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明るいいろ [2011年11月05日(Sat)]

暖かい日が続いて、調子がくるってしまいそうな今日ですが
(ソウルは今週27度になったとか・・・厳しい冬はきっと突然にくるのでしょう。)
秋めいた気候にもなっていなかったであろう9月のある日、インドから届いたカード。
スリランカに行かれたということで・・・世界地図と向き合って確認する私。
筆跡のやりとりは、増々プライベートなものに感じられるようになって来ているように思う。
そして、想いを馳せる。

Posted by mzgk at 23:18 | この記事のURL | コメント(0)
読書「拡張するファッション」林央子著 [2011年06月18日(Sat)]

電車でまともに本を読めるのは月曜日の朝くらいで
その他は読み始めると眠りの世界に気づけば渡り着いていて
自分の手から本を落とすふわっとした瞬間に目が覚める。
そして、謝りながら本を拾う・・・。
本と手を固定するブックカバーを誰かつくってと思っていたけど
多分首からさげるブックカバーが必要だ、とか日々思う。

今よりもっと感度が高かったときに
好きになったものは偽っていない自分の一部だと思う。
そんなファッションを切り取った本に
先日通りがかりに見つけて更に勝手に運命を感じ、
この本は電車で読みきってしまった。


60ページより:
ミランダ:未解決で困難なことで頭がいっぱいになってしまったり、ああしたい、こうしたいと混乱してしまったりすることは、自分が不確かなせいじゃない(だって、自分を確信できる人なんている?)。それは「自分自身」というものが複雑で込み入っているからだということを忘れないで。複雑で込み入っている自分だからこそ、仕事をしたり、日々生きて行くことができたり、友情が貴重なものになるんです。困難を感じて不安になることは、失敗の印だと思い込みやすいのだけれど、本当はそのことはとてもいいサインなの。ただ、イヤな気持ちがするだけのことで。


ミランダとは、現代美術家(?)のMiranda Julyのこと。映画も撮るし、演じもするし、インスタレーションもするし、物語も書く。彼女佇まいに惹かれる部分が大きいのと旦那さんは、私が勝手に敬愛するMike Millsであることもあり、彼女の名前や写真を見つけては気になる存在である。そんなミランダの小説集「いちばんここに似合う人(No one belongs here than you. Stories by Miranda July)」はフランク・オコナー国際短編賞を受賞したときいて読み始めたものの、どうも受け付けられなかった。彼女のつくる言葉というよりは目に見える形にしてもらった作品の方がより入っていける気がして、なんとなく残念でもあった。そんななか、著者がインタビューしたミランダの答えに、響いた自分を知って、少し彼女が遠くから一歩近寄った気がしてちょっと安心できた、そんなエピソードをもたらしたステキな本であった。
Posted by mzgk at 14:31 | この記事のURL | コメント(0)
読書「旅をする木」星野道夫著 [2011年05月07日(Sat)]

どうも思考のエンジンが減速している今日この頃。悩ましい。
最近読んだ、星野道夫著「旅をする木」にある言葉の美しいこと。
奥行きはともかく、風や匂いすら感じる言葉を紡ぐ力に閉口した。



「新しい旅」
12ページ〜より:人間の気持ちとは可笑しいものですね。どうしようもなく些細な日常に左右されている一方で、風の感触や初夏の気配で、こんなにも豊かになれるのですから。人の心は、深くて、そして不思議なほど浅いのだと思います。きっと、その浅さで、人は生きてゆけるのでしょう。

「赤い絶壁の入り江」
18ページより:この海はまさにプランクトンのスープなのです。
45ページより:人と出会い、その人間を好きになればなるほど、風景は広がりと深さをもってきます。やはり世界は無限の広がりを内包していると思いたいものです。

「オールドクロウ」
50ページより:私たちは、千年後の地球や人類に責任をもてと言われても困ってしまいます。言葉の上では美しいけれど、現実として、やはり遠すぎるのです。けれどもこうは思います。千年後は無理かもしれないが、百年、二百年後の世界には責任があるのではないか。つまり、正しい答はわからないけれど、その時代の中で、より良い方向を出してゆく責任はあるのではないかということです。つまり、グッチン・インディアンの人々も、私たちも、いつも旅をしている途上なのかもしれません。

「ルース氷河」
114ページより:無数の星々がそれぞれの光年を放つなら、夜空を見上げて星を仰ぐとは、気の遠くなるような宇宙の歴史を一瞬にして眺めていること。が、言葉ではわかっても、その意味を本当に理解することはできず、私たちはただ何かにひれ伏すしかない。

「もうひとつの時間」
121ページより:ぼくたちが毎日を生きている同じ瞬間、もうひとつの時間が、確実に、ゆったりと流れている。日々の暮らしの中で、心の片隅にそのことを意識できるかどうか、それは、天と地の差ほど大きい。

「生まれもった川」
180ページより:ビルを見ていると、深く老いて行くということは、どれだけ多くの人生の岐路に立ち、さまざまな悲しみをいかに大切に持ち続けてきたかのような気がしてくる。

「エスキモー・オリンピック」
203ページより:遠い昔に会った誰かが、自分を懐かしがっていてくれる。それはナント幸福なことだろう。


今は、茶色く焼けた古本の小澤征爾・弘中平祐著「やわらかな心をもつ」を読んでいます。
Posted by mzgk at 00:28 | この記事のURL | コメント(0)
TED シェリル・サンドバーグ: 何故女性のリーダーは少ないのか [2011年03月04日(Fri)]



メモ: 祝・友人に第2子誕生!
Posted by mzgk at 23:03 | この記事のURL | コメント(0)
読書「美術館をめぐる対話」西沢立衛著 [2011年01月04日(Tue)]

新年明けましておめでとうございます。
心を新たに、また1年間という限られた時間と大切に向き合いたいと思います。

2010年年末が忘却の彼方に消えてしまう前に断片を記録します。

年末、地元に帰って、自習室(と勝手に呼んでいる)へ。時を忘れて本を読める喜びを噛み締める!!!今年、建築界のノーベル賞プリツカー賞を受賞されたSANAAの西沢立衛氏の「美術館をめぐる対話」を読み進めながら、眠りつつあった、消せない私自身が蘇ってくるようで、久しぶりに生きた心地がしました。やっぱり美術館と建築(都市計画含む)は好きなのです。これはどうしようもないらしい。

とはいえ、最近美術館に行く頻度は下がり、休めるときは誰かに会う、必要なものを買いに行く、インプットに徹する・・・等で、基本的に家で落ち着くようなこともなく過ごしています。アートと対面すると結構消耗するから、社会人になってからは、美術館は私にとって、「元気な日か余裕がある日に行くところ」になったのだなぁと気づきました。美術館がいかに集客をするかという点で、一般に提供される余暇の選択肢の中で競争に勝たないとならない実態を認識する必要があることを、時間のある学生時代を終えた今、ようやく腑に落ちて理解し始めています。でも、アートは必ずしも私を癒さない、それでいいのです。アートは癒しだけのために存在していないのだから当然だし、そうあるべきだし、いつでもそうあってほしい。


私の2010年を締めくくった本からメモ:

◆12〜13ページ:僕の印象では、優れたアートというものはしばしば、「アートとは何か」ということを鋭く問いかけてくるような気すらします。

◆15ページ:機能に合わせて建築をつくることが、本当に使える建築を生むことになるのか

◆15ページ:改修モノは、建物がある程度の古さを保存しているから、新品のアート作品の魅力を鮮やかに感じることができるのだと思います。

◆26ページ:キュレーターの個性、思想によって美術館のあり方は大きく変わる

◆19〜30ページ:(青木淳)建築はモノとして建つものだから、それを見たり体験する人が、結果的にそこから意味を受けとるのは当然のことです。でも、その意味は人それぞれで違っているのが理想だと思うから、どうやって象徴性を消すかということを考えます。特に、美術館は、そこで思わぬことが起きる場所のはずでしょうから、象徴性というところから最も遠い施設なんじゃないかな、と思います。

◆34ページ:人々が集まって音楽を聞いたり、絵を見たりというのは、もっと単純な、例えば神社で村祭りをやるような感じでいいんじゃないかという、そうした発想が僕らにはどこかにあると思いますね。

◆55〜56ページ:美術館には、民間であっても公立であっても、ある公共性というものがあって、それはまさに町の一部で、町の人々が共有する財産です。それは道路とか公園が公共物であるのと同じで、経営的に成功しないからといって道路や公園を廃止しないのと同じで、町の財産としての美術館も、お金をつくる目的で存在するのではなくて、僕らの生活を豊かにするためのものですから、経営や商業とは違う角度での評価も必要ですね。

◆100ページ:「開く」ということは、物を失っていくというだけでなくて、物をつくっていく、ある豊かさを生み出していくことでもある

◆142ページ:(南條史生)その町の文化と認めてもらうには、そこがつくり出した文化と文化装置がなければならない。つくり出すというのは、アーティストをつくれという意味ではなくて、独自の美術館の活動やコンセプトがあるということです。

◆155ページ:(オラファー・エリアソン)成功している美術館とは、自身のあり方について常に懐疑的でありつつ、同時に来館者にも健やかな批評の精神を呼び起こさせるものなのです。

◆210ページ:公共とか集団というものは、考えてみれば、帰属するひとりひとりの主体性や個性、独創性とかが重要だと思うんですね。集まることのメリットを考えると、似たような人が集まるより、個々が違う力をもった人々が集まるほうがいい。集合するということは、個々に個性や主体性があることが前提になっていると思うのです。


西沢氏が携わった金沢21世紀美術館も十和田市現代美術館もどっちも好きだったので、この本に記されているアイディアは、ビシビシ伝わってくるし同意できる部分が多く・・・とはいえ、当たり前なことも多かったものの・・・これまで学んだ沢山のことを少しずつ忘れていくような実感が少しあって少々怖くなりました。自身を前進させるパワーは自身で創るしかないのですな!(随分な乱文ですが、まとめる時間を取ろうとすると更新することすら忘れてしまいそうなので、更新します。)

早速今度は『ザハ・ハディットは語る』を購入!あああ、読むのが今から楽しみで仕方ないー☆
Posted by mzgk at 23:08 | 読書 | この記事のURL | コメント(0)
観劇「ハーパー・リーガン」 [2010年09月23日(Thu)]

ハードコアなファンでは無いとはいえ、小林聡美さん関連の作品が好きなもので、就職活動の帰り道は邪気を散らすため、彼女のエッセイを電車の中で読んで切り替えをしたものです。

先日、パルコ劇場に舞台「ハーパー・リーガン」を観に行きました。渋谷パルコには何度もお世話になりつつ、パルコ劇場は初めて訪れました。私にとって、お芝居の観賞はまだ「非日常」なことで、前回はいつだったか?という状態。チケットの値段が高いとか、チケットが取れるかわからないとか、座席が決まって移動ができないとか、「気ままに付き合えない」イメージが私には強かったせいか、免疫をつける機会を何度も逃してきたのかもしれません。とはいえ、実際、舞台を観たら観たで感動するのだけど。。。(イッセー尾形さんの舞台は是非また観たい)

今回観た作品は、静かに誰にでも共有しうるテーマを情報に溢れ帰った現代の中に生きる40代女性の主人公を軸に展開されます。演出された長塚圭史さんがイギリス留学中に衝撃を受けた作品とのこと。話の詳細はさておき、主人公を見ていて、女性は何歳になっても何かしらに悩みはあり、それを受け入れて生きなければいけないんだと、静かな舞台ながらどっしりとくるものがありました。

こういうミュージカルでもコメディでもない、繊細な作品が東京で上演されていること、そしてそれを観賞できることは、一言で言えば、贅沢です。生き急いでしまう毎日だからこそ、立ち止まって1つの作品と、丁寧に、真剣勝負さながらに向き合う。必ずしも作品が、琴線に触れようが触れまいが、これぞアートの醍醐味なのではないかと思った日でした。他者を知り、自分を知るために、アートを観て、これが想像/創造力を育むのではないかと。
Posted by mzgk at 02:41 | この記事のURL | コメント(0)
「走ることについて語るときに僕の語ること」より [2010年09月12日(Sun)]

地元の図書館でインターネット予約が出来ると知り、早速予約をして借りたのにも関わらず、勢い余って本を借りすぎたために、結局読み切れずに返却したこの本。今年、文庫化したので通勤時間にお供してもらった。ハードカバーの本を読んだばかりだったから、文庫の軽いこと!週末に向かうに連れて車内で読めるページ数は減り、しまいには二度も本を落とすなど・・・。文字を追うときの吸収力は、私の場合、自身の休息不足をあからさまに繁栄してしまうように思う。


走ることについて語るときに
僕の語ること

村上春樹著
文春文庫 より


「つまらない正論を述べるようだけれど、いろんな人がいてそれで世界が成り立っている。他の人には他の人の価値観があり、それに添った生き方がある。僕には僕の価値観があり、それに添った生き方がある。そのような相違は日常的に細かなすれ違いを生み出すし、いくつかのすれ違いの組み合わせが、大きな誤解へと発展していくこともある。その結果故のない非難を受けたりもする。当たり前の話だが、誤解されたり非難されたりするのは、決して愉快な出来事ではない。そのせいで心が深く傷つくこともある。これはつらい体験だ。
しかし年齢をかさねるにつれて、そのようなつらさや傷は人生にとってある程度必要なことなのだと、少しずつ認識できるようになった。考えてみれば、他人といくらかなりとも異なっているからこそ、人は自分というものを立ち上げ、自立したものとして保っていくことができるのだ。」(37ページ)

「僕らにできるのは、その『ほんの少しの理由』をひとつひとつ大事に磨き続けることだけだ。暇をみつけては、せっせとくまなく磨き続けること。」(111ページ)

「いずれにせよ、ここまで休むことなく走り続けてきてよかったなと思う。なぜなら僕は自分が今書いている小説が、自分でも好きだからだ。この次、自分の内から出てくる小説がどんなものになるのか、それが楽しみだからだ。」(122ページ)


幸運なことに読みたい本が沢山ある。通勤時間に読みたい私には、全ての本を文庫化してもらいたいくらいの気持ちだけれど、やっぱり装丁が素敵な本はあるので、、、仕方がないのかな。
Posted by mzgk at 08:20 | この記事のURL | コメント(2)
「モモ」より [2010年08月22日(Sun)]

小学校のとき、あまりに本を読まないので習いごとの先生が薦めてくれた本をいくつか買ってもらった。にもかかわらず、放置して読まずじまいになり(当時は画が無い本を読むのは、私にとって苦痛でしかなかった)、いつの間に家からも姿を消した。もしかしたら不意に意外なところで発掘できるのかもしれないけれど、探しても見当たらなかった。
新居に引っ越した友人宅で、この本を見つけ早速借りてようやく読んだ。本は「貸す人」になりたいところが、また「借りて」しまった。しまった!
なにはともあれ、「大人のための童話だよ!」と違う友人が言った言葉は正しかったように思う。



モモ
ミヒャエル・エンデ作 大島かおり訳
岩波書店 より


「いちどに道路ぜんぶのことを考えてはいかん、わかるかな?つぎの一歩のことだけ、つぎのひと呼吸のことだけ、つぎのひとはきのことだけを考えるんだ。いつもただつぎのことだけをな。」(48〜49ページ)

「時間をケチケチすることで、ほんとうはぜんぜんべつのなにかをケチケチしているということには、だれひとり気がついていないようでした。じぶんたちの生活が日ごとにまずしくなり、日ごとに画期的になり、日ごとに冷たくなっていることを、だれひとり認めようとはしませんでした。」(95ページ)

「時間というのはね、人間ひとりひとりの胸の中にあるものを、きわめて不完全ながらもまねて象ったものなのだ。光を見るためには目があり、音を聞くためには耳があるのとおなじに、人間には時間を感じとるために心というものがある。そして、もしその心が時間を感じとらないようなときには、その時間はないもおなじだ。」(211ページ)

「どんなことばをつかったところで、この再会のよろこびはあらわせそうもありません。ふたりは笑ったかとおもえば泣き、泣いたかとおもえば笑い、てんでにやすみなくありとあらゆる話をしました。もちろんわけのわからぬことばかりですが、よろこびに酔いしれた人というのはそういうものです。」(350ページ)
Posted by mzgk at 23:15 | この記事のURL | コメント(0)
「星の王子さま」より [2010年08月17日(Tue)]

星の王子さま
サン=テグジュペリ作 内藤濯訳
岩波少年文庫2010 より





「ぼくの知っているある星に、赤星っていう先生がいてね、その先生、花のにおいなんか、吸ったこともないし、星をながめたこともない。だあれも愛したことがなくて、していることといったら、寄せ算ばっかりだ。そして日がな一日、きみみたいに、いそがしい、いそがしい、と口ぐせにいいながら、いばりくさってるんだ。そりゃ、ひとじゃなくて、キノコなんだ」(39ページ)


「しんぼうが大事だよ。最初は、おれからすこしはなれて、こんなふうに、草の中にすわるんだ。おれは、あんたをちょいちょい横目でみる。あんたは、なんにもいわない、それも、ことばっていうやつが、勘違いのもとだからだよ。一日一日とたってゆくうちにゃ、あんたは、だんだん近いところへきて、すわれるようになるんだ……」(111ページ)


「<この王子さまの寝顔を見ると、ぼくは涙の出るほどうれしいんだが、それも、この王子さまが、一輪の花をいつまでも忘れずにいるからなんだ。バラの花のすがたが、ねむっているあいだも、ランプの灯のようにこの王子さまの心の中にひかっているからなんだ……>」(126ページ)
Posted by mzgk at 00:54 | この記事のURL | コメント(0)
A special report on gambling [2010年07月23日(Fri)]

私の頭の中がカオスなのを物語るように机の上も部屋もカオス化しています。
これは、いい加減片付けないといけません!!

読むべきものも山となり、もう一度把握しなおしたいところ。。。

まだ読み途中ですが、気になったレポートがあったので今回は記事のリンクのご紹介を↓
1つ前のThe EconomistにA special report on gamblingとして特集が組まれていました。


日本財団の財源はボートレースの収益金です。ともなれば当然気になるのは、その業界事情!
(今まで読んだところまでの上記記事の内容ですと)ギャンブルの形態の変化が速く、法律が追いつくのがやっとであるという現状があるようです。好調なのはオンラインで、特に規模が拡大しているものの、どうやらアメリカでは違法、イギリスでは合法!という、なんとも奥が深そうな気配。歴史あるギャンブルよりも新しいオンラインギャンブルが伸びていると・・・。

読みおわらねば!


ちなみにフィランソロピーの動向についての必読記事:Keeping up with the Gateses
Posted by mzgk at 23:56 | この記事のURL | コメント(0)
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