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千の風になってB[2007年09月30日(日)]

昨夜、妹の四十九日を終えて、九州から戻りました。

以前のときのように、帰りの新幹線で涙がこみあげることはありませんでしたが、「きょうだいの死」について、語ることの難しさをあらためて感じました。

そんな中、目にした本が次のように語りかけてきました。

「人生の基礎の部分をきょうだいのように分かち合うことなど、めったにあるものではありません。寝室、家の手伝い、家族の祝い事、家庭内の緊張、歴史、遺産。きょうだいはこれらすべてを分かち合います。愛情と嫉妬を抱き合い、互いをかばい合うこともあればけんかすることもあります。あらゆるものを分かち合いながら、一緒に成長していきます。死によって引き裂かれない限り、常に絆で結ばれています。きょうだいの死は、それまでの家族の構造を壊すだけでなく、自分もいずれは死ぬのだという事実をはっきりさせます。〜家族の一人一人が互いを深く知っていると思っていたのに、その知識までもが疑わしくなっていきます。〜」

「人生の基礎の部分」という言葉に強く反応してしまいました。以前レジリエンスの講演で壊れた一軒家のモデルを思い出したからです。

母は、外出ができる体調ではないので九州には行けませんでしたが、ガンの再々発への不安に加え、昨日から歩くことができなくなりました。そのことを今日になってようやく電話してきたので、あわてて駆けつけましたが、いつもと違って、弱気な言葉ばかりでした。

それぞれが、ポッカリあいた穴にまだ向かい合うだけの余裕がないのだろうと思います。


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