• もっと見る
京都フォーライフ〜「自信」と「誇り」をもって働くために〜
NPO法人京都フォーライフの公式ブログ
<< 2026年04月 >>
      1 2 3 4
5 6 7 8 9 10 11
12 13 14 15 16 17 18
19 20 21 22 23 24 25
26 27 28 29 30    
最新記事
カテゴリアーカイブ
月別アーカイブ
日別アーカイブ
ニューフェイス[2026年04月20日(Mon)]
春のはじまりとともに、私が担当する「フォーライフshiki」には、新たに 二人の仲間――TさんとNさん――を 従業員(利用者)として 迎え入れることになりました。
お二人とも、支援学校在学中の職場実習で 来所されていましたので、お会いしたことはありました。
今では、京都フォーライフの真新しい制服に袖を通し、同じ職場の一員として 作業に向き合う姿があります。
その姿を目にすると、「働く」 という行為が 人に与える力の大きさを、改めて実感させられます。

Tさんは、商品のシール貼りや組み立てなど、数量を意識する工程を主に担当されています。
慣れない長時間の立ち作業に戸惑いながらも、与えられた仕事に一つひとつ真剣に向き合い、必死に取り組まれる姿が印象的です。
体への負担や不安も決して小さくはないはずですが、それでも 「働く場に立ち続けよう」 とするTさんの姿勢から、仕事に対する強い意志と責任感が静かに伝わってきます。
Nさんは、数量を正確に読み取る力や、規則的に物を並べることを得意とされています。
商品ごとに詰め方が異なる梱包作業の中で、その力は確かな強みとなり、現場を支える大切な役割を果たしています。
丁寧に、黙々と作業に集中する姿からは、「自分はこの仕事を任されている」 という自覚と誇りが感じられます。

私自身、まだお二人のすべてを理解できているわけではありません。
得意なこともあれば、苦手なこともある。
その一つひとつは、これから様々な作業や関わりを重ねる中で、少しずつ見えてくるものだと思っています。
大切なのは、「できないこと」 に目を向けることではなく、「どうすれば力を発揮できるのか」を共に考え続けることだと、日々感じています。

働くことは、単に作業をこなすことではありません。
誰かの役に立ち、自分の存在価値を実感し、自信と誇りを積み重ねていく営みです。
お二人が この職場で、安心して挑戦し、失敗し、そして成長していけるように、
一日でも早く 「京都フォーライフの一員として働いている」と 心から実感してもらえるように、
これから先も 現場で向き合い、寄り添いながら、支援員として、そして同じ職場で働く仲間として、歩みを重ねていきたいと思います。
慣れない場所で[2026年04月13日(Mon)]
「For the life Café」で働く従業員(利用者)のYさん。
普段勤務している宇治市文化センターが、しばらく改修工事に入ることとなり、その間、Yさんは慣れない別の事業所で 作業をすることになりました。
いつもとは違う環境。
顔なじみの少ない従業員(利用者)や支援員に囲まれた職場。
出勤前のYさんの表情には、「大丈夫かな」「ちゃんとできるかな」という、不安がにじんでいました。

けれども、当日。
Yさんは遅刻や忘れ物をすることもなく、落ち着いて作業手順の説明に耳を傾け、ひとつひとつ確認しながら作業に取り組んでいました。
久しぶりに再会した仕事仲間とも、自然に言葉を交わし、いつの間にか穏やかな笑顔で、その場に溶け込んでいく姿がありました。
私は「For the life Café」の担当となって4年目になります。
長い時間をともに過ごしてきたつもりでいましたが、Caféで働くYさんの姿しか、実は知らなかったのだと、あらためて気づかされました。

慣れない環境の中で見せた集中力。
初めての人たちと関わる中で発揮された柔軟さ。
そして、自分の役割を理解し、きちんと「働く」姿勢を貫く姿。
そこには、これまで私が気づけていなかったYさんの強みや、まだ眠っている可能性が、確かに存在していました。
「できるかどうか」ではなく、
「力を発揮できる場に出会えているか」。
今回の出来事は、支援とは何かを、あらためて問い直す機会になりました。

一人ひとりが、自信と誇りをもって働くために。
私たち支援者が、もっと視野を広げ、可能性を信じ、挑戦できる環境を整えていく必要がある−−そのことを、Yさんの姿が静かに教えてくれました。
半歩だけ[2026年04月06日(Mon)]
過日、“時候の挨拶”よろしく、作業場で何人かおられた従業員(利用者)に向けて、
「すっかり春やね、お彼岸やし お墓参りにいかんなんね」と声をかけたところ、
一人の従業員(利用者)さんに、
「行かへんわッ!」
「怖いこと言わんといてッ!」と、怒られてしまいまいました。
どうやら、信仰している宗教上の理由で、お彼岸のお墓参りは NGだったようです。
お誕生日もお祝いしない, X‘masのイベントも楽しまない,
聞けば、地域企業から請け負った、神社やお寺で授かる「お守り」製造作業への従事にも差支えがあったようです。

信仰や文化の違いは、ときに国と国とを分断し、争いの火種にさえなります。
決して 軽んじることはできません。
私とて、「仏滅の日の結婚式」「友引の日の葬式」「末尾番号が4・9の車のナンバープレート」には、少々抵抗を感じますので、きっと日常を脅かされるほど不愉快だったのでしょう。

他者に理解してもらいにくい文化や価値観を持ち合わせていると、こんなすれ違いがあれこれと起こるものです。
身近な地域で暮らす外国籍の方が多くなった昨今では、日常的に起こるすれ違いです。
多様な方たちが暮らす社会においては、避けることができない課題です。

心身に様々な障がいがある方たちもまた、そんなすれ違いから、言葉にしにくい違和感や理由のわからない恐怖,説明の届かない疎外感を抱かれているのだと思います。
その一つ一つが、静かに心を削っているのかもしれません。
だからこそ、少しだけ立ち止まりたいものです。
誰もが、自分の『自分の当たり前』を、いったん脇に置いてみる、
半歩 歩み寄って、「この人には、どんな世界が見えているのだろう」と 想像してみる。
その小さな歩み寄りが、多様な方々がお互いに暮らしやすい社会を築くんだなと思います。
答えの出ない関係[2026年03月30日(Mon)]
私が担当している職場は、全体としては穏やかで落ち着いた雰囲気の現場です。
しかし、その中で、私たち支援員を悩ませる関係性があります。
従業員(利用者)のAさんとBさん。
一見すると「仲が悪い」と言ってしまえば簡単なのかもしれませんが、どうにもそれだけでは片付けられない、少しいびつで、複雑な関係です。
表面上は互いに相手のことを悪く言い合い、距離を取ろうとしている二人。
けれど、日々の様子を見ていると、ふと「本当は嫌い合っているわけではないのではないか」「むしろ根底には相手を気にかける気持ちがあるのではないか」と感じる瞬間があります。

Aさんは好奇心旺盛で、人や仕事に強い関心を持っています。
誰かと話すこと、さまざまな作業に触れることを楽しみながら、日々の仕事に前向きに取り組んでおられます。
その一方で、会話に夢中になるあまり作業への集中が途切れてしまったり、周囲の様子が気になってよそ見が増えてしまったりすることもあります。
Bさんはとても面倒見が良く、周囲によく目が届く方です。
困っている人がいれば自然と声をかけ、さりげなく手を差し伸べる姿を何度も目にしてきました。
しかし、その優しさが時に行き過ぎてしまい、口調が強くなったり、自分自身に過度な負担をかけてしまったりすることもあります。

そんな二人が同じ作業に取り組んだある日、ついに小さな衝突が起きました。
BさんのAさんに対する少しきつい言葉。
それに反応してしまったAさん。
結果として場の空気は張りつめ、二人は互いに距離を取るようになりました。
「もうAさんとは話したくありません」
「Bさんがいろいろ言ってくるので、ちょっと嫌です」
それぞれの言葉は、決して嘘ではないのでしょう。
けれど同時に、その言葉の奥には、単純な拒絶だけではない感情が潜んでいるようにも感じられました。
Bさんは「もう関わらない」と言いながらも、日々どこかでAさんの様子を気にしています。
Aさんもまた、笑顔を交えながら「またBさんに言われちゃった」と話す姿があり、どこかまんざらでもない様子が伝わってきます。
時には、Bさんの方から話しかけようとする場面も見受けられます。
「こっち来ないで」と口では拒みながら、その言葉がどこまで本心なのか、私には判断がつきません。

二人の間に積極的に介入することが正解なのか。
それとも、距離を保ちながら見守ることが必要なのか。
どちらか一方が正しいとは言い切れず、簡単な答えは見つかりません。
具体的な支援の形が咄嗟に思い浮かばない自分に、支援者としての力量不足を痛感することもあります。
けれど同時に、こうした迷いや葛藤こそが、「福祉」という営みの奥深さなのだとも感じています。
Aさんにとって、Bさんにとって、本当に必要な支援とは何なのか。
二人がそれぞれ自分らしく、安心して働き続けるために、私たちは何ができるのか。
答えはすぐには見つからないかもしれません。
それでも、考え続け、向き合い続けることをやめない。
その姿勢こそが、支援者としての「自信」と「誇り」につながっていくのだと信じています。
私自身、支援者としての原点をあらためて胸に刻みながら、
これからも日々の現場で学び、悩み、研鑽を積んでいきたいと思います。
言葉の重さ[2026年03月23日(Mon)]
近年、世間ではさまざまなハラスメントが話題に上がっています。
京都フォーライフの事業所においても、言葉遣いや距離感といった、 何気ない行動が相手を傷つけてしまうことがあります。
多くの場合、それは悪意のない言動であり、 指摘されて初めて気づくことも少なくありません。
作業の現場では、先輩従業員 (利用者 )が後輩を思い、 一生懸命に指導しようとする姿をよく目にします。
しかし、その気持ちとは裏腹に、 言葉が強くなってしまい、相手に負担を与えてしまう場面もあります。
相手の受け取り方ひとつで、関係がぎくしゃくしてしまうこともあります。

そうした様子を見つめながら、 私自身もまた、自分の伝え方を振り返る日々です。
相手の気持ちを想像できているか、 支援する立場としてふさわしい言葉を選べているか、自問自答を繰り返しています。
一つひとつの言葉に責任を持つこと。
そして初心を忘れず、丁寧に人と向き合うこと。
その積み重ねが、従業員 (利用者)の「自信」と「誇り」につながっていくのだと感じています。
この春も、京都フォーライフの現場では、 それぞれが学びながら、前に進んでいます。
「恥ずかしさ」の正体[2026年03月16日(Mon)]
以前、ある従業員(利用者)と、私の交友関係について話をする機会がありました。
何気ない会話の流れの中で、その方がふと、こんな言葉を口にされました。
「障がいがある人と一緒に働いているって、恥ずかしくて人には言えないですよね・・・」
その瞬間、時間が一瞬止まったような気がしました。

私にとって、この仕事は恥ずかしいどころか、誇りそのものだったからです。
だからこそ、その言葉は、胸の奥に静かな衝撃として残りました。
けれども同時に、私は思いました。
この言葉の奥には、きっと私の知らない何かがあるのだろう、と。
翌日、思い切って、その理由を尋ねてみました。
すると、その方は少し躊躇いながら、過去の出来事を語ってくれました。
「昔の職場で、障がいがあることを理由に、いじめにあったことがあるんです。」
その言葉を聞いたとき、胸の奥に重たいものが落ちました。
人が人を傷つける理由として、「違い」が使われてしまう現実。
どのような事情があろうとも、人を貶めてよい理由など、この世のどこにもありません。
それでも、その出来事は、その方の心のどこかに影を落とし続けていたのでしょう。
そしてその影は、知らず知らずのうちに、「恥ずかしい」という言葉になって現れたのかもしれません。

人は、それぞれに見えない物語を背負って生きています。
誰もが、自分だけの経験を抱え、痛みや迷いを胸の奥にしまい込みながら、日々を歩んでいる。
だからこそ私は、改めて自分自身に問いかけました。
この仕事を通して、私は本当に一人ひとりの背景にまで心を寄せることができているだろうか。
それぞれが抱えてきた過去や痛みに、きちんと向き合えているだろうか。
正直に言えば、まだ自信はありません。
支援という言葉を掲げながら、実際には見えていないものも、きっとたくさんあるはずです。
それでも、ひとつだけ確かな想いがあります。
私は、この仕事が好きです。
そして、ここで出会った皆さんと共に働けることを、心から誇りに思っています。
人は皆、違います。
けれど、その違いこそが、社会という大きな織物を織り上げているのだと思います。
色も太さも異なる糸が重なり合うからこそ、布は強く、美しくなる。
この場所も、きっと同じです。

誰かが誰かを支え、
誰かが誰かに支えられながら、
ゆっくりと、一つの共同体が形づくられていく。
その中で、いつの日か、
「ここで働いていることを誇りに思う」
そう胸を張って言える人が、ひとりでも増えてくれたなら。
それはきっと、この仕事に携わる者にとって、何よりの喜びでしょう。

まだ道の途中です。
それでも、私は信じています。
人が人と出会い、共に働き、共に生きるその営みの中には、
社会を少しずつ優しく変えていく力が、確かに宿っているのだということを。
そして今日もまた、
その小さな力を信じながら、歩み続けていきたいと思います。
支援は同じ方向を向いているか[2026年03月09日(Mon)]
よくある、現場の風景のひとつだったのかもしれない・・・

ある日、ひとりの支援員から相談を受けた。
「私の支援と、あの人の支援は、何か違う気がするんです」と。
話を聞けば、ある利用者さんへの関わり方をめぐる出来事だったという。
「私のやり方では効果が薄い、と言われました。
でも、とっさに『私の支援と、あなたの支援は違う』と言い返してしまって……」
言葉を重ねるうちに、いつの間にか論点はすり替わり、本来向き合うべきだったはずの「この従業員(利用者)さんにとって、いま何が必要なのか」という問いが、見えなくなってしまったのだという。
私はその話を聞きながら、胸の奥に、かすかな引っかかりを覚えていた。
それは、支援員同士の行き違いそのものではなかった。
――私たちは、「支援とは何か」を、どれほど言葉にして共有してきただろうか。
支援の方向性は共有しているつもりでも、その “意味” や “根っこ” の部分まで、語り合ってきただろうか・・・
そう考えたとき、この出来事は、管理者である 私自身の責任であるのではないか という思いが込み上げてきた。

支援の方法は、人の数だけ存在する。
従業員(利用者)さん一人ひとりに個性があるように、支援者にも個性がある。
相性もある。
厳しい言葉で背中を押されることで力を発揮する人もいれば、穏やかな声かけによって、安心して一歩を踏み出せる人もいる。
さらに言えば、同じ利用者さんであっても、その日の体調や心の揺らぎによって、言葉の受け取り方は、驚くほど変わる。
昨日は励ましになった言葉が、今日は重たいプレッシャーになることもある。
だから、支援は難しい。
正解が一つではないからこそ、迷い、立ち止まり、悩む。
けれど、その難しさの根っこは、本当に「方法の違い」にあるのだろうか。
大切なのは、私たちが「どこを目指しているのか」、ということだ。
従業員(利用者)さんの自立なのか。
安心して過ごせる日常なのか。
小さな成功体験の積み重ねなのか。
それとも、失敗を通じて学ぶ力なのか。
目指す “方向” が共有されていれば、歩き方が多少違っても、支援は大きく揺らがない。
しかし、その方向を言葉にできなければ、方法の違いは、やがて対立へと姿を変えてしまう。

今回の出来事は、支援の違いをめぐる問題であると同時に、「支援を語れていなかった私自身」の問題でもあった。
支援とは何か。
どこまでが支援で、どこからが自己満足なのか。
その問いに、明確な答えはないのかもしれない。
けれど、問い続け、語り続けることをやめた瞬間、支援は、形だけのものになってしまうのだと思う。
支援を語り合うこと。
迷いや違和感を、言葉にして共有すること。
それもまた、支援の一部なのだと、私はあらためて、静かに胸に刻んでいる。
時代[2026年03月02日(Mon)]
過日、思いがけない再会がありました。
かつて 私が勤めていた施設で、大変お世話になった古紙回収事業社の社長と、偶然お会いする機会に恵まれたのです。
当時 その会社では、さまざまな事情を抱え 働きづらさのある方々を積極的に雇い入れ、「社員寮」というかたちで生活の場まで整えられていました。
縁あって、私が担当していた重度の知的障がいがある方たちにも 就労の機会を提供してくださり、古紙の分別や空き缶の仕分けといった 分かりやすく達成感の得られる作業に、皆さんは驚くほど意欲的に取り組まれていました。
作業が進むたびに表情が明るくなり 「自分の仕事」として誇らしげに手を動かす姿は、今も鮮明に心に残っています。
社長はいつも穏やかな笑顔で そんな様子を静かに見守りながら、「いつも ありがとネ」と声を掛けてくださいました。
その一言には、支援する側・される側といった線引きを超えた 確かな敬意が込められていたように思います。

私が今の事業を立ち上げ 独立してからは自然と疎遠になり、気がつけば15年ぶりの再会でした。
懐かしさに目を細めながら 再会を喜んでくださった社長は 少し間を置いて、現在の状況を語ってくださいました。
「社会全体でペーパーレス化が進んでね。新聞も雑誌も書籍も減って、扱う古紙の量がだいぶ 少なくなった。
あんたに来てもらっていた頃は 80人以上の人に働いてもらってたけど、定年を迎えた人から順番に辞めてもらって、今は20人ほどで 充分足りてるねん・・・」
その言葉には、時代の流れを受け止めながらも、抗いようのない寂しさが滲んでいました。
かつて連携していた施設との付き合いも、今はもうないそうです。

時代が進めば、産業は姿を変え、職業は静かに消えていきます。
それと同時に、そこで働いていた「働きづらさを抱える方たち」の仕事も失われ、また別の場所で、新たな「働きづらさ」が生まれていきます。
かつてはごく当たり前に働き、自分の役割を持ち、家族を支えていた“普通の人”が、時代のうねりの中で職場を失い、いつしか「支援の対象」と呼ばれる側になる。
その境界線は、想像以上に脆く、誰にとっても他人事ではありません。
だからこそ、どんな時代であっても――
自分の仕事を持ち、「自信」と「誇り」を胸に 働き続けることができる場を守り続けること、
そして、誰もが「特別」ではなく、「普通」に働き、生きていくことを支え続けること。
15年ぶりの再会は、懐かしさと同時に、私自身の原点を静かに呼び覚ましてくれました。
この仕事に携わる意味、この道を選び続ける理由を、改めて深く、実感したひとときでした。
冬の荒天に[2026年02月23日(Mon)]
今月 初旬の『大寒波』、
凍てつく風と降り積もる雪・・・
京都のまちも、いつもの表情を失い、交通機関は乱れ、道路は凍結し、日常は一瞬にして“非日常”へと変わりました。
幸いにも、京都フォーライフにおいては大きな被害はなく、各事業所は通常通り稼働することができました。しかしその「通常通り」の裏側には、決して当たり前ではない、一人ひとりの大きな努力がありました。

積雪や凍結により通勤が困難となる中、従業員(利用者)の中には、出勤を断念せざるを得なかった方もおられました。
それもまた、命と安全を守るための大切な判断です。
それでもなお、半数以上の従業員(利用者)の皆さんが、「どうすれば行けるだろうか」と通勤手段を模索し、出勤してくださいました。
中には、あの路面状況の中を1時間以上かけて徒歩で来られた方もおられます。
社会一般で見れば、「出勤する」という行為は当然のことと受け止められるかもしれません。
けれども私は、その “当然” の重みを、改めて深く考えさせられました。

身体に障がいのある方とって、平常時の歩行でさえ、私たちが想像する以上に神経を使い、体力を要するものです。
一歩一歩、転倒の危険と隣り合わせで歩いておられます。
それが凍結した路面となれば、その緊張感は何倍にもなります。
その中で出勤された姿は、私には誇り高く、そして尊いものに映りました。
また、知的障がいや精神障がいのある方の中には、見通しの立たない状況に強い不安を抱える方、日々のルーティーンが崩れることに大きなストレスを感じる方もおられます。
交通機関の乱れ、いつもと違う道順、時間の変更・・・
それら一つひとつが、大きな心理的ハードルとなります。
そのような状況下で、臨機応変に判断し、行動し、出勤する。
それは決して「並大抵」のことではありません。
私は支援員の一人として、そして一人の人間として、
あの日出勤してくださった皆さんを、心から誇らしく思い、深い敬意を抱いています。

同時に、気づかされました。
健常者とされる私たちにとっての「当たり前」や「常識」は、
誰かにとっては、大きな壁であり、乗り越えるべき山であるかもしれないということ。
日々の支援の中で、
知らず知らずのうちに、自分たちの基準を “普通” として押し付けてはいないか。
できない理由よりも、できるための工夫に目を向けられているだろうか。
あの雪の日、皆さんの姿は、
支援する側である私たちにこそ、大切なことを教えてくれました。

「その人の目線に立つ」ということ。
それは言葉にするのは簡単ですが、実践することは容易ではありません。
だからこそ、
あの日の光景を忘れずにいたいと思います。
困難な状況の中でも、
自ら考え、選び、行動された皆さんの姿を胸に刻みながら、
これからも、“私たちの常識” ではなく、
“その人の現実” に寄り添う支援を心がけてまいります。
あの大寒波の一日が、
私たちにとって、支援の原点を見つめ直す大切な機会となりました。

自信の源[2026年02月16日(Mon)]
Iさんは、愛嬌があり、人懐っこく、自然と周囲を和ませてくれる存在です。
その笑顔に、どれだけ多くの従業員(利用者)や職員が励まされてきたことでしょう。誰からも慕われる、その理由がよくわかる方です。
そんなIさんの支援に入った日のことです。

ラックに商品を積み上げる作業で、担当支援員が「横と同じ積み方をしてください」と声をかけ、その場を離れました。
一見、難しい指示ではありません。
けれど、その瞬間のIさんの表情に、私は小さな “揺らぎ” を感じました。
どこか戸惑いを含んだ、わずかな不安。
笑顔の奥にある、迷いのようなもの。
すぐに手を差し伸べることもできました。

けれど私は、あえて一歩引き、見守ることにしました。
しばらくして、Iさんは自ら小さな声で「わからない」と言いました。
その一言は、決して弱さではありませんでした。
それは、「わからないままにしない」という、勇気ある選択だったのだと思います。
よく見ると、商品が積まれていること自体は理解できています。
けれど、「なぜその形になるのか」という仕組みの部分が、心の中でまだ整理できていない――そんな状態のように感じました。

私は、答えを先に示すことをしませんでした。
代わりに、「いくつ乗っているかな?」と一緒に数え、
「どんな形になっているかな?」と、ゆっくりと言葉にしていきました。
急がなくていい。
時間がかかってもいい。
まずは、自分の力で考えてみよう。
そう伝えたとき、Iさんの表情が、ふっと柔らいだのを覚えています。
そして――
「わかった。」
その声は、小さいけれど、確かな自信を帯びていました。
手を動かし、形を整え、積み上げる。
やり終えたときのIさんの顔は、先ほどまでの不安が嘘のように晴れやかでした。
「できた。」
その一言には、単なる作業の成功以上の意味が込められていたように思います。

“わかった上で、できた”という実感。
自分の力でたどり着いた答えへの、誇り。
その姿は、とても美しく、胸が熱くなりました。
後に、担当支援員とこの出来事を共有しました。
「できるはず」と思っていることでも、表情や空気のわずかな変化に目を向けること。
本当に理解しているのか、それとも、わからないまま頷いているのか。
その“もう一段深いところ”を見つめる視点の大切さを、改めて確認しました。

支援に携わる私たちは、ともすれば「できる・できない」という結果で判断してしまいがちです。
けれど本当に大切なのは、“どうやって、そこにたどり着いたのか”
自分で考え、迷い、そして「わからない」と言えたこと。
時間をかけて理解し、「わかった」と言えたこと。
そして、「できた」と胸を張れたこと。
その一つひとつが、Iさんの確かな成長の足跡です。

支援員によって見え方が違うこともあるでしょう。
だからこそ、日々の支援を共有し、語り合い、互いの視点を重ねていく。
その積み重ねの中で、一人ひとりの「本当の力」を丁寧に見つけていく。
できたことを、心から認めること。
その瞬間を、共に喜ぶこと。
Iさんの「できた」という笑顔は、
支援とは何かを、静かに、そして確かに教えてくれました。
答えを与えることではなく、
“わかる瞬間”に寄り添うこと。
その尊さを、私はあの日、改めて胸に刻みました。
| 次へ
検索
検索語句
タグクラウド
[
プロフィール

NPO法人 京都フォーライフさんの画像
https://blog.canpan.info/f-life/index1_0.rdf
https://blog.canpan.info/f-life/index2_0.xml