本当に久々に、松圃地区のあつしサンと御崎・欠浜間遊歩道を歩いた。
一昨年の春〜初夏KECKARA#2を発行するころに、遊歩道を案内してもらった以来のはずだから、1年振りどころではない。去年、御崎から津波石までなら歩いたか。
あつしサンは、70代の遠洋マグロ船漁師のOB。
しっかりとした足取りでとっとことっとこ山道を進む。
おじいさん、というイメージはない。肌はこんがり黒くて背は小柄。眼はくりくりしていて、眉は黒く太い。笑うと眼と口の周りにしわがぐっと刻まれる、力強い海の男だ。
右手には遊歩道散策用の竹の杖。カモシカ出現時には護身用になるとか。あとは白髪の坊主頭にキャップ。今日は「密猟監視」と書かれてあるキャップだった。
遊歩道について。
遊歩道といっても、小綺麗な小道ではない。基本は、獣道のような山道だ。しかし、その山道の要所要所に設けられた展望台からは、リアスの雄々しい断崖絶壁、そしてアメリカ大陸まで邪魔するもののない太平洋が眼に飛び込んでくる。マイナスイオンが充満しているイメージ。
今日の水平線は少し霞んでいた。少し北に目を向けると広田半島が見える。「広田半島も椿島も霞んでいる。春だなぁ」とあつしサン。
ルートとしては、滝浜から御崎(半島の先っちょ)まで唐桑半島の東海岸を断崖沿いに走る。
本当なら北は巨釜(おおがま)まで続いているのだが、巨釜・半造間の前田浜付近、半造・笹浜間、笹浜・滝浜間がそれぞれ通行止めもしくは危険な区域があり、オススメできない。
いつか整備が進み再び開通すれば、唐桑の景勝二大スポットである巨釜の折石と御崎が一本の山道でつながる。
ちなみに、北の景勝地大理石海岸にも素敵な遊歩道があるのだが、そちらも同じく通行止め。なんとももったいない状況が続く。気仙沼の観光、リアス式海岸の体験を考えるなら、外せない2本の遊歩道なのだが。
話がそれた。
あつしサンは定期的にこの遊歩道を歩いている。
市の調査員でもあり、倒木で道がふさがれていると写真を撮って後日役場に報告に行く。
先日、市役所で今年度事業計画に行き詰まった頭をほぐすため、ぷらっと立ち寄ったのがあつしサンのお宅で、たまたま今週また歩くというので同行を願い出た。
NPO法人底上げのなるサンも同行することになった。
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あつしサンの話はいつ聞いてもどの話もおもしろい。
「わたしらのときはね、中井小学校は1学年100人規模だったから」
は〜そんなにいたんですねェ。
「中学校いくと、宿※のヤツら(唐桑小学校)と一緒になるでしょう?」
(※宿(しゅく)地区:旧唐桑町の中心街。唐桑小学校や町役場がある。唐桑小学校と中井小学校が一緒になって唐桑中学校に進学する。)
あらら、じゃあ全面戦争じゃないっすか!と、なるサンが横やりを入れる。
「そぉさ、全面戦争よ。石投げあってねェ。
昔はね、中井小は唐桑小学校の分校だったのね。それで、ブンクソ(分校の糞)ブンクソって語られてねェ。唐桑小は宿にあったから、スークソ(宿の糞)スークソって言い返してたのさ」
その中井小も今や1学年10人規模。近い将来、唐桑小と合併することとなる。
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椿が咲く季節。
「この花びらも食べれるんだよ。懐かしいねェ」
と、あつしサンの子ども時代のやんちゃ話が始まる。
「雨の日の後ね、椿の木に登ってね、椿の枝をおっとめて(引き寄せて)ストローでね、ストローって言っても今みたいなプラスチックのものはないからね、竹さ。竹の細いヤツ、穴っこ空いてるのでね、花っこの真ん中にこう入れて吸うのっさ。水が溜まってるんだけど、それが美味くてね!花粉で顔を黄色くしてね」
まるで虫じゃないですか…!
うぐいすが鳴く。
ホッ、ホケキョ!とまだ上手く鳴けない若いうぐいすのようだ。春の声。
「お!まだ少し下手だな。ホゲヂョ!ってね。これから上手くなるんだ。練習してるんだねェ。
すべからくして習い事は大切ということだ」わはは、と歩みを進める。
あつしサンも春を待ち望んだ一人だ。
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歩きながら話は漁師時代の思い出話へ。
「国家試験の講習のときね、先生によく言われたから忘れはしない。
『いいか、(人に物事を説明するときは)兎糞(とふん)じゃなく、魚糞のようにつながりをもって説明しろ!お前ら、幼稚園からやり直せェ!』ってね」
トフン?ギョフン?
「兎の糞はポロポロあちこちに落ちるだろ。そんな(論理的じゃない)説明の仕方じゃダメだってことだ」
今日、クソの話ばっかりじゃないですか。
船の話はおもしろい。
「わたしぁ、なんにもせん長でした」
船長のことは「何にもせん長」と揶揄し、機関長のことは「言うこと聞かん長」と揶揄するそうだ。これには笑った。
さらに話の舞台は海外へ。
去年じゅんちゃんたちと歩いたときは、海外で銃撃戦に出くわした話をしてもらって、驚いた記憶がある。なんせこの人たちは尋常じゃない世界を見てきている。世界中の海を渡ってきたのだ。
「これはハワイの話だが…」
と、すべらない話が始まった。
「ハワイでのお土産と言えば、ハチミツだった。こんな大きい容れ物に入ったものでねェ。お土産に買って帰るんだ。
それでね、ある友人がハチミツを買おうと店に来たんだが、英語ができなくてね。
仕方ないからジェスチャーで…」
あつしサンは人差し指を出し、宙を泳がせ始める。
「ブウゥゥ〜ン。ブゥ〜ン
…チクッ」
っと口で言いながら指で宙を鋭く突き、そのまま下唇にあてて
「ペロッ」
と指をなめる。
「ってやったの!
するとね、向こうの店員さんが日本語で『ハチミツのことですカ?』って言ったんだってよ!わははは!」
爆笑。
昔もハワイではよく日本語が通じたんですね。
しょうもない話。
世界の海を見てきた男たちの笑い話。
これから先は聞けなくなる話。
今、なんとなく聞いておきたい話。
全部。
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津波石にたどり着いた。
こんなにパワースポットという名がぴったりの場所はない。
海底から津波によって打ち上げられ、肌が真っ白になっている巨石。
古来より、津波石は海神サマとして神聖視されている例が多いとか。
ここに来るたびに思う。
ここは何とかしなければ。このままじゃもったいない。唐桑再興に活用できる。
改めて唐桑のポテンシャルを感じた半日。
自然。そして人。
忘れないよう記した次第である。