CANPAN ブログ検索
Loading
  • もっと見る

Main | 2011年05月»
<< 2011年04月 >>
          1 2
3 4 5 6 7 8 9
10 11 12 13 14 15 16
17 18 19 20 21 22 23
24 25 26 27 28 29 30
カテゴリアーカイブ
最新記事
最新コメント
最新トラックバック
週末の災害ボラ報告 in 石巻(下) 〜 カステラ 〜 [2011年04月20日(Wed)]

(これは、私たちの災害ボラ・グループが清掃のお手伝いをした、ある喫茶店のマスターとの会話をメインに綴った備忘録です。脈絡のない読み物ですが・・・読んでもらえると嬉しいです。)

「ボランティアなんて、来てくれると思ってなかったから。ありがとう。」
玄関先の棚の中を泥拭きしていると、後ろから、おじさんが声を掛けてくれた。東北訛りのその言葉がやけに心に沁みた。
「そんな。本当にこんなに大変なんだから。おじさん一人で、ここまで泥掻きや後片付けをして、頭が下がります。私たちが来るのが遅かったくらいです。もっと早く来ていれば、もっとお手伝いできたのに。」
「他に何もやることもないから。両親とか、こんなとこまで来て、心配してるんじゃない?」
「ご両親に言わずに来ている人もいます。でも、みんな、TVで見て、本当に何かしたいって思って来たんだと思います。東京でも、いろんな人が東北の物を売っているお店に行ったりして、応援してるんですよ。」
「あぁ、アンテナショップな。」

「今度、やるお店の名前も、『あぷりこっと』のままですか?」
私はずっとお店のことが気になっていた。
「今度は『あんず』にしようかな」
ふっと、おじさんの顔に笑みがこぼれた。
「えっ、そうなんですか?店の名前、なんで『あぷりこっと』っていうんですか?」
「『あ』行にあったんだよ。」
「えっ、本当にそうなんですか?」
それ以上、おじさんは何も言わなかったけれど、「本当は別のもっと大切な理由があるに違いない」と思った。それを聞き出せるのは、おじさんにまた会いに行ったときかもしれない。
「コーヒーカップは、80%位は残ってるんだ。」
「あっ、本当だ。よかったですね。喫茶店を再開するとき必要ですもんね。」
おじさんの自宅の居間には、きれいに箱詰めして片付けてある多くのカップが並んでいた。

玄関先の総仕上げをしていると、おじさんが1パック6切れのカステラを差し出した。
「これ、食べな。」
「えっ、でも、今、物が無くて大変なんだから、取っておかないと。」
「甘いもんは食べない?」
「いえ、そんな。大好きです。でも。」
もう一度、差し出すおじさんに、私たちはそのカステラをいただくことにした。

別れ際、おじさんが何度も「ありがとう」と言ってくれるのに対し、私も「ありがとうございます。本当に元気で、気をつけて。」と言い、名残惜しかったが、おじさんに背を向けた。その瞬間、私はあることを思い出し、おじさんのほうに踵を返した。
「おじさん、またお店を出すときの名前は『あぷりこっと』ですよね?」
私は念を押し、もう一度、おじさんに同じ質問をした。
「だから、『あんず』、括弧で『あぷりこっと』って言ったじゃない。」
「本当ですよね?だって、また私たちがおじさんのお店に来ようと思ったとき、もし名前が変わってたら、わからないかもと思って。また、おじさんの作ったパスタを食べに来ますね!」
「そりゃ助かるわ。ありがとう。」
本当にもったいないくらいのその言葉を私は深く心に刻んだ。

作業後、テントに戻った私たちが口にした、おじさんのカステラは、私の疲れた身体を癒すのに最高の特効薬だった。

おじさんはその日の夜、避難している古い友人の家から自宅に戻ると言っていた。私の目には、今日もおじさんが前向きにあの場所を綺麗にしている姿がはっきりと浮かんでいる。
「一日、頑張ろう!」――その姿が私の気持ちを今日もぎゅっと引き締める。

(Written by H.H.)
週末の災害ボラ報告 in 石巻(中) 〜 Seven Star 〜 [2011年04月20日(Wed)]

(これは、私たちの災害ボラ・グループが清掃のお手伝いをした、ある喫茶店のマスターとの会話をメインに綴った備忘録です。脈絡のない読み物ですが・・・読んでもらえると嬉しいです。)

その喫茶店には「あぷりこっと」という愛らしい名前の看板がかかっていた。
「ごめんください!」
呼びかけても、何も返事がない。裏へ回ると、60代の大柄のおじさんが一人で棚を洗っていた。
「ごめんください!こんにちは。喫茶店の泥掻きのお手伝いに来たんですが、オーナーの方ですか?どこからやったらいいでしょうか?」
「あっ、何?手伝ってくれんの?」
おじさんは言い、喫茶店に向かって歩き始めた。
「適当にやって。」
と、おじさんが喫茶店の扉を開けると、そこには、木の内装がレトロな雰囲気を醸し出す、こぢんまりとした、ゆっくりとした空間が広がっていた。

一日目は、私たちが喫茶店で作業を進める間、おじさんは専ら裏の自宅を一人で片付けていて、あまり会話もなかったが、2日目になると、徐々に会話が増えていった。その一つのきっかけは同僚のタバコだった。

「タバコ、のもうかな。」
作業2日目の朝、おじさんの喫茶店の裏にある自宅玄関の棚の泥拭きをしていると、おじさんの呟きが聞こえた。
「あっ、タバコ吸うんですか?だったら、ちょっと待ってて下さい!東京から、日本製のタバコ持ってきてるんです!」
泥拭きの手を止め、自分の荷物を置いた場所に駆けていった。「あった、あった。」思わず込み上げてくる笑みとともに、玄関先にいるおじさんの元に戻った。
「この銘柄、おじさん吸いますか?」
「じゃ、一本だけ。」
おじさんは一本だけタバコを取り出し、Seven Starの箱を返そうとしたが、
「今、東京でも品薄らしくて、被災地でも珍しいはずだし、渡してきてほしい、って同僚から託されたんです。全部もらってください!」
と私が言うと、おじさんはそれを受け取ってくれた。

その日、私たちが作業を終えるまで、何度か、おじさんがタバコを吸っているところを見かけた。
「ヘビースモーカーなんですか?」
「いや、震災後かな。タバコが無ければ無いで吸わなくてもいいんだけど。タバコと酒があったら、酒のほうがいい。」
その前日、おじさんから「やっぱり夜は怖くて眠れない。」という言葉を聞いていたこともあり、「不安でタバコを吸いたくなってるのかな。」とふと思ったが、それは口には出さなかった。
「お酒は何が好きなんですか?地酒?」
「いや、焼酎かな。この辺の日本酒だと塩釜の浦霞が有名だけど。」
「あっ、じゃぁ、それ、今度飲んでみます。」

何本目のタバコのときだろう。おじさんが、ふと呟いた。
「今日はおふくろの命日なんだ。」
「そうなんですか。今日、お墓参りとか行かれるんですか?」
「いや、高台のほうにあって、車も流されちゃったし、行けないよ。」
「そうなんですね。車も、流されてしまったんですね。」
「家の前の駐車場に止めてたんだけど、どうやって(水が)回っていったのかわからないけど、一本向こうの道まで、(車が)流れていったんだよ。外に置いてあったアイスクリーム用のクーラーもどっかに流されていったよ。」

「震災のときは、お一人だったんですか?」
「店をやっていて、ちょうど客のいないときだったから良かった。地震が来たときは、あの(コーヒーカップなんかを入れた食器)棚が倒れないように支えて、(地震が)収まった後は、すぐに黄色のチェーンを(棚に)巻いてな。そしたら、みんな『逃げろ、逃げろ』って。でも、俺は『逃げねぇ』って言って。たぶん、車で逃げたほうが危なかったんじゃねぇか。地震後、20分もしないうちに、黒い水が押し寄せて、カウンターに登ったんだ。でも、首まで水が来てよ。水が引いてから、横の窓を蹴破って、外に出たんだ。」
「本当にとっさの判断だったんですね。おじさんが無事で本当によかったです。」
「近くに住んでいる孫が津波に巻き込まれたんじゃないかって、心配で。何日かして、会いに行ってよ。」
「ご無事だったんですか?」
「無事で。……会えて、本当に嬉しかった!」

吸いかけのタバコを口に運ぶ手を止め、そう語ったおじさんの腹の底からの声は、私の心にも強く響いた。

(Written by H.H.)
週末の災害ボラ報告 in 石巻 (上) [2011年04月20日(Wed)]

週末にピースボートの災害ボランティアとして石巻へ行った。泥掻きがようやく始まった一つの商店街で作業を行なったが、まだ現場は震災から1ヶ月以上経ったとは思えない惨状で、復興に向けた第一段階の後片付けのために、もっともっと人手が必要な状況だった。

石巻専修大学にテントを陣取り、そこからバスのピストン輸送で現場に向かった私たちは、旧北上川が見えてきたところで目を見張った。階段部分と表札が残る玄関口のほんの一部を除き、完全に崩壊してしまった家のガレキの山が目に飛び込んできたからだ。どうやったら、ここまで無残な姿になってしまうのか――私は息を呑むことすら忘れ、食い入るようにその光景を見つめた。

そのすぐ近くにある現場のボランティア本部前でバスから降り立った瞬間、今度は鼻をつく異臭と粉塵に見舞われた。家から運び出された家具、電化製品、そして子供のおもちゃまで、あらゆる日常生活用品が泥まみれとなり、周りの家々の前に山のように積まれていたのだ。東方の丘陵が壁となり、この一帯に津波が直接到達することはなかったようだが、北方を流れる旧北上川が氾濫し、家屋の1階部分は瞬く間に黒い濁流に呑まれたということだった。

注意事項を受けた後、私たち総勢200名余りは、スコップやブラシ、ワイパーなど、泥掻きの作業道具一式を本部で揃え、10人1組となって、商店街の泥掻き、清掃へ出発。2日間、私たちのグループは二手に分かれた。一手は、震災後、ほぼ手付かずのままの歯科医とその自宅で、まさに泥掻きと泥にまみれてしまった様々な物を外に運び出す作業から始まったようだった。2日かけて、ようやく床の木目やタイルが見えてくる――そんな状況だった。

私自身は、歯科医の向かいにある喫茶店とその裏にある自宅にほとんどの時間を充てた。そこは60代のおじさんが一人で経営しているらしいレトロ風の喫茶店だった。お店のカウンター内に残された倒れかけの食器棚を大人数で運び出したり、トイレ等の泥掻き、フロアの泥出しなど、私たちは黙々と取り組んだ。このお店で、おじさんがまたコーヒーをお客さんに出せる日が一日も早く来るように願いながら。

最初、喫茶店のことをおじさんに聞くと、「誰か借りてくれる人がいたら、使ってもらうよ。」という答えが返ってきていたのだが、2日目に、おじさんの自宅の玄関先や風呂場の清掃を手伝う傍ら、色々な会話が弾むようになると、「補助金か保険が出たら、まず仮店舗をどこか別の場所でやって、その間にあの店をきれいにするよ。」という言葉がおじさんの口から聞けるようになった。その変化が、私たちにおじさんが徐々に心を開いてくれたからなのかどうかはわからなかったが、ただ無償に嬉しくて、別れ際、私は、「石巻におじさんの作ったパスタを食べに来ますね!」と心からおじさんにエールを送った。「そりゃ助かるわ。ありがとう。」本当にもったいないくらいのそのおじさんの言葉を私は深く心に刻んだ。

作業を終え、本部に戻る道すがら、すれ違う地元の人たちは、口々に「ありがとね。」「いやぁ、本当に助かった!」という言葉をかけてくださった。涙が思わず、こみ上げてきた。

賞味1日半しか手伝いはできず、私一人では本当に本当に小さい力にしかならなかったが、こうしたボランティアが毎週現地に手伝いに入ること、また、私たちが自分の地域でできることをやっていくこと――そうした積み重ねが大きな力となって、地元の人たちの復興へ向けた動きをサポートしていけるんだと、改めて強く思った週末だった。

写真はこちら http://album.yahoo.co.jp/photos/my/10336747/

(Written by H.H.)
| 次へ