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デュナンとトルストイS [2010年12月30日(Thu)]





      トルストイ




 日露戦争とデュナン、トルストイ 

 1904(明治37)年2月、
日露両国が交戦状態に入るや、
トルストイはこの戦争を停止すべきことを
求めた論文の作成にかかり、
5月11日、ヤースナヤポリアーナの自邸で
脱稿、ただちにロンドンに発送、
6月27日付『ロンドン・タイムズ』は
約10段をその掲載に充てた。

『爾曹(じそう)、悔改めよ』(平民社訳)が
それである。

「今は爾曹(おまえたち)の時、且つ、
黒暗の勢ひなり」という
『ルカによる福音書』22章53を引いた
副題が付いていた。

 平民社に集う幸徳秋水、堺利彦らは
即刻これを翻訳、『平民新聞』で紹介し、
単行本として発表した。

「日露戦争はハーグの平和会議と矛盾せず
といへるムラヴィエフ氏及び
マルテンス博士の演説は
今人が如何に甚だしく演説と称する
思想伝播術を曲用し、
如何に多くの合理的の思索に欠けたるかを、
最も明確に、最も顕著に
表白したるものと云ふべし。

 曩(さき)の英杜(ボーア)戦争及び
今の日露戦争は
何時世界的大殺戮を惹起さんも
知れざる事なり。」
 と、トルストイはまず、
ハーグ平和会議の組織者であった
ムラヴィヨフ外相と同会議を指導した
国際法の権威マルテンスという二人の、
自国の要人を攻撃し、
以下、
平民社の解説によれば
「平和主義博愛主義の立脚地より
一般戦争の罪悪と惨害を説き
延びて露国を痛罵し日本を排撃する処、
筆法鋭利、論旨生動、勢ひ当る可らず。

 真に近時の大作雄篇にして、
一代の人心を驚醒するに足る者あり」
というトルストイ独特の論理を展開する。
             (つづく)

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