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奥富 宏幸
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<スキル>人は、誰もが「多重人格」 誰も語らなかった「才能開花の技法」 [2015年09月21日(Mon)]


田坂広志さんは、

「才能」の本質は、「人格」である。

と言っています演劇

この言葉を聞いて、最初は「んっ?」と思いました。

「才能」の大部分が、

「人格」や「性格」によって支えられるということが、

何となく分かるようで、腹落ちしない感覚でした。

でも、確かに、天賦の「才能」を与えられる人は別として、

会社員でも芸能人でも、スポーツ選手でも、

才能あるプロフェッショナルと呼ばれる人は、

努力、情熱、厳しい体験、発想の転換などを通して、

「人格」を育て、「才能」を育てているのだと思います。

そして、仕事を成し遂げるには、

何か一つの「才能」ではなく、複数の「才能」が求められるので、

複数の「人格」の切り替えが必要になるという説明も納得できます。


その「人格」の切り替えが、状況に応じて自然発生的にできれば、

その人は「器が大きい」、「成熟した」人として、

見られるようになるのでしょう。


「表層意識の中にある人格」が”硬い”人は、

「深層意識の中にある隠れた人格」が表に出るのを抑圧してしまう

という話も、自分の人生を振り返ると思い当たる節があります。


「自分が苦手だと思う仕事」

「自分の性格に向いていない仕事」をすることで、

「隠れた人格」が開花するというのも、その通りですね。

そういう意味では、私も今置かれた状況は、

新しい「人格」と「才能」が出てくる良い機会なのかもしれません。


平野啓一郎さんの著書、『私とは何か―「個人」から「分人」へ 』でも、

一人の人間の本質を「個人」という言葉や、

大きな一つの価値観で規定しようする限界に対する解決のヒントが書いてあります。

自分の中には、いろんな「人格」があることを自覚して、

それらと上手に向き合い、使い分けることで、

自己受容や他者貢献につながっていくのかもしれませんねぴかぴか(新しい)
<山>飯能アルプス [2015年09月21日(Mon)]
昨日は、吾野〜前坂〜板屋の頭〜スルギ〜子の権現〜西吾野と、
いわゆる「飯能アルプス」を縦走してきましたぴかぴか(新しい)

子の権現1.jpg

高齢者の方にはきつい上り坂や危ない場所などがあるせいか、
すれ違う人も数組と静かな山を堪能することができました。

しばらく、山を歩いていなかったので、足慣らしには最適でしたexclamation


山を歩くと、自分一人でいろいろ考えなければいけないので、
五感が研ぎ澄まされます。

普段、見落としてしまう景色に気付くこともあるし、
何でも自分で判断しなければいけないので。

今回のコースも分岐点が分かりづらい道があって、
途中迷って引き返したこともありました。

例えば、小道が2つに別れていて、どちらに行くか迷った時に、
クモの巣がたくさん張っている方は、
人が通っていない道だろうと判断しました。

そんな判断力を養えるのも、山歩きの醍醐味ですねexclamation×2

小学生の時以来ですが、子の権現にも寄りました。
ここは、日本一大きい鉄製のわらじがあるんです。

子の権現2.jpg

通常は11kmのコースを5時間弱で歩くコースを、
3時間で歩いて無理をしたせいか、
今朝起きたらお尻とふくらはぎが筋肉痛だったのは言うまでもありませんあせあせ(飛び散る汗)

山歩きも車の運転と同じで、その人の性格が出るものです(笑)。
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