原田直之さんという人 [2008年12月23日(火)]
![]() 原田直之さんと真木夫人。 ![]() 今夜はサンケイホールで開かれた 民謡界の大御所・原田直之ディナーショウヘ。 これで4日連続の音楽会通いで、年納め。 よくぞ暇も金もあるといぶかしく思う向きもあろうが、 暇は作るもの、金? あるわけがない。ただ、ありがたいことに、 実はほとんど招待なのです。 それはともかく、原田さんの美声には、 私はもちろんのこと、あらゆる男性が 敗北感を味合わされるはず。実にほれぼれとする。 青空につきぬけてゆくような気分がしてしまう。 「歌を愛し、人を愛し、故郷を愛す。 忘れかけた何かがここにある・・・」と、 うたい文句が入場券に書いてある。 毎年のように、公演を聞くが、まさにその感を強くする。 思えば、1986年の第2回「じゃがいもの会」以来の お付き合い。 これは私が副会長をしていた当時の 難民を助ける会の主催行事で、森進一さんを中心とする チャリティ・コンサートだが、 原田さんは、その17回のうち、16回に無償出演してくれた。 加えて、1995年の阪神淡路大震災の時は、 私どもの要請に応えて、真木夫人らとともに、 避難所や仮設住宅をまわる「流し」をして、 罹災された方々を励ましてくれた。 そうそう、きょう聞いたことだが、新潟地震でも 「佐渡おけさ」「出雲崎おけさ」など地元の歌を中心に、 一家で被災地を周ったという。簡単にできることではない。 昨年は、難民を助ける会が六本木ヒルズで開催した 「対人地雷全面禁止条約締結10周年記念」と銘打った 二日間続けてのコンサートにも、 協力してくれた(朝日新聞「ひと」欄で紹介)。 民謡界に入って50年、 真木夫人は師匠・我妻桃也のお嬢さん。 三味線で伴奏し、 最後に「ある夫婦の唄」をデュエット。 息子も娘も「原田直之社中」に属し、 きょうも「座員」として伴奏出演していた。 すばらしい家族でもある。 年に数回、原田さんから「絵手紙」をいただく。 能なしの私には返事の書きようがなく、 ただ、詫びるばかりだ。 それがきょう、いきなり肩を組んで 「昂」を一緒に歌わされた。いや、 光栄にも一緒にマイクを取った。 10月には 財団法人日本民謡協会(会長:三浦朱門元文化庁長官)から 「名人位」を贈られた。 来春2月にはその披露パーティも開かれる。 歌声、人柄、家族愛、新しいものへの挑戦マインド・・・ 民謡の宝庫・秋田で育った私のDNAを今夜は十分、 刺激してくれた。 |






