12月8日。
5時30分、美帆に「5時半だよ」と起こされる。
5時40分、センパイから電話。「あ、ちゃんと起きてだ?」
5時50分、車に乗り込む。フロントガラスが凍って前が見えない。こりゃ遅刻だ。
暖房でフロントを溶かす間に、車に置いていた缶コーヒーをカシャっと開けて口に運ぶがコーヒーがちょろちょろっとしか出てこない。あれ。
んげ…凍ってる。車が表示する外気温は「-3」。
6時過ぎにセンパイ宅到着、トラックに乗り換えて、すぐ下の港に降りる。トラックには何メートルもある竹の竿「カギ」が載っている。
唐桑に来て3年と8ヶ月、ついに初の「開口」見学が始まった。
開口とは、漁の解禁のこと。ウニやアワビなど海の資源を守るために漁協が設定する。
ヒジキやマツモなど雑海藻も開口品目になっている。ツブ貝も。漁業権をもった人でも、磯にあるものは基本魚以外勝手に獲っちゃダメと思っていい。まぁ決まりはあくまで決まりなんだが。
特にウニ・アワビについては漁協が開口日を指定するのだが、年に何度もない上に朝の○時〜○時と決まっており、その数時間は海が戦場と化す。
しかもその開口日は前日に組合員(要は漁師)知らされる。海の状況次第なので事前にまとめて設定することはできない。漁協の有線放送からお知らせが流れてくる、という。
つまり、養殖漁師ではなく漁船漁業の漁師にとっては、運悪く開口の日に漁で沖に出ていればアウトだ。
と言っても「今年はあと3回開くらしいぞ」「おそらく来週頭だな」などだいたい町民たちは情報をシェアし、予想をしている。
「開口が開く」という不思議な表現を使う唐桑の人たち。胃痛が痛い、みたい。町内に星の数ほどいる組合員は、開口の知らせとともに臨戦態勢に入る。
今回見学に行ったのは、冬の高級品、アワビの開口だ。
浜に着くと、漁師たちがせっせと船外機の上で漁の準備をしている。
みんな寡黙で、よくて「おはようございます」の一言を交わすくらい。
なんだこの空気。
「船外機」と呼ばれる小漁用の一番小さな船(厳密には船の後部に装着してあるエンジンのことを指すのだろうが。)に乗り込むのは、センパイのお父さんとセンパイと私の3人。
私が合羽(カッパ)を着ている間に、センパイのお父さんが凍り付いたエンジンと格闘。「新品なのにこれだもんなぁ」と苦笑している。仕方ない。寒すぎるんです。
ブロロロロと、ひ弱な音を立てながらようやくエンジンが起きる。
「カギ」を載せ、「カガミ」を載せ、普段は見ない「スラスター」が載せられる。
我々の準備もほぼ完了すると「さぁ戦場になるよ」とセンパイがたばこの灰をぽんっと落とす。
なるほど、和気あいあいとなんてやってられない。みんな目がギラついている。
船を走らせていると、ちょうど御崎の岬から日が上がる。
唐桑半島の海の守り神は、半島の一番先端の御崎と、半島を見渡すことのできる早馬の山にいる。
神々しいくらいの朝日。空が紺色から橙色、そして白へと移る。
解禁時間は7時から9時までの2時間。
なので7時の前には出港し、場所を確保、スタンバイする。
海は広いが、みんな特定の岩場の脇にわらわらと狭そうに船外機を並べている。
なるほど、みんな獲れる場所を知ってるんだ。
お父さんもじっと目を細めて場所を吟味しているようだ。
そうして私の腕時計で6時59分ころから、カギが海に対し垂直に立てられ始める。
一斉にみんなが船から身を乗り出し、海をのぞき込む。
ウニ、アワビは一体どうやって獲るのか。
つづく