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2009年06月06日

塾の閉校日

みなさま、こんにちは。

さて、いよいよ今日が塾の閉校日です。
とは言え、昨日で全ての授業が終わりましたので、実質、今日は片付けと残務処理のみです。


昨日も保護者の方々と懇談をしておりました。

小3のLDと認識できるかできないか、という生徒さんがいらっしゃるのですが、
そのお母さんがお見えになって、

「この塾に通わせて頂いてから、みんなが『変わったね〜!』ってすごく褒めてくれるのが、
本人も嬉しいみたいです。

以前は、椅子に5分座っていることも大変だったのに、
今では、気がつくと30分以上も座ってお絵かきをしたりできるようになりました。

勉強に関しても、とかく算数もバァ〜ッと数字合わせだけをやりがちだったのですが、
今は、問題を絵に描いて考えるようになったようです。


先日、学校の先生との懇談で、ここで使っている塾の問題をお見せしたところ、
しばらく、見ておられてから、
『この問題はスゴイ問題ですね。
よく練られてあると思います。
授業で使えるかもしれないので、ちょっとお借りしても良いですか?』
と言われました。そして、
『私が言うのも変ですが、是非、その塾はお続けになってください』
とも仰られました。

なんて言いますか、この嬉しさをセンセに分かって頂きたくて、
今日は、『これを言わなきゃ』って、来たんですよ!(笑)

本当にありがとうございます。

近々、妹もお願いしますので、よろしくお願いします。」

と本当に嬉しそうに仰って下さいました。


思えば、以前のそのお母さんは、ちょっと「影」のある感じでした。
「なんで、うちの子がLDなの・・・?」
というような、被害者意識とでもいうのでしょうか。

罪悪感やら、悲壮感やら、軽い絶望感やら、そんなものが混ざり合っていたような、
独特の「影」でした。



しかし、昨日のそのお母さんのご様子は、失礼かもしれませんが、別人かと見間違う程だったのです。(笑)


「いつか、センセが、

『もし、この子がLDという個性を、自分で選んで、そしてお母さんの下に生まれて来よう、
ということも選んで来たとしたら、どうでしょうか? 何か、受け止め方が変わってきませんか?

お母さんだから、大丈夫、ってその子がわざわざ選んで来てくれた天使なんですよ。』

って仰ってくださったことがありましたよね?

あの時、本当に私は、頭をガンって叩かれた感じだったんですよ。
それと同時に、なんて言うか、今までの後悔みたいな気持ちと、
言いようのない『ありがとう』って気持ちと、

・・・色々と混ざり合って、夜中に泣きました。

ですから、本当にセンセには感謝しているんです。」


ともお話してくださいました。


「いえいえ、塾はキッカケです。
それをどう使われるかは、お母さんなんですよ。

でも、本当に私も嬉しいです。
何より、お母さんが今、嬉しそうにされていることと、
Mちゃんがさっきから嬉しそうにお母さんを見られていることが、
私にとっても、嬉しいことなんです。

Mちゃん、よかったね。」


そういうと、Mちゃんは、本当に嬉しそうな笑顔で「うん!」とうなずいてくれました。



今日で、一旦「個別指導のフイユ」は閉校します。

しかし、今後も子ども達とのお付き合い、
そして、お母さん、お父さんとのお付き合いは続きそうです。


短い期間でしたが、お付き合いを頂きまして、ありがとうございました。

またどこかでお会いできることを、楽しみにしております。


ひろなか

2009年06月05日

塾の閉校前日

みなさま、こんにちは。

さて、個別指導のフイユとしましては、実質は今日の8時からの授業が最後の授業となります。明日が最終日ですが、残務処理ばかりが残る形です。
とは言え、最後まで頑張りたいと思っております。


さて、先日も、「今どきの子ども」を象徴するような出来事がありました。

中2の男の子なのですが、次の問題を

「どうやって解いたら良いのかわからない!!」

ということです。




「美味しい飴が8つあります。

お兄ちゃんと弟で分けますが、じゃんけんで勝ったので、弟の方が4つ多くもらえます。

さて、何個と何個に分ければいいですか。」





その子が最初に式を立てたものは、こんな感じでした。



8÷2=4

4−4=0

4+4=8

答え:兄0個、弟8個




「ん?!
弟は4個だけお兄ちゃんより多くもらったら良いんだよ。

これだと、何個多いの?」



「え?
あ! 8個。」



「でしょ?(笑)
じゃあ、どうする?」



「え!?

ええぇ〜!

えええええぇぇぇえええ〜?!


これどうしたらいいん?


この問題って、解けるんですか?」



「ははは。(笑)
解けるよ!」




「ええ〜!?
方程式は使います?」



「そんな難しいことしなくてもできるって!!」



そんな感じです。
その子は、先日の中間テストで70点くらいだったそうですよ。


算数や数学がドンドン生活から乖離している危険性を感じます。

また、それと同時に、その子の抱えている寂しさが、ビシビシと心に伝わってくるようでした。


出来の良いお姉ちゃんと比べられること。

さぞ、今まで息苦しかったでしょうね。


「あのね、
勉強ができなくても、『不幸』とは言わないよ。

それに、勉強ができても、幸せになれるかどうかは分からない。



大切なのは、自分が何を楽しめるか、じゃないかな?」



そういうと、深くうなずいていました。


塾は終わりますが、子ども達のとの関わり合いは、続いていくと思います。

楽しみながら、頑張りたいですね。

2009年06月04日

塾の閉校2日前

みなさま、こんにちは。

いよいよあと2日で塾も閉校となります。
朝の掃除で拭く机の汚れや傷も、なんだか愛しい感じですね。(笑)


昨日も生徒たち、保護者の方々とお話させて頂きました。

「センセ! 塾、やめんでな!
絶対、どこかでやってな!」


「また、新規の塾の場所が決まりましたら、
必ずご連絡くださいね。

子どもも気に入っておりますので。」


等など、うっかり気を抜くと「涙もろい私」がとめどなく出てきそうで、
自制するのが大変でした。(笑)


昨日も、9時半頃に授業が終わった高2の男の子が、なんとなく話し足りなさそうで、私の周りをウロウロしておりましたので、椅子を勧めて話しをしていました。

大学のこと。
将来のこと。
これからの世界情勢のこと。


気がつけば10時半でしたので、急いで帰らせました。(すまぬ)



結局、「自分」ということだと思います。

できることが100個あっても、
やってる自分が何1つ楽しめないのであれば、
その人にとって、その時間は単なる「作業」です。


それがどんなに複雑なものだとしても、結局は
「穴を掘って、穴を埋めて、・・・」
という単純作業をしていることと同じです。


しかし、できることがたった1つであったとしても、
それを自分が楽しめるのであれば、
その人にとって「生きている」ことは、意味のあることになると思います。

明日が待てないくらい楽しいのです。
そうなれば、「意味があるかどうか」さえも、もうどうでもいいかもしれませんね。(笑)


そう考えれば、
『意味を探す』という行為自体が、「意味」を遠ざけているのかもしれません。


話が逸れましたが、

「楽しめる自分を持つこと」

それが、今後のキーワードのような気がします。


そして、「何を楽しめるか」が、その人を表すのだと思うのです。



「自分が美味しいアンパンを食べる」

ということも楽しめますが、

「アンパンを誰かと分け合って、美味しいねって微笑みあう」

ことも楽しめます。


どちらが正しいということでなく、どういう自分を選ぶか。

それが大切なんだよ、と言う話を高校生にしていきました。


「ふ〜ん・・・。
深いなぁ〜。」

というコメントでした。(笑)

いよいよ、あと2日ですね。

心を込めて参ります。

2009年06月03日

塾の閉校3日前

みなさま、こんにちは。

一昨日から、塾の閉校についての保護者懇談、生徒達への説明をしています。
本当に申し訳なく思っています。


そんな中、昨日中2の女の子達が、

「まぁ、センセ、何があったんか知らんけど、
元気出されぇ〜!」

と、シュークリームを1つくれました。

ふいの申し出に、胸がいっぱいになりました。
危うく、その子たちの前で涙をこぼすところでした。(笑)


「ははは。(笑)
そんなに落ち込んでるように見えた?

ゴメン、ゴメン。
さぁ、がんばろうかぁ〜!」


と授業に向かいました。



昨日の最後の授業が終わって、高2の子と喋っているときに、

「あ、今日、中2の子達からシュークリームもらったんじゃった。
なんか、
『センセ、元気出されぇ〜!』
ってな。

良かったら、食べてくれる?
たぶん、毒とか入ってないと思うから。」(笑)

と渡すと、

「案外、あいつら、イイトコあるんじゃなぁ〜。」
と笑いながら、頬張ってくれました。


昨日、面談をさせて頂いたお母さんも、

「この塾がなくなったら困ります。」
と仰ってくださいました。
「でも、未定とは言え、続けてくださると伺って、安心しました!」
とも仰ってくださいました。


塾を閉校することは、決して褒められたことではありませんが、
この機会を通じて、みなさんの温かい心に触れることができたのは、
私としては、本当に嬉しいことです。

本当にありがとうございます。

ここで授業ができるのはあと3日ですが、いつも以上に心を込めて頑張らせて頂きます。


本当にありがとうございます!

2009年06月02日

個別指導のフイユ閉校のご案内

みなさま、こんにちは。

さて、突然のタイトルに驚かれた方もいらっしゃるかもしれませんが、
今週末の6月6日をもちまして、『個別指導のフイユ』は閉校する運びとなりました。

また、それに、伴いこちらのブログも閉鎖を致します。
楽しみにしてくださっておられた方々には申し訳ありませんが、
宜しくご了承ください。

とはいえ、ブログ自体はどこかでまたするとは思いますので、
またいつか、「ひろなか」で検索でも掛けて頂けると幸いです。(笑)


先週の中頃、以下のようなお手紙を塾生と保護者の方々には送付をしておりますが、
状況の変化による訂正箇所も発生しましたので、合わせてご案内申し上げます。





個別指導のフイユ 閉校のお知らせ
平成21年5月28日

関係者各位


時下ますますご清栄のこととお喜び申し上げます。平素は個別指導のフイユに格別のご高配を賜り、厚く御礼申し上げます。

さて、このたび「個別指導のフイユ」は、諸般の事情により来る6月30日をもちまして閉校する運びとなりました。

開校から1年弱というあまりに短い期間ではございましたが、皆様には心よりのご支援、ご愛顧を賜りましたことを深く感謝申し上げます。

今後の対応に関しては、担当者より個別の面談をさせて頂きますが、

1)塾の退会
2)兵頭・弘中による家庭教師への移行
3)その他折衷案

の中よりお選び頂くようになるかと思います。あらかじめ、ご家庭内でお話し頂けると幸いです。
なお、まことに勝手ながら、6月末日を持ちましてフイユにおける振替授業の権利も失効致しますので、お早めにご利用くださいませ。

このたびのことで、多大なるご迷惑をお掛けしますことを心よりお詫び致しますと共に、何よりも生徒達のサポートに関しましては、可能な限り努めて参りますので、ご理解のほど宜しくお願い申し上げます。

末筆ながら、皆様のご健勝を心よりお祈り申し上げます。


個別指導のフイユ
担当:弘中





現在行っております「保護者面談」の中でもお詫びと共にお伝えをしておりますが、

・6月末

・5月度の末
つまり、今週末となりました。

本当にご迷惑をお掛けします。
申し訳ございません。

早急に、次案を準備して参りますので、今しばらくお時間を頂きたく思っております。
宜しくお願い申し上げます。

あと5日ですが、心を込めてお勤めしたいと思います。
ありがとうございます。

宜しくお願い致します。

2009年05月29日

人生の祝福

みなさま、こんにちは。


ニューヨーク大学のリハビリテーションルームの壁に、
次のような言葉が刻まれているそうです。




   大きなことを成し遂げるために、力を与えてほしいと神に求めたのに

   謙虚さを学ぶようにと、弱さを授かった。


   より偉大なことが出来るようにと、健康を求めたのに、

   より良きことができるようにと、病弱をあたえられた。


   幸せになろうとして、富を求めたのに、

   賢明であるようにと、貧困をさずかった。


   世の人々の称賛を得ようとして、成功を求めたのに、

   得意にならないようにと、失敗をさずかった。



   求めたものは何一つあたえられなかったが、

   願いはすべて聞き届けられていた。


   私はあらゆる人の中で、

   もっとも豊かに祝福されていたのだ。




「願いは叶う」

そう思います。


「願いは叶わない」と思っている人は、
「願いは叶わないという願い」が叶っています。

だから、どちらにしても願いは叶っています。


であれば、どんな「願い」を持つのか。
それが「自分」を決めていくのだと思います。

2009年05月28日

「人を殺して悪いとは思わない」って・・・

みなさま、こんにちは。

昨日から報道などでも伝えられていますが、3月25日午後11時7分、岡山市駅元町のJR山陽線岡山駅下りホームで電車を待っていた38歳の男性県職員の方が、18歳の少年に背後から押され、約1.5メートル下の線路に転落し、直後に入ってきた瀬戸発岡山行き普通電車4両にはねられ、約5時間後に亡くなったという事件がありました。


昨日、その少年の陳述があったそうですが、
「人を殺して悪いとは思わなかった。」
という言葉を言ったそうです。


果たして、これは彼の本心の言葉でしょうか?


もちろん、殺された38歳の男性のことを思うと、やり切れない悲しみを感じます。
私も同じくらいの歳ですから、もし自分がそういう状況になったときに、残された6歳の息子、まだ3ヶ月の娘、そして嫁や、沢山の友達、知り合いのことを思うと、胸を掻き毟るほどの痛むを覚えると思います。


だからと言って、この罪を犯した少年だけをどうにかすれば良い、と言う問題でもないような気がするのです。

例え、この少年を死刑にしたところで(私は反対ですが)、第3、第3の「同じような事件」は起こるでしょうし、これまでも悲しい事件は沢山起こってきました。


「まさか、私には起こらないだろう」
と言う気持ちは、誰にでもあるかもしれません。

この事件に巻き込まれた38歳の男性も、
「まさか自分が!」
という気持ちだったでしょうし、そのご家族も、親戚縁者も同じお気持ちだと思います。


しかし、実際に事件は起こりましたし、今後も起こる可能性はあるでしょう。


この少年の最後の心からの「悲鳴」を誰が受け止めるのか。

単に「排除」するだけで、問題は解決するとは思えません。

誰か一人、誰か一人がこの子の心と正面から向き合って、話しが出来ていれば、回避できたかもしれない事件です。


私も、まず自分の出来ることから実践して参りたいと思います。

先日、
「学校が面白くない、友達関係もあんまり上手く言ってない」
と話してくれた子がいました。

例え「良いアドバイス」ができなくても、話を聞くだけでも救われる。
そんな時間と場所を提供していける人になれたらと思っています。

2009年05月27日

スローフード運動

みなさま、こんにちは。


昨日は、高2の英語を見ておりました。

最近の教科書には「スローフード」も取り上げられているんですね。
思わず、生徒が和訳を考えている間に、面白くなって先を読んでいたりして・・・。(笑)


よく言われているのが、1980年代のイタリア、ローマのスペイン広場にマクドナルドが進出してきたところから、「イタリアの食文化を守ろう!」という機運が高まり、1986年、イタリアのビエモンテ州ブラで始まったのが、スローフード運動だとされています。


「イタリア」の「スペイン広場」というのがヤヤコシクテ良いですね。(笑)
もちろん、「ローマの休日」で有名な場所です。
いつ行っても、誰かがジェラートを食べています。(笑)
とは言え、私も2回しか行ったことがありませんが。(笑)


さて、『どんぐり倶楽部』の中にも、スローフードに関する記述があります。

こちら⇒http://homepage.mac.com/donguriclub/slow.html



その教科書にも載っていましたが、

『スローフードとは、何を食べるか、ということのみならず、どのように食べるか、ということを考えることも後押ししているのです。』


「どのように食べるか」

ということは、単なる調理法だけではありません。

どこで食べるのか。
誰と食べるのか。
どんな雰囲気で食べたいのか。
何を話しながら食べたいのか。

そういった様々な食を取り囲む環境全てを(楽しく)考えながら、人間にとって

『より幸せな食文化』

を今一度考え直そう、と言う意味も含みます。



私が今、口にしているのは、「命」だということの確認。
それを作ってくれた農家の方々、取ってくれた漁師さん、酪農家の方々への感謝、とその関係。
私が今、食べているものの文化的な背景。
地域とのつながり。
他の国、人々とのつながり。

そして、心を込めて作ってくれた人々への思い。


そういったものが、たとえ不恰好なコロッケ1つからでも、豊かに想像できることが、私としては「教育の成果」であると思います。

そして、それを「味わう」ということ。

外のパン粉のカリっとした歯応え。
その中にある、じゃがいものホクホク感。
ニンジンや玉ねぎの甘さやひき肉の旨味。
塩加減、胡椒加減。

そんなものが、渾然一体となって、口の中に広がる様子を「味わえること」。
そしてそれを「楽しむこと」。


それこそが、本当の意味での「豊かさ」だと思うのです。
その一番分かりやすい形が「スローフード」だと思います。

「食」とは、「人」を「良くする」と書きますしネ!



資本主義が、『合理化』や『効率性重視』を追求した影に置き去りにしてきたこと。

今、資本主義が崩壊していくのは、「人間らしさ」と乖離していたからだ、というのは、ちょっと言いすぎでしょうか。

2009年05月26日

円の面積を求める

みなさま、こんにちは。

昨日、中学2年の生徒から質問がありました。

「センセ、何で円の面積って、πr^2(パイアールの2乗)なん?」


「あれ? 小学校で理屈まで教わってないの?」


「ううん。なんか覚えてないけど、いつの間にか覚えさせられたって感じ?」


「あ〜、そっか。
まぁ、いいや。

あのね、まず、円があります。

(ホワイトボードに円を描く)

はい。
ノートにも描いてよ。OK?


それでね、え〜、どうしよっかな。
じゃぁ、ケーキを切るみたいに、8つに切ってみようか。


切れた?
そうそう。


で、その円を上半分と、下半分に分けるよ。
そう、上の半円で扇形4つ、下の半円で扇形4つだね。

それをね、ギザギザの歯みたいに開いてみようか。
そう、小学生が描く『怖い人』の歯みたいな感じな。(笑)

円の中心だったところから、開いてみて。

どう、三角形が上下4つずつ並んだみたいになった?


▽▽▽▽
△△△△


で、この上下の扇形を近づけて合体させます。

どうなるでしょう?」


「え〜、あ、平行四辺形みたいになる!」



「そうそう。
でも、もともとその扇形の上の頂点って、円の中心だったでしょ?
で、下の所は、弧だったでしょ?

ということは、上から下に、真っ直ぐ切ったら、その長さって何かわかる?」


「え、半径でしょ?」


「お〜!そうそう!(笑)
で、切った分を、反対側に持ってきてくっ付けると?」


「あ、長方形になった!」





「ね!(笑)
ということは、今、8つに切ったけど、これを無限個に切っていって、同じようなことをしていったら、限りなくキレイな長方形になると思わない?」


「あ〜、そうか。
え? じゃあ、結局、面積って『たて×横』ってこと?」


「そうよ。
まず、「たて」にあたるのは?」


「半径。
え、でも、横は?」


「横はね、円周率ってあったじゃない? 覚えてる? そうそうπね。
円周の長さは、直径の約3.14倍ってやつね。

はい。
円周の長さは、直径の3.14倍です。
いいですか?

今使った、長方形の横は、円のどの長さと大体同じ?」



「え〜、どこだっけ?
あ、まず円を半分にして〜、ってことだから、結局半円の弧の長さかな?」



「そうそう。
ということは?」


「ということは? って笑顔で言われても・・・。(笑)


あ! 
円の円周全部が、直径の3.14倍ということは、
半円だったら、直径の半分、だから半径の3.14倍でいいんじゃない!?」


「そうそう。
そしたら、もう分かったじゃん。」


「え?!
たては、「半径」
横は、「半径×3.14」

これをかけたら、長方形の面積だから、

半径×(半径×3.14)=r×(r×π)=r×r×π=πr^2(パイアールの2乗)

ああぁあああ!!
そういうことだったのね〜〜〜ぇっ!」


「ふふふ。(笑)
どう、わかった?」


「ああぁあ、わかった! わかった!!
すげー、センセ、ありがとう!」


「どういたしまして!
また、質問おいでね!」



良い笑顔でした!

こういう笑顔が、塾の先生としてはご馳走ですね。(笑)

2009年05月25日

運動会でした

みなさま、こんにちは。

昨日は、息子の小学校の運動会でした。

「お天気に恵まれ・・・」とは言えませんが、とても良い運動会でした。
ちょうど、閉会式の直前に大雨になって、そこで
「終了します!」
とのアナウンスでした。(笑)

一応、「競技」は、全て終了できたようです。
本当に、皆様、お疲れ様でした。

先生の方々、
「ありがとうございました!」

昨日は、雨が降るかもしれないということで、朝から先生方もヤキモキしておられたようです。

朝、6時半くらいに、
「1時間遅れで開催します。
保護者席の確保に関しては、予定通り7時半から開門します。」
とのメールが入ってきました。


ええ、早速、私も場所取りに行かされました。(笑)

7時10分くらいに正門前に着いたのですが、もうすでに30名くらいいらっしゃいましたね。


思わず、
「うぁ〜!東京みたい!」
と言ってしまいましたが。(笑)


今は、小学1年生でも「リレー」をさせるのですね!
まぁ、保育園の年長さんになると、リレーを経験させられている子も多いので、あまり違和感がないのかもしれません。

それでも昨日は、グランドの状態が良くないので、いつもなら「内側の小さいトラック」を走っていたようなのですが、急遽高学年の人と同じ「外側の大きなトラック」を走るようになったみたいです。


それでも子ども達は嬉しそうでした。
そうアナウンスが入ったときは、
「やった〜!」
と言う歓声も上がっていました。(笑)


でも、100mを全力疾走することは、小1にはちょっと大変なことだったのかもしれません。

しかし、それが色々なドラマを作ってくれたように思います。

スタートのところでは、結構差がついていた子も、途中で相手がバテテきて、途中で抜かしていたり。
半周くらい差がついていても、追い抜いていたり。


なかでも、ひときわ声援が大きくなっていたのは、「なかよし学級(養護学級)」の子達が走っているときでした。


その子たちが走るのは半周でした。
それでも、「大きなトラック」になっての半周です。

学校の方針なのかどうかはわかりませんが、「なかよし学級」の子たちも、そうでない生徒に混ざっての1チームでしたし、その順番も「なかよし学級の生徒同士で走る」という風には、なっていないようでした。

ですから、その子たちが走っている間は、そうでない子たちにバシバシ抜かれていきます。

でも、追い抜かれても、誰一人としてその子を責めていなかったのです。

それどころか、「なかよし学級」の子たちのバトンを受け取った子達は、皆がそれぞれに、
「よし、まかせておいて!」
とか、また何も言わないのしても、笑顔でそのバトンを受け取っていたのです。

そう、生徒達は、「同じチーム」として、その子たちのことも考えていたようだったのです。


「確かに他の人に抜かれるかもしれない。
でも、それをどうカバーしていくかを考える。」

そして、
「皆が一生懸命頑張ることを頑張る。」

ということ。


「がんばれ〜!」

「がんばれ〜!!」

なかよし学級の子達が走っているときは、どのチームであろうが大声援でした。
急に距離が長くなって、大変だった子もいたでしょう。


小6の子たちが「応援団」を結成して応援していましたが、本当に力が入った大声援でした。
温かい応援をしていました。

その全てが嬉しくて、涙がこぼれてしまいました。



競争に勝つことが素晴らしいのではない。
一生懸命にする姿こそが美しいのだ。


そんな思いを受け取った一日でした。


関係者のみなさん、

「本当にありがとうございました!」