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ソ連から返還されたボルンホルム島 [2010年04月23日(Fri)]






 以下は、さきほど書いた「笹川会長の叙勲に思うデンマーク」と
同文のものです。領土問題、特にソ連から返還された領土について
関心をお持ちの方のご参考のために、
別の見出しで掲載する次第です。


 



 笹川陽平日本財団会長がデンマークから
最高の勲章を授与された。慶賀に耐えない。

光栄にもその式典とレセプションに
同席させていただき、久々にデンマーク大使館を訪問した。

 笹川スカンディナビア財団は4半世紀にわたり、
デンマークをはじめスカンディナビア諸国との
科学技術、文化、学術分野での深い交流を続けてきている。

 その詳細は是非、HPでご覧いただきたい。

 私にとっては、デンマークは人魚像の国、もとい、
ボルンホルム(Bornholm)島をソ連から平和裏に取り戻した国。
それん(ロシア)との領土問題解決の大先輩である。


ボーンホルム島の位置(ウィキペディアから)
ボルンホルム島とは、バルト海南海域のほぼ真ん中にある
デンマーク領の島。スウェーデン、ドイツ、ポーランドの
中間地点に位置する。面積は淡路島より少し小さいくらいだが、
EEZ(排他的経済水域)を広く持ち、
周辺は漁場であり、海上交通の要衝でもある。

「バルト海の宝石」とも呼ばれる美しい島。ほかには
風力発電やデンンマーク陶器で用いる
カオリンの産地としても知られている。

17世紀の一時期、スウェーデン領となっていたことも
あるが、デンマークの「固有の領土」。但し、
デンマークからは遠く、首都コペンハーゲンからは
フェリーで約7時間。今では通常、
スウェーデン領を経由してイースタッドから高速船で行く。

現在の人口は約5万。観光と牧畜が盛んで、
デンマーク産のブルーチーズの半分はこの視まで産する。

ところで、
第二次世界大戦中の1940年4月9日、
ドイツはデンマークとの不可侵条約を破って
ユカタン半島のデンマーク本土に侵攻した。

デンマークはわずか4時間で降伏した。国王は
自ら馬にまたがってコペンハーゲンの要所をまわり、
軍や国民に抵抗しないよう呼びかけた。

ボルンホルム島には約700人のドイツ将兵が駐留した。
その後、東部戦線から敗走してきたドイツ兵や
民間人などで終戦間際には2万人ものドイツ人が
滞在していた。

1945年5月6日、島のドイツ軍部隊長に、
「イギリス軍に降伏せよ」との命令が届いた。しかし、翌日、
今度は「ソ連軍に降伏するも可」という命令が届き、
部隊が混乱する中で、部隊長はソ連軍への降伏を拒否した。

ソ連軍は7日、20機をもって、島の2つの町を爆撃し、
9人の死者が出た。2日後も爆撃を行い、ドイツ軍は屈した。

以後、ボルンホルム島はソ連による軍事占領下におかれ、
デンマークは巧みな外交を展開し、
結局、11ヶ月間でソ連軍を撤退させることができた。

 割に似たケースがわが北方領土、
1945(昭和20)年8月28日から9月5日にかけて、
無血占領されたのだった。

デンマークがソ連軍を撤退させたその基本は、
「静かな外交」であった。冷戦本格化以前だったこと、
互いのナショナリズムを過剰に刺激しなかったこと、
デンマークはソ連と交戦関係になかったことが
この好結果を生んだといえようが、
もう一つ大事なのは、
ソ連がつけた「デンマーク政府が、外国の軍隊及び行政の参加なくして
ボルンホルム島を支配し姿勢しうるとの条件」、すなわち、
この島を軍事的に中立化することを約束させて
ソ連は返還に応じたということだ。

ちなみに、デンマークは1949年、
NATO(北大西洋条約機構)に加盟し、その際、
平時において外国の軍隊の駐留を認めないことを条件にした。

つまり、全土をボルンホルム状態にし、
ソ連への刺激を避けたのであった。

こうした一連の展開は、北方領土の返還を実現する上で、
さまざまな示唆を与えてくれるものである。そして、
ソ連(ロシア)も奪った領土を返すという、
当たり前のことの証左として、
このケースは挙げることができよう。

なお、現在、ボルンホルム島には、NATOの
レーダー基地が設置されている。

 以上は、1979年に私が編集した『世界の領土問題』
(日本健青会)に寄せられた滝 林太郎氏(北欧問題研究家)の論文、
笹川会長に勲章を手渡したフランツ-ミッチェル スキョルド大使の話、
その他を参照した。
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