救援ありがとうございました[2008年12月22日(月)]
先週19日金曜日の直接支援(同行支援)の後、20日(土)は犯罪・交通死遺族自助グループに参加し、理事会に出席予定のつもりでした。
20日(土)午前中に少し風邪気味だったので、近所の内科を受診し、待っていたところ、家族からのメールで、「病院から「すぐ来てほしい」と呼出しがあったので帰ってきて」とのことで、病院と子どもの迎えに手分けして出向き、待機となりました。
病院付添いが長期化し、いつもは見せない涙を家族が朝見せたので、心配していた矢先でした。
家族は土日と病院に詰めて、こちらは自助グループ、理事会とも急遽欠席。
義母は白血球の数値が3万を超えており、院内感染もしており、病み上がりの下の子どもは病院には一緒に連れて行けず、預かってもらい、21日の三木記念ホールは欠席できず出向きました。いつ緊急の連絡が入るかおちつかない一日でした。
ということで、昨日ホールで打合せ時間中に、心配してくださった副理事長の高橋幸夫さんから今日22日の津山市役所の研修会講師を交代しましょう、と申し出をいただいていることがわかり、きょうの1日で3回続けての研修会を代わっていただきました。本当に申し訳なく思っています。
先ほど、研修会が無事おわったと、市原さん、高橋さんのお二人から電話をいただき、助けていただき、感謝の気持ちで一杯です。
病院の方も、強い抗生物質と高濃度の点滴を続けているせいか、意識レベルまで低下していた土曜日から比べると少し持ち直した感じがします。骨髄炎は進行しており、骨はどんどん溶けていることがわかり、体力がどこまでもつか、家族とともに気の重い年末年始になりそうです。
津山市役所の研修もあと4回残っており、あさって以降、市原さんと出向きます。




