日の丸の苦労 [2007年12月12日(水)]
![]() 長野五輪の年、1998(平成10)年1月、元旦付の読売新聞「編集手帳」を先に紹介し、私がヒノマルの製作で苦慮したことをお伝えした。 「編集手帳」はさらに、新聞休刊日の2日を置いて、3日、次のように報じている。 日の丸が正式に法制化されたのは、翌年の8月9日、私は衆議院での公聴会で国旗について論じたが、それについては別の機会に紹介したい。 ☆☆☆ ★★★ ☆☆☆ ★★★ 「日の丸」の、赤い丸はどんな大きさにすればいいのか。長野冬季五輪で各国の旗を作製する際の、儀典担当アドバイザー吹浦忠正さんらの苦労話について、続ける◆難民救援などの幅広い活動で知られる吹浦さんは、東京五輪でも国旗作製にかかわった。当時早大生だったが、国旗に詳しく、後に「『日の丸』を科学する」などの本も著す国旗研究の権威だ◆もともと、赤い丸を「旗の縦の長さの三分の二に」という提案は、グラフィックデザイナー永井一正氏らから出された。東京五輪では、その「三分の二」の旗と、明治三年の太政官布告に準拠した「五分の三」の旗とを併用した◆長野五輪では、やや大きめの「三分の二」に一本化、地の白さ(白度)も強める。白雪の中で、さぞ映えることだろう◆世界の多くの国々は憲法などで国旗について規定しているから、こんな面倒なことにはならない。五輪はそれで良いとして、国会議事堂や首相官邸、あるいは各家で掲げられる旗の規格がまちまちという現状は続く◆「日の丸」の縦横比、丸の大きさなどの規格は法制化すべきではないか。ただし、その掲揚については国際的に確立したマナーに従えば十分だと、吹浦さんは考える。冷静に、じっくり議論すべきテーマだろう。 |





