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性犯罪の裁判員裁判への違和感[2010年02月07日(日)]

この1週間、地元新聞の紙面で性犯罪の裁判員裁判の報道が連日なされていた。

みんなが評論家気分であることが感じられ、読むだけでうんざりした。

裁判員の会見内容に至っては、他人事だからこそ語れる安直な意見ばかりで、腹立たしささえ感じた。

記者の書きぶりもしかり。被害者への配慮は乏しく、あたかも今回の事件が軽い事件であったかのような印象を読者に与える文面には、落胆した。

「被害者への配慮は十分すぎるほどだった」、「性犯罪こそ裁判員裁判で」といった無神経な言葉が並べ立てられた紙面を読んだら、声を潜めている被害者の人たちが、どれだけ傷ついたかを想像できないのだろうか。

こんなに大きく報道されること自体が、被害者に大きな苦痛を与えていることを記者の方は想像したことはあるだろうか?

被害申告を行うことにより、かえって二次被害を受けてしまうことをおそれ、性被害は潜在化する。

被害者は泣き寝入りを強いられ、加害者は常習化していく。

保護観察などほとんど機能しない類型の犯罪であることは現場にいる者はよく知っている。

勇気を出して捜査に協力した被害者が感じる無力感と判決後におそわれる恐怖感には猶予は与えられず、一生消えることもない。

せめて、被害者に被害申告を躊躇させるような裁判員裁判に被害者が引きずり出されないように、性犯罪については被害者が裁判員裁判によるかどうかを主体的に選択できるような制度の見直しが急務だと思う。






この記事のURL
http://blog.canpan.info/families/archive/2210
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