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択捉で拾った寛永通宝 [2007年09月11日(Tue)]







先日、以下のことを小欄に書きました。抄録にします。
後段はその続編です。


  ☆.。.:*・゜☆.。.:*・゜☆.。.:*・゜


 昨4日夕、北方領土の国後(くなしり)、
択捉(えとろふ)両島訪問から帰京した。

 もう10回目くらいの訪問になる。

 6、7年前に択捉島を訪問したとき、
ある通訳の方が、たまたま寛永通宝を拾ったことがある。

 そのことについてこの方に問い合わせたところ、
「拾得した場所は、別飛村と浜中漁場の間にある
別様川の河口です。

 別様川の正式な読み方は、
残念ながら、まだわかっておりません。
現在確認中です」との返事が来、
「実際の寛永通宝は北方領土問題対策協会の事務局に
提出してあります」とのお返事だった。

 寛永通宝がいつからいつまで
あの地域で通用したのかはとても興味深いところであり、
また、最上徳内、間宮林蔵、高田屋嘉兵衛などが活躍した地域だけに、
ここからはいろいろな推理が発展する。

 択捉が日本固有の領土であることを証明する1つでもある。

 今、事務局に問い合わせているので、
いずれ小欄でご紹介できるかと思っている。

    ☆.。.:*・゜☆.。.:*・゜☆.。.:*・゜

 事務局のS氏が出張から戻り、
早速、写真に撮っておくってくれた。

 9月11日、たまたま松田トシ先生のレッスンで
事務局jの近くまで出かけたので、手にとって見せてもいただいた。

 これがその写真である。

 裏には「文」という文字が1字だけ入っている。




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