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奥富 宏幸
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「それぞれの針路」 建宮 実和 さん (35) 〜「他者との対話」を地域医療と自分の生き方に織り込む〜 [2010年12月30日(Thu)]
前職の最後の勤務の日。みんなと。(前列左から2人目)
【過去〜現在】
■現在の仕事について:
100床程度のちいさな地域密着型の病院で、内科病棟の看護師をしています。単純に転職斡旋会社に紹介された病院ですが、国際医療ボランティアを行っているNPOシェアの本田徹医師が勤務しており、病院が山谷地区にあるため、高齢の生活保護者で独居の患者さん、40〜50代の路上生活者が多く見受けられます。NHKで放映している「無縁社会」の世界、日本の「貧困問題」を目の当たりにしています。


■現在の仕事に行き着いた経緯:
今年の春まで、東北大学病院のICUに勤務していました。看護師になって12年、うち8年、ERとCCU、ICUをいったりきたりしました。

大学は脳死移植医療、生体移植医療を行っていたので、移植待機している患者さんの意思決定のプロセスを一緒に過ごしたりしました。緊急性を要することもある現場で、いざという時に頼りにしてもらえる看護師でありたかったし、そのための技術や知識も得て、人脈もあって。仕事はそれなりに過酷でしたが充実していました。

だけど、その一方で、自然なかたちで死ぬことができない現実に疑問を抱くようにもなりました。大学病院に入院、ICUに入室、「できることをすべてして欲しい」と家族から頼まれた、ということは、こちらとしては可能な限り器械や管を着け、リスクが高くてもメスを入れて救命する、という解釈になります。

無論、それで助かればいいので、ずっとやってきたのですが、自分の家族のことなどを考えだすようになったら、どうすればいいのかわからなくなってしまいました。

どんなに器械に頼って薬剤をつかっても、必ずいつかは終わりがやってきます。死なないようにすればそれでいいのか、生きてるってどういうことなんだろ?何をしたらいいんだろ、とか、あらためて考えだすようになって、リスクの大きな手術もせざるを得ない、という状況に至る度、抱えているジレンマがどんどん大きくなり、このままずっとICUにはいられないと感じるようになりました。辛くて辞める人も多かったので、なかなか一般病棟に出してもらえなかったし、働けないほど無理な感じではなかったので、ただ自分が我慢弱いのかもと思いながら仕事はこなしてました。

そんなとき、春に秋田の友人の家に遊びにいったら、友人の家の隣に住んでいるおばあちゃんが、ニコニコして山菜を届けてくれました。

その笑顔がほんとうにキラキラ眩しくて。生きてるひとはこんなに美しいんだって。自分が毎日看ている患者さんとのギャップに、ハンマーで頭を殴られたようなショックを受けました。自分は他者に対して、毎日いったい何をしているんだろうと。

自分のやっていることがとてつもなく傲慢なことに見えて、すごく気持ちが揺らいで。以来、仕事が休みの日に、特に悲しくもないのに涙が止まらなくなったり、外に出られなくなったり、あまり自覚はなかったのですが、プチ鬱みたいな状態になってしまいました。

「死なせちゃいけない、なおさなくちゃいけない」のが正しい、どんなにリスクがあってもそうしなくちゃいけない、その「正しさ」を求められる現実に必死で、自分の気持ちやからだがおいてけぼりになっていたような気がします。でも、いつか必ず終わりが来るなら、その正しいやり方にどれくらいの意味があるのだろうと。

何にとって、誰にとって「正しい」のかしらと。

自分の気持ちやからだに嘘や無理がない、そんなやり方。
それは自分だけじゃなくて、患者さんにも無理をさせたりしないやり方につながるのではないかと考えるようになりました。

そんなとき、友人の西村佳哲さんが、ファシリテーターのためのワークショップに誘ってくれました。人と対話して、人の見方を捉えなおすことができ、とても豊かな時間を過ごしました。多様性を認めあいながら、共生する在り方を知った、というか。

矛盾や葛藤も悪くない、と、なんだかとてもほぐれた感じがしました。答えのわからないことはたくさんあるけれど、他者との対話を通して見えてくるものがあると思います。他職種間のチーム医療にも、ひとりの看護師として他者の生き方を支援するにも、ファシリテーションは役に立つんじゃないかと思って、もっと知りたくなって、周囲に説明して思いきって大学を辞め、上京しました。

Be Nature Schoolという場所で、中野民夫さんをはじめとする講師陣、諸先輩方に教えてもらって…というか、お互い世界は違うけど、ともに愉快に学んでいます。

現在は地域密着型の小さな病院で働きながら、地域医療のネットワークに参加して事例を共有しながら学ぶ会を立ち上げたり、東大の臨床倫理セミナー(誰もが参加できる、医療倫理や死生学について考える会)に通ったり、青学のワークショップデザイナープログラムに通ったりして、現場実践と理論を行ったり来たりして、いろんなチャンネルをのぞいています。どの世界も、答えはないけれど、対話を通して参加者各人のなかに何かが積み重なって満たされていく感じがしています。
何かってなんなんだろ。

いまは看護師人生の、いわば芋虫期→さなぎ期みたいなところにいるのかな。自分の内側におこる出来事をそのまま感じたり、出会うことをじっくり味わったりする時間をすごしています。

「様々な情報はあふれているけれど、要は誰に出会えたかが全て」と教えてくれた人がいますが、まさにその通り。いろんな葛藤があっても、たぶん、自分の内発性でドライブする生き方のほうが、いのちを含んでるし、生きてる、に近い。

こんな年になってからの、そんな勝手な決断を許し、応援してくれたり気にかけてくれる人たちがいることに、本当に感謝です。


■現在の仕事から得られたもの:
(苦労・悩み)誰も悪くないのに、現実は厳しくて哀しいし、はかなくて切ないこと。

(喜び・楽しさ)日々のちいさな幸せが嬉しいし、たのしいし,愛おしく思える。
人も自然もいまここでおこっていることすべて、偶然なのに必然で、奇跡的で豊穣。
それから、自分の感受性次第で,世界の見え方がかわることを興味深く思う。

【現在〜未来】
■私の目標・夢:
女に生まれたからにはやっぱり母になるのが夢。

生活するために仕事が必要であることは確かなのですが、仕事の対価として得たいものについてはいまだ考え中。感謝されたい訳でもなく,自己実現したい訳でもなく…。
他者と経験をシェアして関係性を育めあえる自分のデザインを、いろいろとトライ&エラーで模索中。


■座右の銘:
「すべては正しい時に、正しい場所で起こる」
「人生の悲劇は苦しいことにあるのではなく、なにを見落としたか、にある」
「矛盾と同居できる人は美しい」 
「弱さを絆に」

すべて、本を読んで印象に残ったフレーズです。


■印象に残った本:
ジュリアン・シュナーベル監督映画 「潜水服は蝶の夢を見る」 
ミヒャエル・ホフマン監督映画 「厨房で逢いましょう」
ミヒャエル・エンデ著 「モモ」 
サン・テグジュペリ著 「星の王子様」 
松浦弥太郎著 「今日もていねいに」 
西村佳哲著 「自分の仕事をつくる」 
川口有美子著 「逝かない身体」
向谷地生良著 「安心して絶望できる人生」「技法以前」
木村秋則著 「奇跡のリンゴ」


☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★
今年最後の「それぞれの針路」です。

美和さんとは、Be Nature Schoolというファシリテーションスクールでいっしょになったのがきっかけです。第一印象は物静かでシャイな女性でしたが、話をしていくうちに、それは大きな誤解であることが分かりました^^;

おそらく今までに多くの人と出会い、濃密な時間を過ごしてきたのでしょう。出てくる言葉は、とても思慮深く、洞察力に富んでいます。

私も性格的によく考え(時に考え過ぎ)、奥行きのある対話をすることが好きな人間ですので、美和さんの言葉一つ一つが妙に響きます。

しかも自分と向き合い、働き方や生き方に対して、「答えのない答え」を探究している姿は、現在、暗中模索している私と重なり、強く共感できます。多忙を極める中、アンケートに協力してくれてありがとう。

美和さんの言葉にあるように、「何を成し遂げたか」よりも、「誰と出会い、何を感じたか」に光を当てた生き方を目指したいです。


みんなでマイケルジャクソン追悼。。。のつもり。


ICUはこんな場所
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