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法隆寺と柿A [2008年10月29日(Wed)]

































    進行中の近鉄特急から。なんば橋駅近郊で。
   写真がぶれているのはご容赦を。
   各家の庭にも柿を植えているお宅が多いと見た。








 これを考えるといつも眠れなくなるのです。

 私の中学時代以来の難問なんです。

 「柿食へば 鐘がなるなり 法隆寺 (子規)

 このとき作者はどこにいたか。

@ 法隆寺の境内
A 法隆寺の近辺
B 法隆寺の鐘の音が遠くに聞こえるあたり」。

   中学の国語の教師は、@だというのです。
「法隆寺というこの言葉がこの句の決め手だから、
そこでなくてはならないのだ。詩情を解するとはそういうことだ」。

 今も昔も詩心がないせいか、
私にはそうとは思えませんでした。AかBか、
多分Aではないかと思うのです。

 法隆寺の宗教的な雰囲気と伝統の重みなどからして、
境内に柿を売っている売店があるというのもおかしいし、
子規があらかじめ持参してというのも、
なんとなく滑稽に思えたのです。

 作者は、参詣ないし拝観し、
表に出、
そう遠くない茶店にでも立ち寄って、
柿を食べたのではないかと
今でも思っています。

 法隆寺にはその後何度か行く機会がありましたが、
あいにく柿の熟す季節ではなかったので、
今ひとつ、感じをつかめませんでした。

 先般、奈良県を少し回りました。

 またまた
浅学非才、想像力の欠如をさらすようですが、
奈良は柿の名産地なのですね。

「柿の葉寿司」は有名ですが、
葉があることは実もあるわけです。

 ただ、季節が違っていたので、鈍感な私はこんなにも
柿の木があることに気付かなかったのです。

 ちょっと見回すと、今は県内至るところで
と言っていいほど熟柿がなっており、
各家々にも庭に柿の木というのが普通にあり、
道端には、「柿の直売所」が並んでいるのです。

 これで、この句の深みが、
また一段とわかるようになってきたような
気になりました。

 おそらく、柿を食べることが奈良では
きわめて普通のことだったに違いありません。

 ただ、子規は言うまでもなく奈良の人ではなく、
あらかじめ皮をむくためのナイフと柿を
境内に持参してゆくとは考えにくいのです。

 するとやはり、法隆寺を出て、
なんとなく深呼吸でもして、
その思いにふけっているころ、
そう遠くない茶店にでも腰をおろしたところ、
寺の方向から鐘の音が聞こえてきた
というのではないでしょうか。

 諸兄姉の解釈をお聞かせくださり、
私を眠らせてください。
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