せいろそばと御膳蕎麦 [2008年12月29日(月)]
![]() 今でこそ、蕎麦屋の三傑は、藪、砂場、更科とされる。 しかし、江戸時代の真っ盛り18世紀には 深川の伊勢屋が評判。ざるそばの元祖とされる。 『武江年表』の寛政3年のところに、 「深川州崎の名物の笊そばは、 九月の高波の後絶えたり」とある。 せいそばはもりそばの一種。 蕎麦を盛りつける器が蒸籠(せいろ)であることによる。 17世紀の後半、そばきりを湯通ししないで、 蒸籠で蒸す「蒸しそばきり」が流行。 その名残で、今度は湯通しして蒸籠に盛り付けたものを せいろそばというようになった。 しかし、最初は蒸籠の底に盛り付けていたのが、 天保年間(1830〜44)に、 蕎麦屋からの値上げ申請に、 幕府がこれを認めずに、 蒸籠の竹簀の底上げを認めたため、 今のような形になった。 御膳蕎麦というのは、 本来、「蕎麦を揉むときに水を使わず、 全卵だけで調整したもの」(『蕎麦屋のしきたり』)であった。 すなわち、 丁寧にこしらえた質の高い蕎麦という意味であった。 しかし、器や蕎麦の品質が「高級な蕎麦」を そのように称するようになり、 さらに転じて、 蕎麦屋がもりそばに高級感をあたえようと、 この名を一般的に使うようになった。 なお、時々、「御前蕎麦」という表記もあるが、 これはさらに俗化した言い方のようだ。 |





