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靖国神社、分祀か分離か [2006年04月30日(Sun)]




 
 靖国神社は1978(昭和53)年まで「A級戦犯」の合祀を避けていた。

毎日新聞(2月29日付)によれば、靖国神社の宮司を務めていた筑波(つくば)藤麿氏が、「天皇参拝」の継続を慮ってそのように配慮したというのだ。

 しかし、筑波宮司は同年3月に亡くなり、後任の松平永芳宮司が同年10月、東条英機元首相ら14人の「A級戦犯」を合祀した。

「天皇参拝」は戦後8回行なわれたが、1975年以降は、行なわれていない。これは合祀問題に配慮してのことという見方が強い。

私にはよくわからない部分も多々あるが、「A級戦犯」そのものの犯罪性(東京裁判の合法性)とは別に、「A級戦犯」であれ誰であれ、ひとたび神として祀られたのちに、「神の座」から引きずりおろすということができるものなのだろうか。

 また、「A級戦犯」といわれる14人にだけすべての戦争責任を押し付けて、その「裁判」を逃れた人、自決した人などはいっさい問われないでいいのだろうかという疑問は、多くの人に在る素朴な感情ではないのだろうか。

 松平永芳氏とは、自衛隊におられたころから退官された時期に、日赤医療センター(旧・日赤病院)の創立者・橋本綱常(左内の3弟)の研究で何度もお目にかかったことがあり、その研究態度、識見、物腰など、さすが靖国神社の宮司に選ばれる立派な方だと尊敬していた。同センターには今も松平氏が寄贈した、橋本綱常の銅像が据え置かれている。

 宮司としての松平氏はおそらく、あの方らしい学究的な真摯な態度で熟考され、関係者とも十分協議され、決断されたことであろうと、私には思える。

「A級戦犯」合祀の問題は政教分離の観点からも政治がこれ以上、口にするのはいかがかと思うが、私は、以前にも書いたように、靖国神社が運営している博物館「遊就館」の分離を切望したい。人は、あそこを見て、靖国神社のコンセプトを目で知る。

  これは分離して別の機関か団体が管理し、できれば別の場所で展示すべき内容だと思う。

 私は、80余の国々を訪問した経験があるが、宗教施設が軍事博物館かそれに準じる施設を運営している例を見たことがない。




  「しろゆうげし」の挿画は、石田良介画伯作。特段のご厚意で掲載させていただいております。禁無断転載。
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