CANPAN ブログ検索
Loading
  • もっと見る
«<食>Ristorante e Pizzeria da IVO | Main | 久々のフットサルで優勝»
プロフィール

奥富 宏幸さんの画像
奥富 宏幸
プロフィール
ブログ
カテゴリー
リンク集
<< 2019年07月 >>
  1 2 3 4 5 6
7 8 9 10 11 12 13
14 15 16 17 18 19 20
21 22 23 24 25 26 27
28 29 30 31      
Google

Web全体
このブログの中
月別アーカイブ
http://blog.canpan.info/famibiz/index1_0.rdf
http://blog.canpan.info/famibiz/index2_0.xml
SSL標準装備の無料メールフォーム作成・管理ツール | フォームメーラー
<ノンフィクション>めぐみへの遺言 [2012年04月24日(Tue)]


私の身近に、北朝鮮の拉致問題解決を常々、強く願っている人がいます。

その人の影響もあってか、私も関心を持ってはいますが、正直、日々の生活に忙殺され(と言い訳し)、何かのきっかけがあると思いだしたりしています。この本は、その身近な人へ贈りたいと思い、本屋で手に取りましたが、つい先に読んでしまいました。

1977年に横田めぐみさんが突然消えてから、
その20年後に北朝鮮に拉致されたことを知ってから、
今まで、国に、社会に、拉致家族の返還を訴えてきましたが、
その過程は私には想像もできないものだったと思います。

限られた情報しか入手できず、日本政府もなかなか動かない中、
希望と絶望に翻弄されてきた二人の姿が、本書にはリアルに書いていました。

この本を読んで、私が新聞やインターネット、テレビなどのメディアを通して知っていたことは、
本当に問題の一部であるということ、あるいは本当の問題に光を当てていないことを、少しは知ることができました。


「知っていることと、知らないことは雲泥の差」と言いますが、

「知っているつもりになっていることと、本当に知っていること」

は全く次元が違うものであることを改めて感じました。


早紀江さんの言葉で印象的だったものを引用させて頂きます。

『でもまたすぐに忘れられる。そういう風潮が世の中にはあります。何かもう消えてしまって終わりって、そういうことを繰り返していたら、それは何をやってももうダメじゃないかなって思ってしまいます、私も国民の皆さんも。』

『今の子供たちは、バーっと文字が出てきて映像が出てきて、何でもパッパッと見えているけど、それらはすぐに流れて消えていってる。そういうのではなくて、言葉は、人だけしか喋れない、人間しかいろんなことを表現できない。その言葉で相手のお話を聴きながら、ピンポンみたいに話し合うことで、人の心はしみじみとしたものが出てきて、互いに通じ合えるんです。

日本に生まれて人間に生まれて、価値があることは言葉を使うことではないかと思うのです。
それが大切にされていない・・・』


東日本大震災の被災者のことや、原発問題で苦しんでいる人たちのこともそうですが、

人々の関心が薄れ、
その出来事が風化され、
忘れ去られること、

が一番残酷なことなのかもしれません。

同じ一日を、同じ24時間を過ごしているのに、置かれている状況は全く違います。

世の不条理さを嘆くだけでなく、
前に進むために、忘れないために、言葉を発していかないといけないんですね。
コメントする
コメント