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ブログを移転しました! [2016年02月15日(Mon)]

FoE Japanのウェブサイトリニューアルに伴い、ブログを移転しました!
新しいブログのアドレスはこちらです→https://foejapan.wordpress.com/

このブログは引き続きご覧頂けます。
最新の活動は新ブログで!
インドの市民社会と脱原発 日インド原子力協定に反対する人々 [2015年11月12日(Thu)]

こんにちは、スタッフの深草です。

11月初め、インドの原発問題や反対運動の現状調査や、今後の連携して脱原発を目指していくためのネットワークづくりのため、インドの市民や学者の方にお会いしてきました。
日本政府はここ数年インドとの原子力協定締結を模索しており、今年12月にも協定にサインすると言われています。インドはNPT(核不拡散条約)やCTBT(包括的各実験禁止条約)に入らず核兵器を所有している国。

被爆国として核廃絶を国是とする日本は、これまでNPTに加盟していない国とは原子力協定を結んできませんでした。インドと協定を結ぶ事に関しては日本内外で強い懸念の声が上がっています。
インドには22の稼働中のプラントがありますが、建設中の物も含めて、力強い原発反対運動が行われています。インドは世界最大の民主主義国家と言われていますが、反対運動には政府からの強い圧力があり、国民的議論はほとんどないそうです。話を伺ったジャーナリストの方は、原発の記事を書いてもほとんど載せてもらえないと話していました。

インドの市民の方々は、ガンディーの思想などを大切に守り、非暴力不服従行動を続けているそうです。市民活動のリーダー達は、土地を村人から奪取し健康被害を生んでいる原発を’非人間的’であるとかたり、環境的に持続可能な社会にむけて運動をしているんだと話していました。
福島や、広島長崎の核の被害者ともよりそい、核無き世界にむけて活動しているという彼らに、大変励まされる思いでした。

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鹿児島報告(2)川内原発、いちき串木野市へ [2015年06月29日(Mon)]

<鹿児島報告―2>

スタッフの吉田です。21日は、川内原発の近くまで連れて行っていただきました。その後、いちき串木野市のみなさんと意見交換しました。

【川内原発の近くまで】
20日は、串木野駅の近くの民宿に宿泊。
東京出身で昨年からいちき串木野に拠点を移して活動している高木章次さんにお世話になり、素敵なジャズカフェで翌日の行程を相談。
午前中に地元で福祉施設を経営している江藤卓朗さんが、川内原発まで案内してくださることになりました。

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原子力市民委員会の水藤さんも合流し、9時すぎに出発しました。海沿いを走り、40分ちょっとで川内原発のゲート前へ。
警備の人は二人。ゲート前から、原発の建屋が見えていました。
すぐ近くの「展示館」には、いまだに「5重の壁」といった展示とともに、原発は温暖化対策、などと訴えるパンフレットが・・・・。
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その後、薩摩川内市の鳥原良子さん、出水市(薩摩川内市の北側)の神信裕さんと合流しました。
原発から2キロほどのところに、3万年前の姶良カルデラ火山の噴火によって流れ出た入戸(いと)火砕流の堆積した地層(10メートルほどの赤土の層)が見られる場所を案内していただきました。

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神さんは、物理・地学を専門とし、地形から地殻の変動を調べています。この地層をみるに、地形などによって同じ厚さではないとしても、当然原発の敷地まで火砕流は届いていただろう。九州電力は、原発の敷地には届いていないとしていますが、当然届いていたとほとんどの火山学者は指摘をしています。

また、原発周辺にみられる断層の分布図について、九州電力の提出資料では、原発周辺5キロが空白になっています。川内川河口周辺に海岸段丘があることは、神さんの指摘だけでなく九電自体が認めています。ところが川内川河口底に同じ時代の地層があることが、ある論文で指摘されています。
このことは、ここに50m程の段差(断層)があり、これが川内川推定断層(橋本 1972)である、と神さんは指摘をしています。
しかし、九電は川内川河口底の地層を「不確かである」として、断層を認めていません。

川内原発の再稼働審査において、火山学者の提言に反し巨大噴火の可能性が考慮されていない問題(*2)・・その一つの証拠となる現場を目にすることができました。

(*2)原子力規制を監視する市民の会(2015年5月27日)
「川内原発保安規定(火山モニタリング)についての声明」
http://kiseikanshi.main.jp/2015/05/27/kazan/

その後、いちき串木野市に戻る途中、原発から約7キロの羽島漁港に立ち寄ります。
港の漁獲量は、川内原発が操業したころから漁獲量が減っていて温排水(温廃水)の影響も疑われると、地元の方は言います。

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港のコンクリートの岸壁に、わかめのような緑色の海草が揺れています。
江藤さんほか地元の人たちは、原発が止まってから生えてきたのではないか、温排水がなくなって海水温が低下したためではないかとのことでした。

【いちき串木野市で意見交換】
お昼前、「鹿児島から避難計画を考える緊急署名の会(*3)」の事務所で、20日の講演会には参加できなかった方を中心に、地元の方10名ほどが集まってくださり(しかも前夜遅く〜朝にかけてのとても直前の呼びかけで・・・!)意見交換を行いました。

(*3)いちき串木野市の人口は約2万9000人、その過半数の住民の署名を集めようと、2014年の5〜6月、全国からの参加を得て、戸別訪問や街頭などで精力的に署名を集め、ついに1万5000筆を達成、2014年6月に市長に提出しました。)

原発の避難問題や健康影響、技術的問題など、様々な角度から、長年にわたって粘り強く働きかけられている皆さんです。
推進・賛成派との議論は平行線だといいますが、今後は地元の経済や雇用の観点からも考えたいとのこと。
市議会でも原発コストの問題など取り上げたいという、いちき串木野市、日置市の現・元市議会議員の方もこられていました。

あっという間の2時間弱が過ぎ、市議の方に送っていただいて鹿児島空港へ。
帰り際、一人の年配の女性が、ちまきのようなもち米の保存食、灰汁(あく)巻をお土産にくださいました。島津藩が参勤交代の道中に持参したものだそうです。

空港では、串木野発祥とも言われるさつま揚げをたくさん、お土産に購入しました。(早速翌日のお昼、事務所のみんなでおいしく食べました。)

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若い世代の人口減少など、地方特有の悩みを抱えています。
だからこそ、及川さんのような若い世代の地域に密着した取り組みは勇気付けられるものです。

豊かな自然はもちろん、鹿児島のおいしい食など、魅力を多くの人に知ってもらい、
原発に頼らない地域づくりにつながれば・・と願って鹿児島をあとにしました。
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鹿児島報告(1)原発と再エネのホントの話 [2015年06月29日(Mon)]

スタッフの吉田です。
6月20−21日、鹿児島に出張しました。
初めての鹿児島でもあり、地元のみなさまにお世話になったので、少しでも様子をお伝えできればと、ご報告です。

【原発と再エネのホントの話】
20日(土)は、原子力市民委員会の主催のフォーラム
「『原子力発電と再生可能エネルギーのホントの話』
〜原発のコストと電力自由化後の日本と鹿児島の未来を考える〜」に参加。
http://www.ccnejapan.com/?p=5373

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立命館大学の大島堅一さんからは、原発の本当のコストについて、わかりやすく講演。
現在言われる「原発はコストが安い」というのは、事故処理費用を国民(税金)や電力消費者(電気料金)で負担しているから。
また、原発を再稼働しないと電気料金値上げ?これは、原発という負債を抱えた電力会社は、経営破たん(債務超過)しないために、苦肉の策として値上げ・再稼働に動いています。原発ゼロを決断すれば、原発維持費がなくなる(料金原価に計上できなくなる)ため、一部を再稼働するよりは、電気料金は安くなるそうですが、その選択肢はまったく示されていません。(*1)

(*1)西日本新聞:原発ゼロで電気料金安く? 再稼働との比較を試算 
http://qbiz.jp/article/64808/1/

私からは、再生可能エネルギーについて紹介。「再生可能エネルギーは不安定」「原発はベースロード電源として必要」「再エネを接続保留」というけれど、ドイツでもスペインでもカリフォルニアでも、すでに原発は廃炉・減少の方向にあり、自然エネルギーをメインとした電力供給にむけて、シフトが始まっている状況を紹介しました。
また、いよいよ2016年から一般家庭も電力会社を選べる時代へ。地域の自然エネルギーの電力会社を選ぼうという、「パワーシフト」(http://power-shift.org)を呼びかけました。
2016年はすぐそこなので、小さいグループの勉強会なども、今後広げていけたらと考えています。150620_CCNE鹿児島フォーラム_吉田.pdf

ゲストの及川斉志さんは、鹿児島県日置市に3年前から移住し、現在は地元のガス会社勤務。再生可能エネルギーを中心としたPPS事業に向けて準備中ということで、具体的なお話をしていただきました。個人的にも、市民共同発電事業や、映画「シェーナウの想い」字幕翻訳者として貸出し(無料!)や講演も行っています。

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会には70名以上が参加。アンケートで、
・「シェーナウの想い」を見たい、上映会をしたい
・地元の取り組みを応援したい、
など今後の活動の広がりに向けたコメントもいただけたことは収穫でした。
(その2へつづく・・21日は、いちき串木野へ)

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「食」からながめるベラルーシ [2015年05月16日(Sat)]

八島千尋です。
私は、「食」からながめるベラルーシについて報告したいと思います!
ベラルーシは、日本のおよそ半分の国土面積で、うち3分の1を森が占めています。南部は広大なポレーシエ湿地が広がっており、海はありません。このような環境で育まれた食文化。主食はじゃがいも。他にも、きのこ、ベリー・・・など、森の恵みを生かした食材がテーブルを彩ります。

・ドラニキ(じゃがいものパンケーキのようなもの)
ドラニキ.jpg

・コートを着たニシン(ニシンと野菜の料理)
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・きのこのスープ
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・白樺のなみだ(白樺の樹液と砂糖とフルーツを混ぜたジュース、左上のグラス)
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などなど、気になるお味の方は・・・とーっても美味しい!!日本人の口に合う味付けです!!

しかし、ちょっと気になるのは食品の汚染値について。線量はきちんと測定して出荷されていると現地の方はおっしゃっていましたが、基準値を調べてみると

じゃがいも 80ベクレル/kg
栽培されたベリー類 70ベクレル/kg
生きのこ 370ベクレル/kg
乾燥きのこ 2500ベクレル/kg
その他の食品 370ベクレル/kg
※設定時、ベラルーシのセシウム134は自然減衰してなくなっているため、セシウム137のみの値となっています。
(ウラジミール・バベンコ、ベルラド研究所『自分と子どもを放射能から守るには』世界文化社 参考)

日本の現在の基準値と比べると様々な食品ごとに細かく設定されていますが、全体の基準値が厳しいという訳ではなく、特にきのこは基準値が高すぎる印象を受けました。
ちなみに日本の現在の基準はほとんどの食品が『一般食品』として分類され、100ベクレル/kgです。
(参照:厚生労働省 http://www.mhlw.go.jp/shinsai_jouhou/dl/leaflet_120329.pdf

私達が訪れたベラルーシにある日本文化情報センターの辰巳雅子さんにお話を聞いたところ、今でも食材はしっかり洗わないといけないとおっしゃっていました。しかし甲状腺がんの予防の為にベラルーシではヨウ素剤が簡単に買えるそうです。日本では簡単ではないですよね。

また今後の日本にどのような影響が予想されるか?と質問をしたところ、辰巳さん曰く、ベラルーシと日本の環境、食文化などがあまりにも違うため正直予想がつかないとおっしゃっていました。
例えば、ベラルーシは内陸に位置しミネラルが不足しがちで、国民病としてヨウ素欠乏症であるが、日本人は海藻や魚介類も食べるが水銀がたまっている。これが体内で放射能とどう影響してくるか。また日本は、放射能とPM2.5や黄砂などとの複合的汚染がどう影響してくるかはわからないということです。

次に、ベラルーシで事故後に普及した食品として、ペクチン配合のお菓子を教えてくださいました。日本でも知る人ぞ知る食物繊維のペクチンですが、放射性物質を体外に早く排出する効果を持っています。
マシュマロやゼリーなどのゲル化剤として使われているので、そういったお菓子がスーパーや市場などでたくさん売られていました。砂糖たっぷりのとっても甘いテイストでした。
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違う日に訪れたベルラド放射能安全研究所では、大量のペクチンを一度に効果的に摂取できるサプリメントのペクチン剤「ビタペクト」を開発し、ホールボディカウンター検査の際に研究所が設けた基準(体重1kg あたり 20Bq以上)を超えた結果がでた子どもたちに支給をしたりしているそうです。しかし、ベラルーシ国内で知っている人はほとんどおらず、現地のインターネットでささっと検索をかけてみてもどこで買えるのかわからなかったので、簡単には手に入らないのかも知れません。
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今回ベラルーシの「食」から、食べて生き、食べて守る。ということを改めて学びました。
また、事故により主食であり美味しい食材ばかりに不安が募る状況ですが、体を守る食品の普及のあゆみが草の根運動のように続いていくこと、そして日本でも普及を祈るばかりです。
(八島 千尋)
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ベラルーシ訪問ー移住村 スターリ・レペル [2015年05月01日(Fri)]

こんにちは、元インターンの深草です。
今回、29年前のチェルノブイリ事故が今のベラルーシ社会にどのように受容されているのかを調査するため、高木仁三郎市民科学基金に支援を頂きながら、皆さんとベラルーシを訪問しました 。
チェルノブイリ原子力発電所事故といえば、原発が位置する現ウクライナを思い浮かべる人が多いと思いますが、現ベラルーシ(当時はどちらもソ連領)にはかなりの放射能が降り注ぎ、大変な被害を被っています。私からは訪問した民間の移住村についてと、ドイツとベラルーシの市民社会のつながりについて報告したいと思います。
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ミンスク中心地から北東に約150キロに、スターリ・レペル村というチェルノブイリ事故により汚染された土地に住む人々のための民間の移住村があります。村はドイツの市民団体の手によって建てられ、現在は27軒の家が建っています。作られた家はすべてボランティアの手作りで、ドイツの伝統的な工法を採用しており、省エネ効率などがとても良いそうです。村づくりはミンスクのOekodomという環境負荷の少ない家を建てるチャリティ団体とともに、ドイツやイタリアからの青年ボランティアを受け入れて、持続可能な村づくりというプロジェクトの名目で手作りしたそうです。
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村には医療センターや公民館があり、スターリ・レペル村の人々だけでなく、近隣の村の人も利用しにやってきます。こういった公共の施設もすべてが海外の支援から成り立っており、政府が関わったのは水道などの公共インフラのみだったそうです。スターリーレペル村では、今は入居者も一緒になって新しい家づくりをしています。

住人の方に、移住することに対する不安はあったかどうか尋ねたところ、事前に訪問するなどして移住の前にしっかり下調べをし、 近くの共同農場(コルホーズ)で働いている人からは自分が働き手として歓迎されていることが移住前にわかったので、移住に対する大きな不安もなく、もともと住んでいる人との軋轢などもなかったそうです。
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ベラルーシ政府は2010年に、汚染地域から移住してきた人をまた元の場所に帰還させるための再開発計画を発表しました。それ以前の2003年からベラルーシ政府はUNDP(国連開発計画)やその他の機関からの支援を受け、”CORE Program”という汚染地域のリハビリ(復元)計画を進めてきました。このプログラムは既にすでに終了しており、ベラルーシ政府が2010年に発表した計画は、リハビリからリカバリー(復活)計画への前進であると位置づけられています。一部の人の帰還が始まっていますが、今も事故の影響で健康に問題がある人がたくさん存在します。また、スターリーレペル村に移住してくる人たちは5キュリー以上汚染された土地に住んでいた人たちで(平方キロメートルあたり5キュリーは実効線量年間1mSv以上に相当)、この村は二つ目の民間移住村だそうです。そういった移住村がいまだに必要とされている中で、本当に帰還政策を行ってよいのかかなり疑問です。政府は近年汚染地図を発表しなくなっていると言われ、どこがどれだけ汚染されているのかも正確には発表されていないようです。

村はとてものどかで、近くにレプラ湖という湖があります。新しく入居してきた家族は、まだ来たばかりでおちつかないけれどそのうち庭でジャガイモを育てたいと話していました。ベラルーシの料理にはたくさんジャガイモが登場し、多くの人が庭やダーチャと呼ばれる郊外に構えた家庭菜園で野菜を手作りしています。
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また、今回の旅はドイツの市民団体のコーディネートにより実現しました。
ですので、ドイツ語がはなせる、ドイツの支援が行き届いている場所に行った、という偏りがあるのは否めません。しかし、ベラルーシの人々は今も第二次世界大戦下(または大祖国戦争)にナチスドイツに多くの村を焼かれたことを鮮明に語り継いでおり、チェルノブイリについて伝える資料にも、まるで戦争のようだ、戦争より悪い、と出てきます。ですが実際は、苦い歴史を共有しながらも、ベラルーシの市民とドイツの市民はチェルノブイリ事故を通して強い結びつきを持っていました。

ガイドを引き受けてくれたオルガさんに、戦争中に多くの村を焼き払ったドイツについて複雑な感情を持っているベラルーシ国民も多いのではと尋ねたところ(ドイツ軍は600の街を焼き払い、チェルノブイリは400の村を奪ったと話していました)、彼女は昔のドイツ人と今のドイツ人は違うものだと考えている、またチェルノブイリの事故のあとドイツはたくさんの支援をしてくれたのでとても感謝していると話していました(戦争中に生まれた、もしくは戦争後すぐに生まれた世代はドイツに対して厳しい見方をしている人も多いようです)。

今回であった人の多くは、ドイツの市民団体と交流があり、政治的な活動が制限されているベラルーシにおいても、国際的な市民団体との交流の中で、ベラルーシの市民社会が形成されていると感じることができました。とくに、過去に保養で海外に出かけた子ども達は今では大人になり、自らボランティア活動に携わっています。今回日本からも5名がこの調査に参加しました。今後も継続して福島とチェルノブイリの事故経験を共有していくことで、さらなる市民活動の幅を広げることができるのではないかと思います。
(深草 亜悠美)

参考:
- “Plans for post-Chernobyl resettlement” 13th WNN August 2010. http://www.world-nuclear-news.org/RS_Plans_for_post_Chernobyl_resettlement_1308101.html
- “German and Belarusian volunteers take part in the construction of a house for a migrant from Chernobyl zone, in the village of Stary Lepel” TownHall com 8/12/2010 http://townhall.com/photos/2010/08/12/german_and_belarusian_volunteers_take_part_in_the_construction_of_a_house_for_a_migrant_from_chernobyl_zone,_in_the_village_of_stary_lepel
- Core programについて http://un.by/en/undp/focus-areas/crisisprevention
- Core Programについて http://un.by/en/undp/db/00011742.html
チェルノブイリ原発事故から29年のベラルーシへ [2015年04月26日(Sun)]

4月26日 チェルノブイリ原発事故から29年、福島第一原発事故から4年

スタッフの吉田です。
2015年3月30日〜4月6日、FoE Japanは、福島から人見やよいさん、宇野朗子さん、八島千尋さん、そして元インターンで英国留学中の深草亜悠美さんとともに、ベラルーシ・ミンスクを訪問し、ドイツ・ベラルーシのグループとともに視察・交流を行いました。
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放射線測定の独立研究機関「ベルラド研究所」や国営保養施設「希望21(Nadeshda) 訪問のほか、ホームステイや民謡鑑賞も含め、ベラルーシの人々の現在の日常にも、様々な角度から少し触れることができました。

チェルノブイリ原発事故は決して終わらない、
影響・被害は明らかに続いている。
しかし一方で、日常生活の中では、あえて意識しなされないように意図されている。現在の日本とある意味でよく似た状況を目の当たりにしました。

例えば・・
-------------------------
◆原発事故被災者と事故処理作業員への支援などを定めた「チェルノブイリ法(1990年制定)」は、2008年に改訂され、現在では、特別の支援はなくなり、通常の障がい者(病気も含む)への支援と一体化されている。

◆保養への予算も、2016年までは決まっているが、それ以降は減る方向だろうと推測している(保養施設担当者)。
 
◆国は5キュリー(185k万Bq)/km2 以上(=推定実効線量1mSv以上)の場所を「汚染地」と定義しているが、その範囲は5年ごとに見直され、どんどん小さくなっている。

◆ルカシェンコ大統領による独裁体制(1994年〜)のなかで、政権批判的な活動は大きく制限されている。例えば、国土の北西部(リトアニアとの国境付近)にベラルーシ最初の原発が建設着工しています(まだ初期段階)が、反対活動は極めて難しい状況。

◆昨年から「チェルノブイリ」という名称の使用が禁止され、私たちのホストの財団「チェルノブイリの子どもたちのために」も名称を変更せざるを得ず、現在は「子どもたちに喜びを」として活動している。

◆チェルノブイリ原発事故に関する「ベラルーシ政府報告書」(2011年)では、子どもの甲状腺がんをはじめとした健康被害についても書かれているが、現在は復興に向かっていることが強調されている。
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チェルノブイリ事故被害への対応については、多くの人が、国には期待できないと口にします。ゴメリ州の強制移住区域出身のおばあさんたちは、当時の、何度も村を移動させられた混乱状況を語ります。20代の若者たちの間では、子どもの頃に甲状腺などの病気を持っていた、もしくは今も持っている人が、特に汚染地域で多いといいます。国内外での保養に参加した若者は、心身ともに元気になった、と語ります。

日本と比べた場合に、チェルノブイリ法により、賠償や健康管理への最低限の補償がある、また1ミリシーベルト以上の地域の「避難の権利」が書かれています。
しかしその適用については、少なくとも人々の話を聞く限り、大きな課題がありそうです。

さらに、多くの人が話していたのが、一般市民の経済的生活の苦しさです。
学校の先生や医者、大学教授などの公務員の平均月収は200〜400ドルほど(2万円強〜5万円程度)、しかしミンスク市内の賃貸住宅の家賃は決して安くなく(ホームステイさせてもらった中心部・2DKのマンションで500ドルほど!)、食品や衣料品の価格も、日本より少し安い程度です。
生活が成り立たないので、多くの人が、アルバイトなどの仕事を掛け持ちしたり、両親を頼ったり、郊外の菜園や農地で週末に農業をして食べ物を自給したりしているとのこと。さらに、通貨切り上げによるインフレが激しく、1月1日に物価が突然10倍以上になることも何度もあったとのこと。

ミンスク近郊にはベラルーシの人口の約4分の1近く(200万人以上)が集まっていますが、地方に行けば状況はさらに悪化します。若い人が職につく場がなく、高学歴の人ほどロシアなど海外へ出て行く。モスクワなどに出稼ぎに行く人も非常に多いとのこと。
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ちなみに、ベラルーシでの食事は、じゃがいもが主食。きのこのクリームソースやスープもよく食卓にのぼりました。春にはイチゴやベリー類・・・つまり、放射性物質を蓄えやすい食材が、食生活のベースにあります。自分の庭で収穫したものを食べている人が、今よりさらに多かったでしょう。事故当時、汚染された地域でも同様に、このような食事が続けられていたかと思うと・・・少し恐ろしくなりました。

言葉がなくなるような状況の中で、私たちを迎えてくれたみなさんのあたたかさと、市民の草の根の活動の様子には、救われ勇気づけられました。

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−つづくー
(吉田 明子)
インドネシア・バタン石火 現場で強行される工事に国軍も関与―日本の官民は黙認していいのか? [2015年04月25日(Sat)]

委託研究員の波多江です。

日本が官民を挙げて推進しようとしている東南アジア最大級の「インドネシア・中ジャワ州バタン石炭火力発電所(2,000メガワット)」の建設予定地では、懸案であった土地収用の決着がついていないにもかかわらず、4月上旬から重機による掘削等が強行されていますが、この工事にインドネシア国軍が関与しているとの情報が現地から寄せられました。

以下の動画は、グリーンピース・インドネシアが現地に赴き、撮影したビデオです(英語のキャプション機能でご覧いただけます)。事業者やインドネシア政府側からの度重なる脅迫にもかかわらず、これまで事業者への土地売却を拒み、農地を死守してきた地権者は74名いますが、そのうちの一人へのインタビューも含まれています。

"Save Indonesia's Food Souvereignity"
https://www.youtube.com/watch?v=YwbMlvU1HqA&feature=youtu.be

(以下、上記動画の英語キャプションを和訳したものです。)
https://www.youtube.com/watch?v=YwbMlvU1HqA&feature=youtu.be
"Save Indonesia's Food Souvereignity"
インドネシアの食料安全保障を守れ

2015年4月21日、GREENPEACEはビデオグラファーをバタンに送り、バタンの現状を把握し、石炭火力発電に反対する住民の一人の証言を記録した。

計25.5ヘクタールの肥沃な農地をもつ74家族は、今日まで、石炭火力発電事業に反対している。カロマット氏もその一人である。(注:74家族の土地は未売却)

バタン住民・地主 カロマット氏
「この土地は事業者であるビマセナ・パワー・インドネシア(BPI)社の土地造成作業に囲まれている。私の土地は掘削はされていないが、私の土地に流れる灌漑用水が(盛土で)遮られてしまったので、将来、どうやってこの土地を耕すことができるのか。私たちの望みは、このような行為が正されることだ。少なくとも、私たちの土地への灌漑用水のアクセス・排水を彼らは認めるべきだ。」

ビデオグラファー:Kasan Kurdi
GREENPEACE

(以上、動画の英語キャプションの和訳)

上記の動画や以下の写真のなかに写っている重機等には、「ZENI AD」という記載が見られます。これはインドネシア国軍の工兵総局のことを指しているとのことです。

(写真: 農地のなかで盛土の作業を進める重機と周辺を警備する兵士(2015年4月21日撮影、グリーンピース提供)
farmland and heavy equipment.png

Owned Heavy Equipment Engineers AD are land fill power plant.JPG

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同事業は、電源開発(J-Power)、および、伊藤忠商事が出資をしており、現在、国際協力銀行(JBIC)、および、民間銀行団が融資を検討しています。まさに、日本が官民を挙げて取り組んでいるこの旗艦事業の現場で、このように国軍まで投入して工事を強行している実態を日本の官民は黙認してよいのでしょうか。

同事業の日本の関係者は、現場での違法・抑圧行為が早急に停止されるよう、しかるべき対応をとるとともに、事実関係の確認を行ない、今回の違法行為で生じた損害について、適切な回復・補償措置が講じられるよう、対応していくべきです。また、住民の合意が得られず、非合法な方法でしか推進できない同事業から、日本の官民は撤退すべきです。

(以上)

※インドネシア・バタン石炭火力発電事業に関する詳細はこちら
 http://www.foejapan.org/aid/jbic02/batang/index.html
参院・本会議で尾立議員がインドネシア・バタン石火問題を質問! [2015年03月26日(Thu)]

委託研究員の波多江です。

日本が官民を挙げて建設しようとしている東南アジア最大級の「インドネシア・中ジャワ州バタン石炭火力発電所」は、住民の根強い反対により、3年間、着工が遅れてきました。
現地住民・NGOは、事業予定地の土地売却を拒む地権者らへの人権侵害等を指摘し、日本の国際協力銀行(JBIC)が融資を出さぬよう、日本の市民に訴えています。

3月25日、参議院・本会議の場で、尾立源幸議員(民主党・新緑風会)が同問題について、JBICの所管官庁である財務省に質問しました。以下、その内容です。

http://www.webtv.sangiin.go.jp/webtv/index.php
参議院議員 本会議
2015年3月25日
尾立源幸議員 (民主党・新緑風会)
ビデオ33:45 - 36:14

尾立議員:
・ 最後に、外交について指摘したいと思います。
・ 安倍総理は、就任以来積極的に外国を訪問しておられ、訪問国は54か国地域、のべにすると66か国・地域にのぼります。
・ 訪問の際に、総理は様々な資金援助の約束をしておられ、単純集計するとその額は2013年には9,110億円、2014年には1兆5,200億円にものぼります。
・ 資金援助は外交の重要なツールの1つですが、お土産をばらまくことで訪問国から相手にしてもらうのではなく、何より大切なことは相互の信頼関係に基づいて外交を行うことだと考えます。

・ この資金援助が、相手国に問題を引き起こすこともあります。
・ 一例をあげると、インドネシア・バタン石炭火力発電事業はJBICによる融資が検討されていますが、現地において多くの人々が反対をしており、インドネシア国家人権委員会も土地買収を巡って人権侵害に関する勧告を出しています。このような状況は、JBICの融資のガイドラインである「社会的合意」に反していませんか。
・ 今日までインドネシア大統領が来日しておられますが、人権侵害の指摘も含めて、バタン石炭火力発電事業について現状をどのように把握し、今後どう対応するのか、JBIC所管大臣として財務大臣の見解を伺います。
・ 折角、日本の貴重なお金を使ってもニーズに合わない支援を行うことは、なんの感謝もされないばかりか、むしろ反発されてしまいます。
・ お金を出すのが一番楽な方法ですが、簡単にお金をばらまき未来につけを残すのではなく、我が国の素晴らしい知恵と工夫と誠意を最大限活用して世界に貢献しようではありませんか。
・ あらためて将来世代につけを残さず、借金を先送りせず、限られた日本のお金をより活かす形で使うべきであることを申し上げて、私の質問を終ります。

ビデオ45:56 - 46:30
麻生財務大臣:
・ 最後に、国際協力銀行JBICがインドネシアで融資を検討している事業に関してのお尋ねがありました。
・ 国際協力銀行におきましては、同行が定める環境社会配慮確認のためのガイドラインに則って、融資を行なうことになっていると承知を致しております。
・ 財務省としては、所管官庁として、国際協力銀行JBICがこのガイドラインに則り、引き続き現地住民の声を聞き、適切に環境社会配慮確認を行なうよう監督してまいりたいと考えています。

(国会質疑は以上)

これまでJBICは、同事業の環境レビューのためにインドネシアへ行っても、現地住民やNGOに会ったことはありません。一体どうやれば、財務大臣が答弁したように「引き続き住民の声を聞」けるのでしょうか。明日も尾立議員が参議院・財政金融委員会で、同問題をとりあげます。ぜひ、ご注目ください。

○3月26日10:30〜11:20(予定)@財政金融委員会 尾立議員の質問予定
 →視聴はこちらから http://www.webtv.sangiin.go.jp/webtv/index.php

(以上)
インドネシアの浸水被害 [2015年02月16日(Mon)]

スタッフの柳井です。
FoE Japanは2008年からインドネシア、中部ジャワ州の気候変動影響に脆弱な地域のコミュニティ支援を続けています。
プカロンガン市沿岸部では2006年頃から海面上昇による浸水被害を受け、多くの住民が田畑を失い住居や道路が水に浸かった状態での生活を強いられています。このような状況に対し、行政は沿岸部にマングローブ公園を設置して保全地域とする計画を立てました。当初は行政主導の計画に住民が取り残されていることが懸念されましたが、FoE Japanと現地NGOの働きかけや住民支援の結果、現在ではマングローブ公園の運営は住民グループが管理するまでに至っています。公園には多くの市民も訪れるようになり、エコツーリズムからの収入増加も期待されています。しかし一方で高潮の影響はますます深刻化しつつあります。自然の堤防として期待されたマングローブをもなぎ倒し、ますます住民の生活は困難になっています。

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なぎ倒されたマングローブ

バンドゥンガン村はマングローブ公園と隣り合わせた場所にありますが、海岸線まで数百メートルの農地が水に沈みました。農地の一部は魚の養殖場へと転換されていますが、養殖業は維持管理のコストが高く、数年に渡って収入源を失っている元農夫たちには簡単なことではありません。水に浸かった家も多く、住居の中にまで大量の水が入り込み衛生環境の悪化が心配されます。
FoE Japanではこの地域にもマングローブ植林を支援していますが、今後はすでにマングローブ等では防ぐことのできない被害に対する支援のあり方を、住民や行政と話し合いを持ちながら模索していきます。

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水に浸かる家屋

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生活道路の浸水

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