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6月の「命の授業」F〜連島南中学校で[2008年06月16日(月)]


岡山県・岡山県警・岡山県教委とNPOとの協働事業「心と命の教育活動」として、少年補導員の方とともに少年犯罪被害者遺族が学校に出向いて「命の授業」を行っています。

きょう6月16日(月)は倉敷市立連島南中学校で、市原千代子さんの「命の授業」がありました。

生徒418名と先生や保護者の方々など、あわせて450名ほどの方が話に耳を傾けてくださいました。

市原さんと少年補導員の川口さんが話をした後、子どもたちとの質疑応答の時間が今日はあったそうです。「ファミリーズでは講演以外にどのような活動をしているのですか」、「たばこを吸っていたり暴力をふるっている子どもがいたらどうしますか」、「少年補導員の川口さんはどうして補導員をしようと思ったのですか」などの質問が出て、子どもたちの的を得た質問に感心させられました。

きょうはNPOメンバーも二人伴走し、何とか6月の「命の授業」も後半に入ることができました。






命の大切さを語り継ぐまちづくり[2008年06月16日(月)]
命の大切さを語り継ぐまちづくり が公開されました。

岡山県美作県民局とNPO法人おかやま犯罪被害者サポート・ファミリーズによる犯罪被害者支援の協働プログラム「命の大切さを語り継ぐまちづくり」の協働1年目の報告集小冊子です。

協働プログラムの概要、2007年11月2日に津山市で開催されたシンポジウム「命の大切さを語り継ぐまちづくり」(まなびピア岡山2007参加事業)の内容、「命を語り継ぐ講演会」の子どもたちの感想などが収録されています。



成果物詳細ページへ(ファイルダウンロード)
秋葉原事件・常磐大学長井進教授「被害者支援は長い目で」[2008年06月16日(月)]

朝日新聞6月13日朝刊の「私の視点」に常磐大学(被害者学)の長井進教授の「秋葉原事件 被害者支援は長い目で」が掲載されています。

現在NPO主催のグリーフワーク連続講座に5月から講師として来ていただいている長井教授の記事を以下引用します。

「私の視点 秋葉原事件 被害者支援は長い目で」

東京・秋葉原で無差別殺傷事件が起きた。容疑者の動機や事件の背景に注目が集まっているが、一方で突然、犯罪に巻き込まれた被害者やその家族たちがいる。そうした人たちへの支援策は05年の犯罪被害者等基本法の施行などで枠組みが整えられてはいる。しかし、実際の支援体制は十分とは言えず、一般の理解も乏しい。今回の事件を、被害者支援のあり方を改めて考える契機にしてほしい。

ひとたび犯罪被害者となると、無力感と孤立感の深まりのふちに追い落とされる。家族や友人との信頼のきずなが分断されてしまうこともある。加害者への不信感は、社会全体へと広がる。誰かに頼って回復するものではない。時間が過ぎれば心の傷が消えるわけでもない。まったく理不尽な現実に直面してしまうのだ。

7年前。秋葉原の事件と同じ6月8日に、大阪教育大付属池田小で8人の児童が命を奪われ、15人の児童と教師が負傷した。私は遺族の支援を続けてきた一人だ。きっかけは1通の電子メール。「できることは必ずします」と伝え、その時々における要求に即応し、信頼を築いていった。

当時から比べれば、今は警察にも都道府県にも相談窓口があり、民間の支援団体も各地に増えた。支援の手が増える一方で、接した人の態度や言葉で被害者が傷つく二次被害の問題もある。メディアや司法関係者と、ぎくしゃくする場合も多い。こうしたなかで特に重要なのが、つなぎ役として調整を担うコーディネーターだ。

これまでの日常生活が成り立たなくなる困難に加え、裁判も始まる。そうしたなかで被害者の傍らに居続け、必要なことを把握し、ひとつずつ実現させていくための調整を果たす。複数の方策を示して選んでもらい、意思確認をとりながら進めていく。そうした存在が、被害者それぞれに欠かせないのである。

被害者支援とは「私には自分で判断し、意思決定する力がある」という感覚を取り戻してもらうことだ。被害者の悲しみや苦しみは消えない。10年先を見据えながら長期的にかかわる必要があり、それには若手を養成することが急務である。警察でも、若手こそ相談窓口の人材として育ててもらいたい。

誰もが犯罪に巻き込まれる可能性があるなか、身近な人が被害にあった時、どのように接したらよいのか。一言でいえば、これまで通りに接することだ。下手な同情や哀れみはしない。時間はかかるが、回復する力はその人自身に備わっているということを心にとめ、接してほしい。

人は、人によって傷つけられるが、人により救われもする。かかわりあいを持った人の対応に、誠実さと思いやりを感じることができた時に、被害者は癒され、救われる思いがするのである。










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