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グルジアとジョージア [2007年07月11日(水)]







 グルジア共和国の国旗。聖ジョージの旗(白地に赤十字)に由来する。







  英国旗「ユニオンジャック」は、イングランドの聖ジョージ旗(白地に赤十字)、スコットランドの聖アンドリューの旗(青地に白の斜十字)、そしてアイルランドの聖パトリックの旗(白地に赤の斜十字)の3つが合わさったもの。



 グルジアの国旗は、聖ジョージの十字(白地に赤十字)。イングランドの旗が、同じく聖ジョージの旗である。「バラ革命」の後に、それまでの小豆色のカントン(竿側上部)に黒白の2段帯という国旗を変えた。グルジアはまた、英語にすれば米国のジョージア州と同じになる。

 1970年代に首都トビリシを訪れたとき、高齢者の多いことに驚いた。町を歩いている人に年齢を訊くと90歳代という人がざらにいた。また、音楽が盛んで、私は特に2本の笛を用いて、一人でハーモニーを奏でる芸人に感心した。帰国後、さっそくマネしてみたが、大変な修練を必要とするものであることを知った。

 グルジア人は「私たちは歴史的に50回征服された。言葉もすべて混合している」といっていた。実際、矢野暢京大教授らと書いたものを見ながらどこの言葉に近いのか分析してみたが、なんとも手がかりがつかめなかった。

 私は滞在中、発熱し、同行したプリマコフIMEMO(世界経済国際関係研究所副所長=当時。後のロシア首相)のお世話で、往診を受けることができた。そのときに宿泊した高層ホテルが、内乱でボロボロになり、難民収容所になっているという報道番組を見て、大いにショックを受けたこともある。
「キンズマラウリ」のワインでいい気分になっているだけではいけない深刻な民族問題と対露関係を抱えている親日国グルジアである。


<参考>
ジョージア州の歴史:イギリスが植民する以前はチェロキーとクリーク・インディアンが住む土地であった。18世紀前半、サウスカロライナのイギリス人とフロリダのスペイン人がにらみ合うなかで最初の英国移民団が1733年2月12日にサバンナに到着した。州ではこの日を「ジョージアの日」と名付けて州の祝日としている。州名は当時のイギリス国王ジョージ2世にちなむ植民地名に由来する。

アメリカ独立戦争に参加した連邦創設州であるが、1861年の南北戦争では南部連合に加盟し、1864年アトランタ市は北軍のウィリアム・シャーマン将軍の侵攻によって破壊された。1870年連邦に復帰している。この間のことはマーガレット・ミッチェルの有名な小説「風と共に去りぬ」に詳しい。(ウィキベディアより)
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