週末の災害ボラ報告 in 石巻(中) 〜 Seven Star 〜 [2011年04月20日(Wed)]
(これは、私たちの災害ボラ・グループが清掃のお手伝いをした、ある喫茶店のマスターとの会話をメインに綴った備忘録です。脈絡のない読み物ですが・・・読んでもらえると嬉しいです。)
その喫茶店には「あぷりこっと」という愛らしい名前の看板がかかっていた。 「ごめんください!」 呼びかけても、何も返事がない。裏へ回ると、60代の大柄のおじさんが一人で棚を洗っていた。 「ごめんください!こんにちは。喫茶店の泥掻きのお手伝いに来たんですが、オーナーの方ですか?どこからやったらいいでしょうか?」 「あっ、何?手伝ってくれんの?」 おじさんは言い、喫茶店に向かって歩き始めた。 「適当にやって。」 と、おじさんが喫茶店の扉を開けると、そこには、木の内装がレトロな雰囲気を醸し出す、こぢんまりとした、ゆっくりとした空間が広がっていた。 一日目は、私たちが喫茶店で作業を進める間、おじさんは専ら裏の自宅を一人で片付けていて、あまり会話もなかったが、2日目になると、徐々に会話が増えていった。その一つのきっかけは同僚のタバコだった。 「タバコ、のもうかな。」 作業2日目の朝、おじさんの喫茶店の裏にある自宅玄関の棚の泥拭きをしていると、おじさんの呟きが聞こえた。 「あっ、タバコ吸うんですか?だったら、ちょっと待ってて下さい!東京から、日本製のタバコ持ってきてるんです!」 泥拭きの手を止め、自分の荷物を置いた場所に駆けていった。「あった、あった。」思わず込み上げてくる笑みとともに、玄関先にいるおじさんの元に戻った。 「この銘柄、おじさん吸いますか?」 「じゃ、一本だけ。」 おじさんは一本だけタバコを取り出し、Seven Starの箱を返そうとしたが、 「今、東京でも品薄らしくて、被災地でも珍しいはずだし、渡してきてほしい、って同僚から託されたんです。全部もらってください!」 と私が言うと、おじさんはそれを受け取ってくれた。 その日、私たちが作業を終えるまで、何度か、おじさんがタバコを吸っているところを見かけた。 「ヘビースモーカーなんですか?」 「いや、震災後かな。タバコが無ければ無いで吸わなくてもいいんだけど。タバコと酒があったら、酒のほうがいい。」 その前日、おじさんから「やっぱり夜は怖くて眠れない。」という言葉を聞いていたこともあり、「不安でタバコを吸いたくなってるのかな。」とふと思ったが、それは口には出さなかった。 「お酒は何が好きなんですか?地酒?」 「いや、焼酎かな。この辺の日本酒だと塩釜の浦霞が有名だけど。」 「あっ、じゃぁ、それ、今度飲んでみます。」 何本目のタバコのときだろう。おじさんが、ふと呟いた。 「今日はおふくろの命日なんだ。」 「そうなんですか。今日、お墓参りとか行かれるんですか?」 「いや、高台のほうにあって、車も流されちゃったし、行けないよ。」 「そうなんですね。車も、流されてしまったんですね。」 「家の前の駐車場に止めてたんだけど、どうやって(水が)回っていったのかわからないけど、一本向こうの道まで、(車が)流れていったんだよ。外に置いてあったアイスクリーム用のクーラーもどっかに流されていったよ。」 「震災のときは、お一人だったんですか?」 「店をやっていて、ちょうど客のいないときだったから良かった。地震が来たときは、あの(コーヒーカップなんかを入れた食器)棚が倒れないように支えて、(地震が)収まった後は、すぐに黄色のチェーンを(棚に)巻いてな。そしたら、みんな『逃げろ、逃げろ』って。でも、俺は『逃げねぇ』って言って。たぶん、車で逃げたほうが危なかったんじゃねぇか。地震後、20分もしないうちに、黒い水が押し寄せて、カウンターに登ったんだ。でも、首まで水が来てよ。水が引いてから、横の窓を蹴破って、外に出たんだ。」 「本当にとっさの判断だったんですね。おじさんが無事で本当によかったです。」 「近くに住んでいる孫が津波に巻き込まれたんじゃないかって、心配で。何日かして、会いに行ってよ。」 「ご無事だったんですか?」 「無事で。……会えて、本当に嬉しかった!」 吸いかけのタバコを口に運ぶ手を止め、そう語ったおじさんの腹の底からの声は、私の心にも強く響いた。 (Written by H.H.) |