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福島の経験、ドイツで共有(1)―講演 [2011年11月30日(Wed)]

スタッフの吉田です。11月21日〜27日(と、18日にFoEドイツ総会で)、FoE Japanは飯舘村の長谷川健一さん、福島県三春町から娘さんと自主避難している橋本雅子さんとともに、FoEドイツ(BUND)の招待・協力により、ドイツ各地で講演・記者会見・視察を行いました。

橋本雅子さんは、福島の美しい情景や伝統行事などを写真スライドで紹介したのち、自身の経験を話されました。橋本さんは2年前、気心の知れた大工さんたちとともに暖炉のある木造の家を立てたばかり。事故によりその日常生活がすべて失われました。事故直後に家族で大阪に避難、しかし4月6日に学校が始まり、三春町に戻りました。文部科学省による学校施設利用基準の20ミリシーベルトへの引き上げ、親たちによる抗議・・6月から中学生の娘さんと実家のある東京に避難し、自然療法士の旦那さんが東京に通う二重生活。今後は松本に引っ越し、新たな生活を始めるそうです。


長谷川健一さんは、前田区区長として、また酪農家として目の当たりにした事故直後から現在までの飯舘村の様子を力強く語ります。事故後の14日、長谷川さんは村の緊急対策本部で、放射線量40マイクロシーベルトが計測されたことを知りました。口止めされながらも、翌日すぐに地区の人たちを集めて緊急集会を開催、放射線防護対策を取るようにと知りうる限り伝えました。国、県、村による情報の隠蔽、御用学者による「安心・安全」キャンペーン。酪農家組合は、自ら廃業を決めました。さらに相次いだ不幸・・。
今後除染が行われたとしても、子ども・孫は村には戻さない、長谷川さんは言います。

吉田からは、FoE Japanの要求として避難政策の拡大が不可欠であることを報告しました。現在の避難区域設定は年間20ミリシーベルトという高すぎる基準に基づいています。福島市内では、この基準を一部上回るほどの汚染にも関わらず、国による対策は遅れ、特定避難勧奨地点の設定は見送られています。さらに、福島原発事故被害がいまだ深刻であり、原因究明も終わっていない中での再稼動、原発輸出は撤回すべきであり、即脱原発を含むエネルギー政策の抜本的改革が不可欠です。これらの点について、24日にはFoEドイツ(BUND)とともに共同声明を発表しました。


講演会参加者からは、「福島から直接の声を聞けた貴重な機会だった」「福島の子どもたちが心配」「政府の対応について、チェルノブイリ後のドイツ政府も同じだった」などの感想とともに、現在の飯舘村の状況や東京での生活、日本市民の原発への考えなどについて質問が続きました。あたたかい支援や、連帯メッセージも多くいただきました。

「ドイツは福島の事故を受けて脱原発に転換(再決定)した。しかし本当は日本こそ転換しなければならない」長谷川さんも言います。

訪問した各地は、原発の立地近くの街でした。BUNDのローカルグループが講演会の準備をしてくれ、一部ではホームステイをさせてもらいました。追って、FoEドイツの人々との交流・視察、ドイツの専門家のコメントについてもご報告します。 (吉田明子)


プレスリリース「11/21〜27 FoE Japan、ドイツ各地で福島の経験を報告」
FoE ドイツとの共同声明:「避難の権利」確立へ 福島原発事故を踏まえた脱原発を、今すぐ

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