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南に繁栄する米沢の町があり、北には湯治客の多い温泉場の赤湯があり、まったくエデンの園である。「鋤で耕したというより鉛筆で描いたように」美しい。・・・・(中略)・・・彼らは、葡萄、いちじく、ざくろの木の下に住み、圧迫のない自由な暮らしをしている。これは圧政に苦しむアジアでは珍しい現象である。それでもやはり大黒が主神となっており、物質的利益が彼らの唯一の願いの対象となっている。
美しさ、勤勉、安楽さに満ちた魅惑的な地域である。山に囲まれ、明るく輝く松川に灌漑されている。どこを見渡しても豊かで美しい農村である。・・・(中略)・・・吉田は豊かに繁栄して見えるが、沼は貧弱でみじめな姿の部落であった。しかし、山腹を削って作った沼のわずかな田畑も、日当たりのよい広々とした米沢平野と同じように、すばらしくきれいに整頓してあり、全くよく耕作されており、風土に適した作物を豊富に産出する。これはどこでも同じである。草ぼうぼうの「なまけ者の畑」は、日本には存在しない。」
実際のところ、程度の差こそあれ、今でも平野部の都会と、山村とは見かけの豊かさの格差はあるわけですね。
先に記載した秋田の手這坂の集落を、菅江真澄が「桃源郷」と呼んだように、奥地である東北にも豊かなユートピアはあったわけです。農山漁村地域を見るときに、都会的な近代的、唯物的な物差しでは、「田舎」で「面白いものがない」と思う時代が長く続いてきたわけですが、伝統的な暮らし、ゆっくりと流れる時間、自然とともにある生活などの価値が見直される中で、「奥地」にこそ、ユートピアはある。と思う都会人が増えてきているようです。ま、私もその一人かもしれませんが、なかなか、そのユートピアに住むところまでは踏み込めない、しがらみが今はあるわけで...せめて、バード女史のように旅に訪ねて心を癒すしかないのでしょうね。