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大東亜戦争と太平洋戦争 [2006年05月30日(火)]





      挿画「南アルプスの春霞」は、石田良介画伯のご厚意で掲載させていただいております。禁無断転載。





 私の父は終生、日本が敗れた過ぐる世界大戦を「大東亜戦争」と呼んでいた。

 戦後教育で育った私は、何とはなしに「太平洋戦争」と呼んできたが、これでは、太平洋の島嶼戦が主体で大陸での大きな犠牲を無視し、そこで亡くなった将兵の英霊も浮かばれないのではないか、と長じて思うようになった。

 米国にとってはあくまでも「太平洋戦争」に違いないが、敗れたからといって、自らの歴史的な呼称まで変えなくてはいけないものなのか。

 1941(昭和16)年12月8日、日本はハワイの真珠湾で米軍を、また、マレー半島北部で英軍を攻撃し、米英両国と戦闘状態に入った。良し悪しは別として、大東亜戦争の開始である。

「大東亜戦争」という言葉について『国語大辞典』は、「太平洋戦争の日本側の呼称」とし、同月12日、政府は、「対米英戦をそれまでの支那事変を含めてこう呼ぶことに決定した」と記述している。

 その後、この呼称について政府が公式に変更を決定したことはない。したがって、『広辞苑』が「大東亜戦争」を「当時の公称」としているが、それはいかがなものか。

 それ以前の中国との戦争は「支那事変」と呼ばれたが、これについて『広辞苑』は「日中戦争に対する当時の日本側の呼称」としている。これにも頭を傾げたくなる。

 南京での虐殺事件(1937年)は「支那事変」で生起した、中国側の「30万人以上の虐殺」はとんでもない言い方ではあるが、一人でも不法に殺害したら、皇軍の失態でもある。それはともかく、「太平洋戦争における南京事件は・・・」はありえない表現だ。

「太平洋戦争」は米国がヨーロッパ戦線と区別して使った、日本との戦争に対する呼称。これをそのまま使うというのはなんとも「対米追随主義」ではないか。

 日ごろ、何かにつけて「対米追随主義」を批判する人に限って、太平洋戦争と言いたがるのは私には解せない。せめて、「第2次世界大戦」と言ってはいかがなものか。
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