不信と失意[2007年10月27日(土)]
被害者が刑事裁判に参加できる扉は開かれましたが、刑事裁判を請求する道は被害者・被害者遺族にはありません。
それは、大きな権限であり、被害者・被害者遺族には与えられていません。
だからこそ、被害者・被害者遺族は、検察を信じて、警察捜査の段階から協力していくわけです。
しかし、検察が「不起訴」とした事件は、刑事裁判で真相を知り、明らかにする道は閉ざされます。
こうした思いもよらぬ権力の壁に、道をふさがれ、真相が解明されないまま、苦しんでいる被害者・被害者遺族は少なくありません。
今日は、そうした不信と失意に再々度、直面させられ、言葉がありません。
検察審査会が二度にわたり「不起訴不当」を議決し、民事の一審判決では、加害者:被害者の責任割合は100:0と認定された事件であるにもかかわらず、検察は、加害者が法規を守っていなくても「信頼の原則が適用できないとまではいえない」、との説明をし、加害者の過失を否定しました。
信頼の原則は、互いにルールを守るだろうことを前提にして、ルールを守っている側を保護するものです。
酒気帯び、制限速度を20〜30キロ超過、前方不注視の加害者が「信頼の原則」で保護されること自体、いくら民事上の過失と刑事上の過失の判断基準は異なるとしても、理不尽であることに検察当局は気づいているはずです。
もし仮に、当初の判断を覆すことをよしとしない権威主義や権力の無謬性への固執がそこに見え隠れするのであれば、被害者・被害者遺族は誰も捜査には協力しなくなるでしょう。
5年の公訴時効を目前にして、深い無力感に襲われますが、遺族の方の思いを考えると、あと2か月弱、まだあきらめずに動けるだけ動こうと思います。



