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骨髄移植にドナー登録を! [2011年03月06日(Sun)]









熊「最近、病院に文句をいう患者や家族が
増えたらしいぞ」

八「クレーマーという言葉も
院内で普通に聞かれるね」

熊「おれさまはこれでも
献血運動に協力してるんだぞ」

八「それだけでもクレームもんだよ」

熊「そりゃ知力にはなにかと・・・
解ってます」

八「ま、そうしょげるな、
血と心はきれいだからな」

熊「お互いにな、と慰め合おうぜ」

八「おまえ骨髄移植もしたよな」

熊「そうそう、最近、
そのとき世話になった人に
会ったらね、
<善意のボランティアを悪く言うのは、
はばかられるのですが、骨髄採取後の
足の痺れのみならず、
どう医学的に考えても
直接的因果関係が考えられない
首の痛みも
骨髄採取によるものと訴えたり、
それを毎日のように
メールや電話で
抗議をしたりするってぇ奴も、
いるんだってさ」

八「おまえだって多少、
不安だったんだろう?」

熊「だってさ、説明があまり丁寧で、
資料や映像が
メチャ多く、移植する前に
くたびれちゃったよ」

八「それに検査やなんかで
結構時間取られてもいたな」

熊「ま、前の日、
晩酌を辞めた程度だよ。でもね、
なかには最後は、骨髄バンク事業に対した、
不誠実な態度を世間に公表、
吹聴すると脅すような人も
いるらしいぜ」

八「やだね、そういうふうに
何でも他人のせいにするのって」

熊「ここ数年骨髄バンクのドナーの年齢の
上下限が広がったね」

八「そのようなこともあってだろうな、
ドナー登録者は、
30万人以上に増えたようだ。また、
最初の登録の説明も
多少簡略化され、
以前よりも登録へのハードルは
下がったように思うね」

熊「だから、八も登録しなさいよ。
ドナープールを
大きくすることは、移植医療において
レシピエント(患者)の最大の
メリットというか、
治療の前提だと思うね」

八「えらくなったね、熊も。いや、骨髄バンクの
ドナーになるという意味をオレも
多少わかってきたつもりだ。でもね、
全身麻酔、骨髄穿刺(せんし)、
それらに伴う合併症のリスク、
検査等で時間の制約があることなど、
やっぱり不安がないとはいえないよな」

熊「いろいろ大変なことがあっても、
自分が一人の命を救ったという達成感って、
やったものしかわからないぞ。大満足だよ」

八「でもさ、だれの命を救ったかは
知らせてもらえないんだろ?」

熊「そりゃそうだよ。そうでなくちゃ、
特定の個人に一生、頭が上がらなかったり、
相手によっては絡まれたりってことだって
あるかもしれないぞ」

 オレの考えでは、
骨髄バンクのドナーを増やしていくことは
必要で、最初の登録のハードルは
高くない方がいいな。
八「しかし、その後のフォロー体制は
十分整えてほしいな」

熊「公的骨髄バンクも今年20周年、
昨年の秋からは
末梢血幹細胞移植も開始された。
膨大な情報が
簡単に手に入る時代だからこそ、
正確な知識を伝える方法を
考えなければいけないな」

八「ほかにも、地方における小児医療、
もう風前の灯だってね。去年は沖縄県では
医師がいないため骨髄採取が行えなかった
こともあったってよ」

熊「ソリャ、いろいろ考えさせられる
問題ありだよな。
しかしな、八。骨髄バンクは大切な医療だよ。

八「オレも登録するよ、はい」

  ☆☆ ★ ★ ☆ ☆ ★★ ☆ ★ ★

築地の国立ガンセンターで数年前、
四兄・忠晴に移植しました。
63才から67歳への移植、すなわち
「高齢者から高齢者への移植」の
研究例にもなりました。

その後、私にはまったくその後遺症がない
どころか、全く元気で、兄貴の命日以外は
骨髄移植をしたことを忘れて仕事し、
飲み歩いていると豪語しています。

しかし、世の中、なんであっても
文句をいうのを人生観としている人が
ある程度の数いるようですから、
関係者のご苦労が偲ばれます。

要するに、
「小さな勇気と大きな寛容性」が
なくなってきている日本社会の問題では
ないかと、愚考します。

電子ゲームでいくらやっても、
結果につき、損得もなく
責任も取らないならばこれは
「小さな勇気」の育成には繋がりません。

偏差値でがんじがらめで
志望大学の結果もわかってしまうような
管理社会ではだめなのです。

また、
「キミはキミ、ボクはボク、だが仲良く」
という寛容性がないと、
気が合わなくては
口も聞かないということになってしまいます。
こうした傾向を私は
「日本社会の劣化」だと思っています。

 昔から言われてきたことですが、
今こそ親、教師、社会の連携による
日本社会の次世代再活性化を図りたいものです。
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