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子ども企画と2人の学生 [2014年09月25日(Thu)]

8月のまとめ。

今年の8月は真っ黒に焼けた。
地黒な私が陽に焼けて皮が剥けるなぁんてことは滅多にないのだが、今年は鼻が「脱皮」した。

その理由が「子ども」。

市役所の仕事でも中学生と一緒にまち歩き、
中井公民館の事業で小学生たちと遊ぶ、
からくわ丸で小学生対象の企画が盛況、
休みの日に松圃虎舞で仲良くなった小学生を連れて釣りに行く、磯遊びをする…

こんなに唐桑の子どもたちと顔を合わせる機会はこの3年半で始めて。
だんだん、顔と名前が一致してくると意外とハマってくる。
名前を呼ぶことができる。コミュニケーションがとれる。叱ることもできる。
こいつらが将来このまちを担っていくんだなぁと思うと嬉しくなってくる。

これにはルーツがある。

渡辺国権と中内祥子、という2人の学生。
2人は大学を休学して1年間唐桑に常駐、からくわ丸を一緒に立ち上げた仲間。
教育学部だった彼らは最初から子どもに対しての活動が軸にあって、小原木小学校の現場に入りながら、いろんな企画に顔を出していた。
正直、私はありがたいと思いはするものの、当時興味がなく、中井キッズクラブの企画だ夏休みの自習教室だなんだと一度も顔を出したことがなかった。

そんな彼らが常駐を終えるときに遺してくれたものが2つある。
1つ目は、2013年3月5日という日。
からくわ丸のホームで一大ワークショップを開いた。
3月でよそ者がほとんど帰京し、次年度から地元じゅんちゃんを代表として「地元メンバー主体」に生まれ変わる新生からくわ丸は、何を主に活動していくのか…それを考える必要があった。そのときに出てきたのが「子ども」というキーワードだった。
そこで議論の叩き台として、2人が中心となって取り組んできた子ども対象企画を1年分全部紙にまとめてくれた。

それを見ながら「子どもと思いっきり外で遊ぶことなら、俺らにも楽しみながらできるよね」と、からくわ丸の地元メンバーは意気込む。
釣り、磯遊び、虫とり…付せんがどんどん貼られていく。
「俺ら世代は、自然の中で走り回った最後の世代、いわばデッドラインだ」
30間近のじゅんちゃんが言う。海に飛び込み、貝を潰してえさにして魚を釣り、山の中を駆けた。ポータブルゲーム機が遊び道具の主となった今の子どもたちが忘れかけているものを自分たちはもっている、という自信が彼らにはあった。

「地元の若い兄ちゃん姉ちゃんが地元の子どもと接する機会なんて、どの地域でもほとんどないよねェ」と私もわくわくする。「そこに地元のじいちゃん、ばあちゃんも参加してもらおう」
地域密着にこだわった多世代交流の姿。

ワークショップは大層盛り上がった。
サラリーマン中心の地元メンバーでも、楽しみながらまちのためにできることがある。それを示唆したワークショップとなった。

2つ目、後輩。
特筆すべきは、しょうこの後輩。広島大学のしょうこは、常駐当初から大学の後輩をじゃんじゃん唐桑に連れてきた。
それは、「からくわ丸広島部隊」という学生団体となり、今も「そっちチルドレン」が大勢唐桑にやってくる。(そっち=しょうこの大学でのニックネーム…らしい)
そして、今年から「ふるさとからくわいなか学校」というイベントを運営してくれている。今夏は、かっつたち地元メンバーと企画運営。なんと町内の小学生30人が集まって、2日間思いきり唐桑で遊ぶという一大企画になった。
P8236506.JPG


今も小原木小学校には、じゅんちゃんや私がゲストティーチャーとして呼ばれ、ふるさと学習のお手伝いをさせてもらっている。
唐桑中学校も然り。教頭先生と一緒にワークショップを企画し、子どもたちにまちについて考えてもらう。
中井小学校の校長先生とのお付き合いも最近生まれた。
そして何より、岡崎真弓がしっかり彼らの想いを引き継いでくれている。
輪は着実に広がっている。

気づけば私の活動に対するモチベーションのひとつになっている。

2人が蒔いた種が土の中から芽を出した。
実を結ぶのはまだまだ先。
2人といつかまた一緒に仕事をしたい、と願う。