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浜本勝行氏を追悼する [2008年08月05日(火)]






  今は亡き「浜ちゃん」、川崎市で行われたお通夜の場での遺影。
  両陛下からのお花が置かれていた。





 先般、幽明境を異にした畏友・浜本勝行氏の友人たちが、追悼文集を作ろうということで、私にも800字で執筆をと言ってきました。

浜本氏は車椅子バスケットボール連盟の創立者で長い間その会長の任にありました。

 私とは同じ橋本祐子(さちこ)門下で、古いことは私のほうが古いですが、浜本氏は私より少し年長です。それでも、私より後輩のひとたちを含めてみんなから「浜ちゃん」といって親しまれていました。

 以下に追悼文集のための拙文を記載し、謹んでご冥福を祈ります。

 ▲∵△∵▲∵△∵▲∵△∵▲∵△∵▲∵△∵▲

 今年の2月末のことだ。 障害者問題で大きな功績のあった、畏友・「マルイチ」こと丸山一郎くん(埼玉県立大学教授)の容態が心配だったさなかに、宮内庁から電話があった。

「両陛下が浜本さんとご一緒にとおっしゃっておられます」。
 私はすぐ浜本氏の入院先である厚生年金病院に電話した。

「3月26日だそうですが、浜ちゃん、どうする?」。

「這ってでも行く。両陛下は東宮時代からどれだけ私たちの力になってくださったか」。

 弱々しい声ではあったが、浜ちゃんの意思ははっきり分かった。

結局は、ドクター・ストップで果たせなかったが、皇后陛下は後に、電話で直接、お見舞いしてくれた。
 
3月26日夜、私は代わりに(橋本門下である)車椅子のギタリスト鈴木栄隆(よしたか)さん、日赤語学奉仕団の池上清子元団長(国連人口基金日本事務所長)を誘って、夜、吹上御所に参内した。

両陛下はまず、
「浜本さんのことを心配しています」
「浜ちゃんのその後はいかがですか?」と気遣われた。
 
それから3カ月、浜ちゃん、よく頑張ったね。どんなに辛かったか、思い残すことが山ほどあったんではないかと思うと、葬儀の日、遺影に正対することができなかった。

 しかし、あなたは仲間とともに、日本の障害者スポーツの今日を築いた人だ。その功績たるや計り知れないものがある。それは、両陛下のみならず、私のように東京パラリンピックに関わりながらも、日ごろ、あなたや「マルイチ」に敬意を表しつつ、まかせっきりだった者にでも、想像できる。

 せめて、浜ちゃんと同じく、車椅子生活を余儀なくされ、東京パラリンピックにも出場した上野茂さんのお世話で10年余り前から難民を助ける会が行っているカンボジアやラオスでの障害者支援をしっかりバックアップして行きたい。今となってはただご冥福を祈るのみ。続く者を見守ってください。合掌


      吹浦忠正(ユーラシア21研究所理事長)

  ★.。.:*・゜★.。.:*・゜★.。.:*・゜

 あの日、御所をおいとましたのは深夜でした。
両陛下はとてもお元気でいらっしゃり、
畏れ多くも、吹上御所の玄関までお見送りくださいました。

 皇室と日本国のいやさかを祈念する厳粛な気持ちで、
坂下門から退出しました。

 浜ちゃん、北京でのパラリンピックは9月です。昨日、日本選手団の結団式が行われました。あなたが育てた何千人もの車椅子バスケットボールの選手の代表も、堂々と並んでいました。

 きっと、依然とは違った、芽を見張るような激しいプレイを展開してくれるでしょう。
 浜ちゃんも、天国から応援してやってよね。

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