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2008年09月10日

9月11日は、やはり・・・

明日は、9月11日。

この日はやはり、「9・11」の事件を思い出しますよね。

私もはっきりと思い出せます。
仕事から夜の11時くらいに帰ってきて、テレビをつけると、
飛行機がビルにぶつかっているシーンを放送していました。

「あれ? 映画かな?」
と一瞬思いましたが、放送されているのはニュース番組でした。

「大変な事が起こった!」
その晩は、何となく落ち着かない感じで、布団の中に入っても、
何となく眠れなかったのを覚えています。


ちょうど1ヵ月後、結婚式をひかえていました。

事件の朝一で、式場案内でお世話になってたYさんから電話がありました。

「ひろなかさん。
昨晩の事件、もうご存知でしょう?

実は、昨晩からドンドン電話があって、
それが全部、『ハネムーンの旅行をキャンセル』
なんですよ〜。

ええ、テロの影響で、ハワイとか、ロス、ラスベガスなんかの
アメリカ系の旅行先は全部キャンセルですね〜。

昨日は徹夜だったんですよ〜。涙

ひろなかさんは、まぁ、ヨーロッパ方面ですし、1ヶ月先ではあるんですが、
どうされますか。」

と言ったものでした。

とりあえず、
「相方と相談してみます。お疲れ様です。
あんまり、無理しないでくださいね。」
程度のお伝えをしたように思います。


本当に大変な事故でした。
現在分かっているだけで、2,973名の方がお亡くなりになったそうです。
改めて、ご冥福をお祈りしたいと思います。

時々アメリカに行かれるある知り合いの方が、
「9・11以前と、以降では、アメリカ人が全然違う。

9・11以降のアメリカ人は、本当に優しくなった。

自分たちもいつ攻撃されるかもしれない。
いつ、殺されるかもしれない。

で、あれば、出来るときに優しくしておきたい。
そういう気持ちになったのではないかな。」

そう言っておられました。



こんな詩もネット上で話題になりました。




もし、最後だと解っていたなら


もし、ぐっすり眠っているあなたを見るのが
これで最後だと知ってさえいたら、
私はあなたをもっとしっかり
毛布に包んであげ、神様の祝福を祈っただろう

もし外出するあなたを見るのが
これで最後だと知ってさえいたら、
私はあなたをしっかり抱きしめ、キスをし、
出かけるあなたをもう一度
呼び止め、もう一度しっかり抱きしめたことだろう

もし、あなたの心からのほめ言葉を聴けるのが
これで最後だと知ってさえいたら、
私はそれを毎日繰り返し見ることが出来るように
あなたの言葉を、その姿の全てをビデオに撮影したことだろう


将来の道を考えるための明日は
きっとあるし、
きっと来ると信じている

すべてをやり直すための明日は
きっと来るはずだと
私達は考えている

「愛しているよ」と言える日が、
またいつか必ずあるのだろう

「何か手伝おうか」と言える機会が、
またきっとあるのだと思う

しかし、
万一、それが思い違いだったら

あなたがどれほど愛しているのかを伝えられるのは、
今日しかないかもしれない

そのことを決して忘れないようにしたい

若者にもそうでない者にも
明日という日は
約束されているわけではない

だから今日こそ、
あなたが愛する人をしっかり抱きしめることが出来る
最後の機会かもしれないのだ




もし、
あなたが明日やろうと思っているなら、
今日実行してみてはどうだろう

もしかしたら
明日は来ないかもしれないし、
そうなったらきっとその日
あなたは後悔することになるだろうから


笑顔を見せること、
抱きしめたり、
キスしたりするための、
ほんのわずかな時間

相手があなたに求めている
唯一の
そして、
最後の願いだったかもしれない


それらのことを、
多忙を理由に拒否してしまったら、
きっと後悔することになるだろう

だから今日、
愛する人をしっかり抱きしめ、
そして耳元でささやこう
愛していることを、
いつも大切な人だということ


「ごめんなさい」

「ありがとう」

「大丈夫」

「いてくれてありがとう」と
時間をとって伝えよう


そうすれば、
もし明日が来ないとしても、
今日この日に
後悔することはないだろうから



今一度、追悼式で、お父さんが言ってくれているみたい、という子どものコメントで話題になった、

「千の風になって」

や、一青窈 さんが、テロで亡くなった人のことを思って書かれたという

「ハナミズキ」

が、心に染み渡ります。


「死」を考えることは、
「いかに生きるか」を考えることと同じです。

それを思い出す日にしたいですね。
この記事へのコメント
ゆいままさん

コメント、ありがとうございます。

あの日、カナダにいらしたのですね。
アメリカに近い所では、日本よりも緊張感があったのではないかと思います。

1700年代の後半から1800年代の半ばにかけた、所謂ヨーロッパ文化が成熟してきたときに、絵画の中にも、
「なんで、こんなところに?」
というような場所に骸骨を描いてみたり、というような絵がありますよね。

高校の美術の授業だったと思いますが、
「こんなところに、こういう物が描かれているのは、
『人は死ぬのだ』ということを忘れないようにするためです。」
と紹介されていたように思います。

人が死ぬという「リアリティー」が薄くなっている昨今(薄くなっているのは、人間関係の方なのかも知れませんが)、こういうことでもないと考えられないのは、ちょっと寂しいことですよね。
Posted by ひろなか at 2008年09月11日 10:22
テロの日、カナダにいました。
学校に行くと、呆然としてテレビを見ている先生がいました。
ルームメイトが、自作自演だよ。とテロを知っていてそれを黙認しているんだ。といっていたのが印象的でした。

しばらく経って、カナダ人の友達がたまたまNYに滞在していて、その時の写真をみせてもらいました。
逃げようともせず、椅子に腰掛け泣き叫ぶ老夫婦の写真、フェリーから崩れていくビルを眺める人の顔がすすで汚れて、涙で立に2本の腺が入っている写真、胸が締め付けられる思いでした。

死について、生きるとは何か?
そんなことを真剣に考え始めたのは、この頃からだった気がします。

Posted by ゆいまま at 2008年09月11日 00:28
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