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奥富 宏幸
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「それぞれの針路」 Ralph 龍生 Lampman さん (32) 〜魚を通して川や自然の大切さを人々に訴え、漁業問題の解決に貢献したい〜 [2010年11月21日(Sun)]

ヨセミテ国立公園にて筆者と

【過去〜現在】
■留学のきっかけ:
私の留学経験です。

・南オレゴン大学(1997−1999年、環境学)
・フンボルト大学(1999−2003年、環境科学)
・オレゴン大学(2009年−現在、魚類学・大学院)

前期の大学受験をプレッシャー負けして全て落ちてから、これからどうなるのか、どうしようかと途方に暮れていた時期に、母から『アメリカに行ってみたら?』という何気ない投げかけに、『そうだ、やってみようか』と素直に開き直って、挑戦してみることにした(母にはいつもこの頃、歯向かっていた反抗期だったにも関わらず)。

おじいちゃんが亡くなる間際に自分に言い残してたことが、『アメリカに行きなさい』という言葉だった。その当時はなんでそんな事言ったのだろう、と理解に苦しんだけれど、彼のあの時の言葉も今になれば多少なり影響があったような気がします。

アメリカから7才の時に日本に移入してきた自分は日本が好きになり、永遠に日本で過ごしたいと思っていたのだが、世界を見るのは今だと決意して、自分を評価してくれなかった日本を見返す意味でもあっちで頑張ってやろうと張り切っていたのは覚えています。


■留学から得られたもの:
何から何まで全てが決められてる日本と違って、アメリカの大学は日々のスケジュールから取る授業まで、自分で決められるので独立心をとても大切にしています。

大学では先輩後輩という上下関係もないので、留学している日本人も年の差に関係なく和気藹々とみんなで楽しく過ごしていたのを覚えています。

英語力が多少劣っていても、努力すればいい成績を上げられるので、その分、努力の大切さは身にしみるほど感じました。ずっと長いこと日本語でしか話してこなかった母とも対等に英語で話せるようになったのは今でも覚えています。


■現在の仕事について:
フンボルト大学を2003年に卒業してからはオレゴン州で米国農務省森林局の水産生物学者として5年間勤務しました。

伐採等の森林で行われる活動が淡水生物に影響が及ばないようにコンサルトをしたり、絶滅危惧種の鮭を保護するための川の回復作業に取り組んでいました。地元の小中高学校の生徒を相手に魚や川についての実地見学講座をしたり、ドライスーツを着て魚を川の中で数えたりという調査も仕事の重要な任務でした。(地域に根付いたサケ資源再生プロジェクトへのしっかりとした基盤を固め、ついには国際的にも評価の高いRiverprize賞をはじめ、数々の賞を受賞するきっかけとなった“サユースラ川流域パートナーシップ”では、陰ながらも重要で欠くことのできない任務と役割を果たしたと自負しています。)

林業が中心だった昔と比べて、最近では水産生物や野生生物の管理がとても重要視されています。社員構成は様々な科学・分野を専門にする人達が選り取り集まっているので、毎日学ぶことも多いです。


■現在の仕事に行き着いた経緯:
フンボルト大学時代に森林局の夏の仕事のインタビューをキャンパスで受けて、第一希望の土壌科学の仕事は取れなかったものの、水産生物の仕事ならあるよと言われて、全く経験のない分野だったけれども、いい経験になるだろうと思ってやってみることにしました。

仕事内容は森林内での魚保護の為の100%の肉体労働でした。魚の保護は実際にこうやってやるんだ、といういい実地体験になりました。魚類学は自分の専門分野ではなかったために、上司や同僚にいっぱい質問をして出来るだけ学ぼうと一所懸命頑張ったのを覚えています。

例え勤務時間を越えても、一人で残って作業に取り組んだこともよくありました。そういった取り組みが評価されたのか、次の夏には正社員のインターンとして戻ってこないかというお誘いを受けました。少し迷いましたが(魚が専門じゃなかったこと等もあって)、でも仕事内容はやりがいのあることばかりで、例え専門じゃなかったとしても、今から学んでいけば自分も立派な水産生物学者になれるはずだと決意しこの仕事の誘いを喜んで受諾しました。


■現在の仕事から得られたもの:
アメリカの国家公務員として働いていることもあり、自分の英語は少しずつ上達はしているものの、まだまだネイティブの域には到達していないので、周りから自分はどう見られているんだろうという自意識は昔から強く持っています。

それから、アメリカには反政府主義の人が多く(特に田舎町には)、そういった人達は政府機関がやることは全て『悪』だという先入観があるので、そういった考えを持った人達に自分たちが取り組んでる事を説明して理解してもらうには相当な努力と辛抱が必要です。そういった地元の人達と心を開いて対話と理解が出来るようになった時の感慨はその分この上ないです。

毎年、夏に稚魚の調査、冬に産卵調査をするのですが、その時にコホ・サーモン(銀鮭)の数が増えていると、今までやってきた事が報われてよかったという喜びを感じます。

絶滅に瀕しながらも、2年前に見た稚魚たちが海を渡ってまた同じこの川に戻ってくるというライフサイクルに自分が少しでも貢献が出来たかと思うと、心がほっとします。

オフィスの中で朝から夜までコンピュータと睨めっこする仕事が多いこのご時勢で、森林の中で魚と戯れながらやれる仕事が出来るという事にとてもありがたみを感じます。(でも、もちろんオフィスの仕事も50%位ありますが…)


【現在〜未来】
■私の目標・夢:
魚は自然のままのきれいな川がないとやっていけません。そういう意味で魚を守るという事は自然のままのきれいな川を保護する事でもあります。

向上と開発をモットーにしてきたこの近代社会はこういった自然の役割や大切さを見下してきた感があります。そういった意味で魚を通して川や自然の大切さを人々に訴える事が出来れば自分としても本分です。

他の生物に自分たち人間は生かされているということを少しでも認識してもらうために、自分の出来る範囲でやれることを幅広くやって行きたいと思います。米国と日本の両方で育ち、英語も日本語も話せる自分は、サイエンスとポリシーにおいて見受けられる2国間のギャップを埋めること、そして太平洋を挟んだ国の間にまたがる漁業問題の理解と解決に向けて貢献していけたらと思っています。

仕事はお金のためには絶対したくないです。自分の人生の半分以上をやりたくないことをして過ごしたくはないです。でも、そうせざるを得ない人も世界には沢山います。そういう意味では自分の好きな事、やり遂げたい事に繋がる仕事が今出来るという事は自分が置かれている環境が恵まれていると思います。

でも、少ないチャンスをどれだけ活かして、どれだけ自分の行きたい方向に突き進むかはチャンスだけじゃできません。人一倍努力が必要だと思います。努力とチャンスが初めて合流した時に人は夢に少しずつ近づくのだと思います。

今自分に足りないものはたくさんあるのですが、大学院生として研究している今特に足りないと感じるのは『時間』です。やりたいこと、やり遂げたいことは今はっきりしているのですが、それを成し遂げる時間が足りないように感じます。でも、時間は全ての人に平等に与えられているので(お金は平等でないにしても)、今ある時間を有効に利用するのみです。

■座右の銘:
意志あるところに道は開く (Where there is a will, there is a way)
声のないものに声をあげる(Give voice to those who cannot speak)

■尊敬する人物
奥富宏幸: 大学生時代の青かった自分、兄弟がいなかった自分にいろいろな意味で人生について幅深く教えられました(彼にそのつもりはなくても)。人生を熱く生きる事の大切さ、今という時間はまたと来ないということを彼から学びました。

■印象に残った映画:
ジェラミー・モンロー(Jeremy Monroe)が作った『RiverWeb』という作品です。研究中に舟での事故で若くしてなくなった中野繁(日本の水産生物学者・生態学者)の生涯を通して魚の神秘そして科学の可能性を人々に訴えかけています。これを見ると、真っ先に外に飛び出して川の中に潜りたくなりますので、くれぐれもご注意ください。

■ホームページ:
私について
大学院のプロジェクトについて


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Ralphは、アメリカで出逢った親友の一人です。

Ralphとの思い出は数知れず。Ashlandの山のトレイルを星空の下いっしょに走ったり、寮でのみ語り、ヨセミテ公園やサンフランシスコへ旅に出たり。

アメリカと日本の血を引き、凡人には理解できない言動と独特の「間」を持つユニークな人物。日本のような「同質」の社会では適応できないだろうから、自分の夢の実現に向け、これからもアメリカでのびのびと周りを白けさせ(笑)、ホッとさせていってほしいです。

半分お世辞だとしても、「尊敬する人物」に私を挙げてくれてちょっと嬉しいなー^^ いつか、Omar'sでまた飲みたいね。

Ralphのことは、他の記事でも紹介しています。
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