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本年もお世話になりました。 [2014年12月31日(Wed)]

今年もあと半日。
1年間大変お世話になりました。

今年は人生初の東京で年越し。
来年は3日に唐桑に帰ります。ばりばり働きます!

2015年の遠東記もどうぞお楽しみに。

加藤拓馬
続・カセツの話 [2014年12月29日(Mon)]

つづき(前編:http://blog.canpan.info/entoki/archive/187

唐桑にある仮設住宅の談話室に向かった訳は、クリスマスパーティー。
お世話になっている会長さんから招待されたのだ。

20人くらいはいるだろうか。かなり盛況の様子。
からくわ丸の大学生・元大学生は、サンタとトナカイの格好で登場する。
久々のえま・いつこコンビだ。加えて、私たち夫婦も強制的にサンタに。
わいわい。拍手拍手。
ばあちゃんは座椅子に座り、身を乗り出し大声で笑う。おばちゃんたちがなめこ汁を振る舞ってくれる。
おじいちゃん、お父さんたちは既に顔が赤い。

歩き始めたばかりの赤ん坊が入ってくる。
歓声があがる。「ほれほれ、ばあばだよ!こっちさだいん〜」ばあちゃんたちが水を得たように手を叩く。
血がつながってなくとも、このカセツのみんなの孫。
本日の主役です。

歌に合わせて踊り出すおっちゃん。
「彼は宴会部長なんだ」と会長が笑う。
その隣の漁師さんは演歌「兄弟船」を披露。「おめぇそんなに歌っコ、うめかったのか!」と隠れた才能に周りが驚く。
また、ハーモニカを吹くおじいちゃんがいる。「聖しこの夜」を独奏してくれる。これまた拍手喝采。
みんな芸達者。

私の隣に座っていたのは仙台の大学から来ていた先生。思わず彼女がため息をつく。
「なぁんか、大っきな家族みたいですね」

8時になると、会長が音頭をとる。
「はいはいここで、中締めしたいと思います。最後に『蛍の光』を演奏してもらいましょう」
するとパチっと電気が消されハーモニカじいさんがまた奏で始める。

合唱が始まる。


いつしかとしの すぎのとを
あけてぞけさは わかれゆく

写真 (33).JPG

カセツに3年半。
進まない復興事業に対する不満と同時に、一種の愛着が湧くには十分すぎる時間だ。

いつしか
「あぁ、あんときはいがったなぁ」
と皆が嘆かないよう、これからが勝負所であることを書き留めておく。
メリーカラクワス [2014年12月28日(Sun)]

メリーカラクワス。

と名付けられたクリスマス企画は、
2014年12月25日なんと4回目を迎えた。
毎年、地域の子どもたちを対象にクリスマスを楽しんでもらおうと大学生が企画する。
毎年、燦さん館をお借りし、
毎年、唐桑の3小学校から50〜80人の子どもたちが集う。
サンタさんが登場して、いろんなゲームがあったり、ワークショップがあったり。

2011年は、日本財団学生ボランティアセンター(Gakuvo)の派遣大学生らが。
2012年は、その大学生らがつくった学生団体「アシタカ」が。
そして2013年、2014年は、その流れを汲む「からくわ丸学生部隊・広島部隊」が。

フェリス女学院の学生は「VIVO」というサークルをつくり、コンサートを毎年聞かせてくれる。
横山さんという方が毎年子どもたちに配るお菓子を提供してくださる。

「4年」と書くと2文字だが、続けることは容易ではない。

今年もやるの?
来年もやってね。

そういう声を子どもや親御さんから聞く度、学生の企画に頭が下がる。

PC240513.JPG

(写真は2012年)



---

私は毎年ヒヨコ(アヒルらしい)の着ぐるみを着るのが定番。
毎年、同じ衣装を高松園さんに貸して頂いている。
普段でもまちなかで「お!ヒヨコじゃん」と小学生に声をかけられるほど。

今年もヒヨコの格好をして、燦さん館の玄関で子どもたちの迎えをしていると、
とある小学校高学年の子が開口一番
「んー、なんか今年はリアリティに欠けるネ」
と言う。


それはおめぇが1年成長したからだよ。


流れる時間を感じ、思わず苦笑する。
カセツの話 [2014年12月27日(Sat)]

「やっぱ気仙沼はまだまだカセツ埋まってるね」
とある国営放送の宮古(岩手県)担当に大学の同期がいる。彼が久々に唐桑を訪れた。
「宮古のカセツは場所によっては半分くらい抜けたところもある。
住民は寂しがってるよ。お茶っこする相手が減っていくって」

仮設住宅を出て自宅を自力再建する人、もしくは公営住宅の完成とともにそちらに移る人。
まちによっては、仮設住宅生活を終える方が続々と出てきた。
しかし、気仙沼は公営住宅がなかなか建たないため、まだまだ仮設生活は長引く。

震災から4年弱、自力再建できる人が減ってきた。
そもそも高齢化、後継者不足で「今さら家を建てても…」という年配の方の声も聞く。結果、公営住宅希望が増える。

ちなみに、災害公営住宅の計画戸数は、宮古市で約800戸。
他の岩手県の主な被災市町−山田町、大槌町、釜石市、大船渡市、陸前高田市は、軒並み1,000戸前後の計画である。
それに対し、気仙沼市2,200戸。仙台市3,200戸。石巻市4,000戸。(三陸新報H26.2)
被災3県合わせてトップ3の計画戸数だ。
さらに、石巻、仙台と比べると平地の少ない気仙沼は山を切り崩すところから始める団地が多い。
「気仙沼は遅い遅い」というが、行政や建設会社が頑張ってない訳じゃない。
条件が悪い。

ドデカい公営住宅アパートがそびえる陸前高田市。
ある職員さんは言う。
「公営住宅に入ったら、人と会わなくなる。
今までは仮設住宅で壁も薄かった(ハード的にも心理的にも)。
それが今じゃ(アパートの)立派で重い戸を開けなきゃ外に出られないでしょ。

『あーカセツの方がいがったなぁ』って言う人もいるんだよなァ」

仮設住宅を出て、次に行く先は終の棲家。
神戸(阪神・淡路大震災)では災害住宅での孤独死が社会問題となった。
「仮設住宅からの退去=コミュニティ崩壊」に、なっちゃいけない。

福祉関係・地域づくり関係者は一丸となって、コミュニティづくり支援を始めている。

---

同期の彼と別れて、その日は珍しく唐桑の仮設住宅の談話室を訪れた。

つづく

(後編:http://blog.canpan.info/entoki/archive/189
アワビの開口 [2014年12月11日(Thu)]

12月8日。
5時30分、美帆に「5時半だよ」と起こされる。
5時40分、センパイから電話。「あ、ちゃんと起きてだ?」
5時50分、車に乗り込む。フロントガラスが凍って前が見えない。こりゃ遅刻だ。
暖房でフロントを溶かす間に、車に置いていた缶コーヒーをカシャっと開けて口に運ぶがコーヒーがちょろちょろっとしか出てこない。あれ。
んげ…凍ってる。車が表示する外気温は「-3」。
6時過ぎにセンパイ宅到着、トラックに乗り換えて、すぐ下の港に降りる。トラックには何メートルもある竹の竿「カギ」が載っている。

唐桑に来て3年と8ヶ月、ついに初の「開口」見学が始まった。

開口とは、漁の解禁のこと。ウニやアワビなど海の資源を守るために漁協が設定する。
ヒジキやマツモなど雑海藻も開口品目になっている。ツブ貝も。漁業権をもった人でも、磯にあるものは基本魚以外勝手に獲っちゃダメと思っていい。まぁ決まりはあくまで決まりなんだが。
特にウニ・アワビについては漁協が開口日を指定するのだが、年に何度もない上に朝の○時〜○時と決まっており、その数時間は海が戦場と化す。

しかもその開口日は前日に組合員(要は漁師)知らされる。海の状況次第なので事前にまとめて設定することはできない。漁協の有線放送からお知らせが流れてくる、という。
つまり、養殖漁師ではなく漁船漁業の漁師にとっては、運悪く開口の日に漁で沖に出ていればアウトだ。
と言っても「今年はあと3回開くらしいぞ」「おそらく来週頭だな」などだいたい町民たちは情報をシェアし、予想をしている。
「開口が開く」という不思議な表現を使う唐桑の人たち。胃痛が痛い、みたい。町内に星の数ほどいる組合員は、開口の知らせとともに臨戦態勢に入る。
今回見学に行ったのは、冬の高級品、アワビの開口だ。

浜に着くと、漁師たちがせっせと船外機の上で漁の準備をしている。
みんな寡黙で、よくて「おはようございます」の一言を交わすくらい。
なんだこの空気。

「船外機」と呼ばれる小漁用の一番小さな船(厳密には船の後部に装着してあるエンジンのことを指すのだろうが。)に乗り込むのは、センパイのお父さんとセンパイと私の3人。
私が合羽(カッパ)を着ている間に、センパイのお父さんが凍り付いたエンジンと格闘。「新品なのにこれだもんなぁ」と苦笑している。仕方ない。寒すぎるんです。

ブロロロロと、ひ弱な音を立てながらようやくエンジンが起きる。
「カギ」を載せ、「カガミ」を載せ、普段は見ない「スラスター」が載せられる。
我々の準備もほぼ完了すると「さぁ戦場になるよ」とセンパイがたばこの灰をぽんっと落とす。
なるほど、和気あいあいとなんてやってられない。みんな目がギラついている。

船を走らせていると、ちょうど御崎の岬から日が上がる。
唐桑半島の海の守り神は、半島の一番先端の御崎と、半島を見渡すことのできる早馬の山にいる。
神々しいくらいの朝日。空が紺色から橙色、そして白へと移る。

解禁時間は7時から9時までの2時間。
なので7時の前には出港し、場所を確保、スタンバイする。
海は広いが、みんな特定の岩場の脇にわらわらと狭そうに船外機を並べている。
なるほど、みんな獲れる場所を知ってるんだ。
お父さんもじっと目を細めて場所を吟味しているようだ。
そうして私の腕時計で6時59分ころから、カギが海に対し垂直に立てられ始める。
一斉にみんなが船から身を乗り出し、海をのぞき込む。

ウニ、アワビは一体どうやって獲るのか。

つづく
たくらみ [2014年12月10日(Wed)]

遠東記がさっぱり更新されない、と地元の人に注意される。
ありがたい。
「第四章」が始まって1年半以上が経つ。第五章が見えてきた。

−−−

「たっく、ごめん今沖から帰ってきたばりだ」

いいっすよ。あったかい缶コーヒーでも買って浜いきます。

と電話。
そのまま仕事を早めに上がって、唐桑のとある浜に降りていく。

カッパ姿の若手の漁師さん2人。
海から数メートルのところに建つ工場?番屋?の中で、3人で作戦会議が始まる。
左手はたばこを持つためかじかむ。右手はペンを持つためかじかむ。
「ユウギョっていくらくらいっすか」
「2月って作業は何でしたっけ」
「んで、オカでソギカタすんのいいっすね」
話は進んだり、逸れたり。

ガタガタと外でフォークリフトの音がする。
先輩の漁師さんが来たようだ。
「あー、来たぞ。『おめぇだづ、なぁに悪だくみしてんのやぁ』って語られっぞ、これ」
と若手の2人はにやにや。

先輩の漁師さんもよく知った御仁だ。
「どーもです!」挨拶する。
先輩は入ってきて3人を見るなり、
「おめぇだづ、ナニたくらんでんのや」
と低い声で一言。

思わず3人は笑う。

最近、すっかり漁師さんと「作戦会議」もとい「たくらみ」をすることが多くなった。
唐桑も初雪が降った。