朝日の「大記者」戻る [2008年01月16日(Wed)]
![]() 池田澄江さん、河合弘之さん、大久保真紀さん(左から) ![]() ![]() お二人への感謝状にある「飲水思源」という言葉が いいですね。「孤児」のみなさんから教えていただきました。 ![]() 挨拶を聞く関連団体のスタッフと中国残留孤児の皆さん 朝日新聞の大久保真紀記者が、鹿児島総局のデスクを終え、 2年半ぶりに本社に戻った。 このことを喜ぶ4つのNGOが合同して 昨夜、都内で「新年会」を開いた。 中国残留孤児連絡会(池田澄江会長)、 フィリピン・リーガル・サポート・センター(河合弘之代表)、 難民を助ける会(相馬雪香会長)、 さぽうと21(吹浦忠正理事長)の4つである。 いずれも、同記者の報道で大きく飛躍した、 内外での社会福祉活動を展開している団体だ。 大久保記者は、1990年の戦後45年の機会に 中国に暮らす孤児たちを訪ねたのをきっかけとして、 孤児問題に正面から取り組み、 以来、公平な立場でありながら、 鋭い視点と洞察、綿密な取材で健筆をふるい、 「記事の行間には いつも孤児への暖かい思いやりが溢れている」として、 「孤児」たちに仲間のように、あるいは、 娘であるかのように迎えられている。 池田さんの中国名は「徐明」。 帰国後に届け出た戸籍上の名前は「今村明子」。 96年についに姉と再会して判明した本当の名前は「池田澄江」。 3つの名前が、その劇的な半生を物語る。 現在は、「中国帰国者東京連絡会」の会長。 合わせて、さくら共同法律事務所(河合弘之代表)内の 「支援する会」事務局で働き、 就籍説明会、就籍申立の諸手続き、面接での通訳など、 孤児のために多忙な日々を送っている人。 日本政府の従来の支援では故国でやってゆけないと、 2315人の原告団を率いて訴訟を起こし、 支援体制を大幅に変更することに成功した。 フィリピン・リーガル・サポート・センターは 戦前にフィリピン南部で果物の栽培などにあたった日本人と 現地女性との結婚でできた子供たちの 就籍(日本国籍の取得)を支援するNPO。 昨年以来、日本財団がその意義に賛同し、 億単位の支援をしている。 大久保さんは 「中国残留孤児は両親とも日本人、 こちらは父親が日本人という違いはあるが、 戦後、大変な苦労を強いられてきたことは同じ。 日本社会で正しい理解を広めなくては」という。 難民を助ける会について大久保記者は 内外での活動を早くから報道してくれた。 なかでも、1996年に刊行した対人地雷問題啓発絵本 『地雷ではなく花をください』(柳瀬房子著、葉祥明絵、自由国民社)を 刊行直後に社会面で取り上げてくださり、 爾来、この絵本が58万部のベストセラーとなるきっかけを作ってくれた。 また、定期的な研究会にも常連として参加していた。 社会福祉法人さぽうと21は、 難民を助ける会の国内での支援活動を分離して、 インドシナ難民、 中国残留孤児の子女、 何らかの事情で支援を必要とする状況に立ち至った在日外国人などの 相談に乗り、支援している。 この日は、池田さんから大久保、河合のお二人に感謝状が贈られた。 仲間同志のような約50人が楽しく語り合い、 大久保記者を前に、2008年のさらなる活動の発展を誓い合った。 |








