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チェルノブイリから28年〜日独ベラルーシ経験共有(1) [2014年04月30日(Wed)]

スタッフの吉田です。
チェルノブイリ事故から28年目となる4月、ベラルーシ、ドイツから12名の市民団体メンバーが来日し、広島、東京、福島で市民交流や講演会、視察を行いました。
濃い経験交流をした1週間について、スタッフの感想をまじえて少しずつ紹介・報告していきたいと思います。まずは、グループについてと、ベラルーシのみなさんのご紹介です。

●来日したグループは、どんな人たち?
ドイツ南西、黒い森の中にある小さな町ロットヴァイルの市民団体「核の脅威のない世界のための市民団体」は1986年、チェルノブイリ原発事故を受けて設立されました。ベラルーシの子どもたちの保養受け入れや、若者交流プロジェクト、そしてエネルギーシフトを実現するための活動を続けています。この団体と、ベラルーシの財団「チェルノブイリの子どもたち」との共同で、今回の日本訪問が企画され、FoE Japanがコーディネートを行いました。

140316_Rottweil.jpg

●マリア・ブラトコフスカヤさん
ミンスク在住のマリアさん(53)は、チェルノブイリ原発事故当時妊娠中で臨月を迎えていました。ところが、情報を知らされない中での避難、病院を転々とするなかで死産となってしまったと、胸のつまる自身の経験かたり、原発事故に終わりはないと訴えました。
masha.jpg

また、グループが関わるベラルーシの財団「チェルノブイリの子どもたち」についても。
*「チェルノブイリの子どもたち」”Den Kindern von Tschernobyl”(ドイツ語のサイト)
http://www.bag-tschernobyl.net/

マリアさんは特に、障害など問題を抱える子どもたちのケアを行っています。
驚くべきことに、2014年に入って、政府の方針で「チェルノブイリ」という言葉の使用が禁止され、財団の名前も急遽「子どもたちの喜びのために」へと3月に変更したとのこと。ベラルーシでは、チェルノブイリについてこのように講演したりすることはできず、4月26日に少し語られる程度だ、とのこと。
事故の甚大な被害を隠蔽し、忘却させようとする力は、日本でもベラルーシでもおなじ・・・。
それに加え、ベラルーシでは、一党独裁の政治体制のなかで、市民が声をあげることもままならないのだと。
マリアさんは、事故の5年後に息子さんを授かり、現在は小さな孫もできて一緒に暮らしているそうです。

●リュドミラ・マルシュケヴィチさん
リュドミラさん(63)も現在はミンスク在住ですが、事故当時は、原発から近いゴメリ地区の小さな村に住んでおり、近くに住んでいた親戚一同避難を余儀なくされました。自身も20歳のころから糖尿病患者で、「チェルノブイリの子どもたち」で糖尿病の子どもたち支援のリーダーを務めています。

Ludmilla.jpg

原発事故後、それまでは稀だった小児糖尿病が増えていること、また例えば汚染の高いゴメリ地区で健康な子どもの割合が1〜2割であることなど報告しました。糖尿病患者に欠かせないインシュリンの薬は、効果の高い輸入のものは値段も高く、質の落ちるベラルーシ製を服用せざるを得ないとのこと。食べ物についても同様で、汚染されていない輸入食品は高価なため、ふつうの市民は国産のものを食べるしかないとのことです。

また、マリアさんもリュドミラさんも、小型の放射線測定器やガイガーカウンターについて、実際に手にするのは初めてだったと言います。日本ではベラルーシ製の機器が比較的安価に販売されていますが、ベラルーシでは一般向けの販売は一切されていないとのこと・・!
放射能汚染の実態について、政府の公式の線量情報は公表されていますが、市民の情報へのアクセスが非常に限られていることがわかりました。

●20代の若者たち
事故後に生まれ、現在は自ら支援活動にも携わる20代の若者も4名参加しました。
日本のチェルノブイリ子ども基金も支援する保養施設「希望21」に11歳のときに滞在したことのあるサッシャは、保養の体験について、とても楽しくリフレッシュし、3週間過ごしたあとには健康回復も実感できた、と語ります。自ら甲状腺の腫瘍を持っていましたが、国内やドイツで保養し、薬を飲む中で回復し、現在は検査は受けていないものの特に問題はなさそうだ、とのことです。しかし、サッシャの父親は原発事故の片付け作業に従事した影響で心臓病を患い、母親や親戚をみても、なんらかの病気を抱えているとのことです。ゴメリ州の北側、モギュロフ州・ビハウ出身で、同級生でも多くが、なんらかの健康疾患を持っていたとのこと。
Sascha.jpg
20代の女性たち(アレーナ、エレナ、カティヤ)は、自らの判断や親の反対により、福島視察には同行せず、東京にとどまりました。ミンスク出身のアレーナも子どものころに甲状腺の病気を持っており、近く結婚する予定ですが、子どもを持つことに不安があるとも語りました。
同じミンスク出身のエレナも、学校ではほとんどチェルノブイリ事故については教えられず、しかし祖父母が住んでいたのは立ち入り禁止区域で、母親は直接の経験から心配をし話をしてくれたとのこと。ただ、ベラルーシ環境大学でも、チェルノブイリ事故や放射線影響については、ほとんどテーマとされず残念に思っているとのことです。
カティヤは南西部のブレストの出身で、比較的汚染がひどくなかったことが不幸中の幸いであると語ります。子どものころ軽微な甲状腺の問題がありましたが、そのうちに治ったとのこと。原発事故の恐ろしさは両親から繰り返し聞いており、それゆえに現在は、再生可能エネルギーの技術者を目指して勉強中とのことです。

ベラルーシでは多くの人が何らかの体調不良や病気は持っている。しかし、それと事故・放射線の影響については明確には語られず、特に公には、ほとんど語られることはない。そのような現実が見えてきました。
             (吉田明子)

●参加者のプロフィール、発表資料、映像はこちら
http://www.foejapan.org/energy/evt/140419.html
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