科学する』(自由国民社)や『日の丸ヒノマル』(海竜社、三浦朱門氏との共著)をご参照下さい。 さて、ベネズエラです。 本年3月7日にベネズエラ国会にて新国旗デザインが承認されました。日本の外務省の担当課は、しっかりと情報をフォローしています。以下は、外務省南米カリブ課に拠るものです。 ☆―――・・・・・・ ☆―――・・・・・・ 1.3月7日、国旗及び紋章に関する法改正が国会で承認された。これにより国旗のデザインとして、8つ目の星が加えられる他、紋章の馬も右向きから左向きへと変更される。なお、現行法は1954年2月17日に制定された。今次国会承認により、法律の名称も「ベネズエラ・ボリーバル共和国国旗・国歌・紋章法」へと変更される。 2.同法改正は昨年11月にチャベス大統領により提案された。チャベス大統領は、紋章の馬に関し、「急に立ち止まらされ、振り向かされている。これはベネズエラの馬ではなく、帝国の馬である」と述べ、この馬が主体性を持たないと指摘しており、前向きで解き放たれたものへの変更を主張した。国旗の星に関しては、1811年の独立宣言時の7州を象徴する7つの星に、1817年の独立戦争終結時までに統合されたガイアナ地域(現在のアマソナス、ボリーバル及びデルタ・アマクロの3州)を含めるべく、シモン・ボリーバルが8番目の星導入を主張したという歴史的経緯に基づくものである。 |






