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カンボジア [2013年02月24日(Sun)]
打ち合わせと事前調査をかねて訪問したカンボジア。ビジネスチャンスが溢れている国です。
そんななか、カンボジアの貧困問題にチャレンジしている起業家のお店をいくつか訪問しました。

クル・クメール
日本人が好む商品づくりに長けています。売り方もうまい!

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かものはしプロジェクト
日本のマスコミではかなり取り上げられていますが、雑貨としての商品力はまだこれからかな。
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ロムデン
ストリートチルドレンの職業訓練をかねたレストラン。お料理がおいしく人気の店。
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クラタペッパー
世界で一番美味しいといわれたカンボジア胡椒を再現して販売。倉田浩伸社長は地元の名士です。
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スマテリア
カンボジアで大量に発生するプラスチックを再利用したバック類のお店。日本でももうすぐ販売されるそうです。

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リサイクルバッグ:購入商品をいれてくださった袋はほとんどこういうものでした
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小学校でのボランティア活動を準備する日本の学生達
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NGOでインターンする大学生
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自然とともに:火のあるくらし [2012年01月25日(Wed)]
佛教大学四条センターで開講していただいている社会起業家の紹介講座:「あなたの町を元気にする!〜身近な問題一緒に考えてみませんか?〜」の第1回目でした。

□場 所:佛教大学四条センター   
□日 時:1月25日(水)13:00-14:30
□演 題:「自然とともに:火のあるくらし」
□講 師:松田 直子(株式会社Hibana 代表取締役)



松田氏の経歴は興味深く、また、森林や炭・薪などのお話もとても勉強になりました。わかっていながら、言われて始めて”はっ”と思ったのは、日本は、国土の2/3が森林面積で、先進国ではフィンランドについで2番目。にも関わらず、木材自給率が23%とのこと。安い輸入材に依存し、スギやヒノキといった木材用の人工林(森林面積の約4割)は放置されて木々が高齢化しています。若い木ほどCO2を吸収するうえ、成熟木を伐採して使っていかないと次の世代に人工林を残すことができません。森林面積の約5割を占める天然林は、ほとんどが広葉樹で、これもまた高齢化し、ナラ枯れのような問題が発生してきています。日本は、世界と比較しても、木を燃料資源としてまったくといっていいほど使ってない国の一つとのこと。

うーん、森林まで高齢化しているという現実を再認識。これをなんとかしなければ!と立ち上がった松田氏を尊敬します!みんなで応援したいですね。
高木仁三郎:すごい人がいたのだ: [2011年07月01日(Fri)]
本日午後からはGlobal Enterprise Challengeの協賛をいただいた島津製作所を報告とお礼をかねて訪問。技術推進部の前田部長がお迎えくださった。
前田部長には、前職でアメリカ人学生のインターンシップを引き受けていただいて以来10年以上お世話になりっぱなしである。物腰が穏やかでいつも優しい笑顔で迎えてくださるGentleman。

活動のご報告をしながら、自然と節電の話から原発の話に。前田さんいわく、もう20年以上前から知り合いの専門の先生から「原発は土地買収などの表にでないお金や何万年も続く廃炉処理の費用を計上すると決して安くないと」聞いていましたとのこと。

政府や電力会社はそういうことを分かっていながら国民をだまし、それを真面目に考えたこともなかったのが愚かな自分である。
そんなことを思っていたら、その後すぐにテレビ番組で、核化学者で反核の市民活動家でもあった
高木仁三郎氏の存在を知った。20年以上も前に福島の原発事件を予測しそれへの対応を訴えていた人がいたのに、なぜ人は耳を傾けなかったのか。

世界で唯一の被爆国であり核の恐ろしさを一番知っているはずなのに、「人類に知られた最も危険な毒物」であるプルトニウムを生産しているとは。私たちは、いったい何を考えているのだろう!?
萌の会:和田真由美さん [2011年06月12日(Sun)]
今日は、修学院中学校に、ご友人の和田真由美さんが講師でいらっしゃるとのことで、朝から講演会に行き、その後、昼食とお茶と、久しぶりにいろんな話に華を咲かせました。

和田さんとは、今、京都市教育委員会の柴原弘志 先生が文部科学省の調査官でいらっしゃるときに文部科学省研究交流センターの「道徳」指導者研修会に講師として呼んでいただいた際にお知り合いに。

和田さんは、30才前半で慢性骨髄性白血病と診断され骨髄移植をうけられたことがきっかけで、血液疾患の患者会「萌の会」を1998年に立ち上げられ、血液の病気にかかられた患者の方やご家族の交流をはかり、医者ではなかなか手がまわらない心のケアにあたられています。そんなご経験からくるお話が高い評価を受けて、小学校で図書室で勤務しておられるお忙しいみながらも、全国各地の学校に講師として招かれておられます。

細身の可憐な美人で、そのかよわそうなお姿からは想像できないパワフルで熱い方です。現在、ご主人とともにピザ作りにこっておられるとのことで、ご馳走するから、石川県のご自宅にぜひおいで!と言っていただきました。シュノーケリングも教えてくれるとのこと。泳げない私は、こわごわですが、うーん、がんばってみようかなー(笑)

  

お菓子に魅了されて‐長年の夢を実現! [2011年05月02日(Mon)]
2004年に京都府のNPO就業支援活動推進委託事業で実施した「やりたい仕事は創り出せ!「夢の実現」攻略セミナー」の受講生だった岡島みつえさんが、長年の夢だった菓子店Mittue Sweetを5月4日にオープンするというので、開業準備のお手伝い。

同じく菓子のシェフという中島さんと一緒に、焼き菓子を袋にいれてシール張り。事業の立ち上げはやることが山ほどあって、本当に大変そう。でも、一緒に参加すると、新しいことに挑戦するエネルギーが伝わってきて興奮します。

講座で書いた事業計画書をもとに何度か書き直しながら、やっと良い物件に出会い、こうして開業までこぎつけたとのこと。うれしいですね。

当分は金曜日と土曜日の営業ということですが、近所の人たちからもすでにオープンを楽しみにしているというお声掛けがあるようで、地域で親しまれるお店になりそうです。

場所は、JR二条駅から歩いて10分ほど。朱雀中学校の北側。ぜひ、みなさん笑顔が素敵な岡島さんのお店を一度覗いてください。

住所:京都市中京区壬生中川町4番地6
電話:075−822−7073


自然エネルギーにかける事業家 [2011年04月22日(Fri)]
ソフトバンクの孫正義氏が、10億円を投資して「自然エネルギー財団」を設立。大手電力会社に独占された日本の電力事業。広告収入を得ているマスメディアも、原子力発電を進めてきた国も、東電の隠蔽体質に切り込む力がないなか、「批判ばかりしていてもしょうがない」として「自然エネルギー財団」を立ち上げた。

記者発表では、風力・地熱、そしてようやく少し普及しつつある太陽光発電も、電力の買い上げ価格が低いために採算があわない状況に追われているにも関わらず、あたかも国が推進する原子力が一番安価な電力であるかのように広報されている裏のからくりについて説明し、他国での事例や、太陽光発電などのコスト計算などを示しながら、孫氏は、次世代の子供達に負の遺産を残さない自然エネルギーの可能性について熱意を持って語っている。

記者の中から、原子力発電の利権に関わる人たち(国も含めて)l、あらゆる手段を使って自然エネルギーの普及を妨害し、マスコミも孫氏も含めてネガティブキャンペーンを行い、国民を誘導するだろうが、それへの対策はどうするのか?という質問があったが、孫氏は「損害を被っても、正義を通さなければならない時がある」「twitterなどでも支援してくれる人たちもいてその声を無視することはできないだろう」とも。

政治家として政策づくりをしないのか?という問には、自分はあくまで事業家としてその立場で取り組めることをやって行きたいとも。

テレビで彼の記者会見が放送されないことなども含め、私達はマスメディアを疑うことが必要だ。おかげさまで、今は、インターネットで様々な情報を得ることができる。溢れた情報を選別するのは難しいが、自ら考え、事実を見極める目を持って、今後の日本の方向を選択し、それにそれに責任をとっていくしかないのだろう。

孫氏が言うように、3.11の東北大震災の起きた日の午前中に、再生可能エネルギーの固定価格買取制度を導入する「電気事業者による再生可能エネルギー電気の調達に関する特別措置法案」が閣議決定されたのは、偶然ではないのかもしれない。
素晴らしき企業:がんばカンパニー [2011年04月18日(Mon)]
本日は、滋賀県瀬田駅から15分ほどのところにある「がんばカンパニー」の所長 中崎ひとみさんを訪問してきました。

がんばカンパニーは障害者の方々を正規雇用して最低賃金を保障する就労継続支援A型の事業所です。1986年に小規模作業所として始まり、その後、自立支援法ができるはるか前の1995年に個人事業所として障害者全員と雇用契約を結び、翌年には施設を建て替えてクッキー工房を新設。着実に事業を固め、2003年には社会福祉法人格を取得。2007年には(独) 高齢・障害者雇用開発機構から「平成19年度障害者雇用職場改善好事例」に選ばれ、また、2009年にはがんばカンパニーが「ヤマト福祉財団小倉昌男賞」。社会福祉法人共生シンフォニーが「ありのまま自立支援大賞」を受賞しています。

この業績をつくってこられたのが中崎さん。1992年ごろに中崎さんが入られた時に疑問に思われたことを着実に解決して進んで来られた結果がいまの法人になっています。彼女は気さくにお話しくださいましたが、その努力たるや想像を超えるものがあったことと思います。

障害者の就労支援事業所を訪問すると、”働く”環境がほとんどないところばかり。支援といいながら、障害者の可能性を引き出し、自立することや働いてお金を得る喜びを与えるために努力していない福祉施設が山ほどあって、憤りを感じることも。

そんななか、がんばカンパニーは普通の民間の企業の菓子工場となんら変わらないプロの仕事をしていました。働く人たちの人としての誇りを与えてくれる場所になっています。中崎さんのような社会起業家がどんどん出てくることで、障害者福祉にイノベーションが起こることを、、大いに期待したいものです。

  
台湾:女性起業家訪問 [2010年12月27日(Mon)]
11月に開催したGlobal Entrepreneurship Week 2010 Kyoto Sessionの初日の19日にパネルスピーカーで登壇いただいた台湾のNew Deantronics社のJane Liu社長をオフィスに訪ねた。

Liu社長は、台湾の大学では法律を勉強していたが、女性が弁護士になることに母親が反対し、卒業後米国で経営(MBA)を勉強。そこで医療分野の事業の可能性を見出し、他の人と一緒にビジネスを始めたが、自分で事業をやりたいと帰国して1985年から裸一貫で事業を開始。1987年に株式会社を設立し、現在、従業員は500人を超える。

 
左:受付  右:Liu氏の部屋

 
左:会議室 左:ジムにあるボールゲーム 

 
右:祈りの部屋

訪問したオフィスは新しいビルが建った5年前に入居したとのこと。製造工場が、ガラス張りのシティビルに??と思ったが、マスプロダクションでなく、オーダーメイドで比較的小型の機器を製造しているため、工場というより大学の研究所という感じだった。

製造以外の社員はブースで仕切られた個別のスペースを持っていて、別途打合せする部屋が多数設けられている。すべての部屋にプロジェクタ−とパソコンのLANケーブルの接続口、ホワイトボート(といっても、特殊ガラスでマジックを書いて消せるもの)が供えてある。
打合せ用のドリンクが会議室横の小さい冷蔵庫に備え付けられてあり、いつでも取り出せる。社員が食事したり本を読めるラウンジ、祈りをする場所、楽器を演奏したりヨガができるスタジオやジム、そこにはボールをいれて点数を競うゲームマシンも。

会社を見学しただけで、かなり会社の福利厚生が手厚いことが伺える。社長に聞くと、2年に一度、社員全員に海外旅行の渡航費の補助金を出しているとのこと。

短期間で、ここまで事業を大きくできたのは、Liu社長の人を大切にする経営哲学と誠実さにあるだろう。ニッチな市場で勝負し、低価格競争に巻き込まれない収益率の高い商品を開発販売すると同時に、収益がでたら、それを社員が働きやすい環境を創るために投資している。すばらしい起業家だ。


by 原田紀久子
京の匠・京人形 [2010年09月19日(Sun)]
京都府府庁の旧本館で、「京の伝統・文化」連続講座で、京人形の有職人の安籐桂甫氏のお話を聞いた。
安藤氏は府庁の近くにある明治36年創業の安藤人形店の二代目。対象3年生まれの86歳。戦時中は特攻隊の指導員もして”はやぶさ”に乗っておられたとのこと。
とても86歳とは思えない、矍鑠としたお話ぶりで、京人形の伝統を通して、いろいろ教えていただいた。



雛人形は頭師・髪付師・手足師・小道具師・織物師などすべて分業でつくられていることや、雛人形の着ている西陣織とは、応仁の乱時に西軍(山名宗全側)が本陣を置いたことにちなむ京都の地名から来ていて、当時は3000件もの職人がいたことなど、京都に長年住んでいながら、意識していなかったことを気づかされた。

また、安藤氏は、「戦争のある時には文化は発展しない」とおっしゃり、戦時中は武用人形、戦後は進駐軍相手になんとか商売をして、続けてきたとのこと。
今の不況の時代にも文化的予算が削られがちだが、次の世代に残せるものをつくり続けていくためにも、政治的空白をつくらず民主党にはがんばってもらいたいともおしゃっていた。
老舗企業研究:小が大を生む [2010年09月10日(Fri)]
京都大学の「産業技術人材育成支援事業」で実施している老舗企業研究で(株)写真化学の代表取締役会長兼社長の石田敬輔 氏に取材させていただいた。

写真化学は、1968年(明治元年)に、滋賀県水口藩の藩士だった石田才次郎(現社長の曽祖父)が、銅版彫刻印刷を初めたのが始まり。京都で最初の銅版印刷業だった。明治20年になると石版印刷機を設置し、島津製作所の創業者島津源蔵の発行した最古の理科機器目録表や京都名所案内図絵、タバコのパッケージ、花札など、今拝見すると美しい芸術品である。
二代目の石田敬三は、大日本スクリーン製造所を起こし、後に株式会社として分離・分社化している。その後、大日本スクリーン製造株式会社は上場し、写真化学の社長も務めた石田明氏(石田敬輔 氏の兄)が社長(現会長)を務めている。

写真化学は、その後も、いつくか会社を分社化させており、その中の一つが株式会社エスケーエレクトロニクスで、この会社もジャスダックに上場し、その売上高は写真化学を超えている。

老舗企業である親会社のほうは非上場で小さくとどまり、分社化させて上場させた会社が大きくなり、独立採算で売上を伸ばしている。
社長になったときに売上13億だったのを100億に伸ばした石田敬輔社長は、50歳のときに一度社長を辞めて4年間会長に退き、経営権を他の人に任せた。その間、会社の方向性をゆっくり見られた結果が、今のカンパニー性につながっているとのこと。
この日は、石田家の経営哲学を直接お伺いできる大変貴重な機会となった。

  
創業140周年記念の社史より
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