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続・月日は百代の過客にして [2012年09月03日(Mon)]

「月日は百代の過客にして、行きかう年も又旅人なり。」

今まではろくに味わいもしなかった、かの松尾さんの名コピー。今になって、しみじみいいポエムだなぁと思ったりする。老けた。
「月日っちゅうもんは、ずーっと旅してる旅人みたいなもんで、行ったり来たりする年もまた旅人みたいなもんやなぁ…」きっと関西弁ではなかっただろうけど、きっと松尾さんはある時しみじみと思ったのだろう。
こういうスーパーな歌人や俳人という人種は、現代でいうと最強コピーライターといったところか。パロディが上手で、音のリズムは完璧。(「百代之過客」とかも李白の詩からの引用。)ぜひ、松尾さんに唐桑のコピーとか考えてもらいたい。
何の話だ。

---

つづき

トロトロっとした山菜にやみつきになり始めたころに山菜の時期が終わり、
6月末(旧暦5月5日)にご節句を迎える。
全てが初めてで、全てに驚く。
まず、菖蒲(ショウブ)とヨモギの葉を玄関の屋根から垂らす。
菖蒲湯に入る人もいる。
とりあえず餅をついて食べる。
そして、鯉のぼりをまた上げる。
…印象に残っているのはこれくらいか。
「正月でもあるまいし」とか思いながら初夏の餅を頂く。
「(ホンモノは)やっぱり旧暦なんだよね。新歴の5月5日じゃ、菖蒲もヨモギもまだ大きくなってないからね」という地元の人。
唐桑半島の背骨である県道を走っていると、数えきれない鯉が目に飛び込んでくる。よそ見運転で危ない思いをしたくらい、鮮やかな鯉たちが唐桑の空を泳いでいるのだ。
さらに、唐桑の鯉のぼりはレベルが高い。
写真 (52).JPG

このように、2本の竹を使って鯉を揚げる家が多い。これだと、風が吹かない日でも鯉がだらりとポールに纏わりつくことはない。そして風が吹けば2本目の竹もくるくる回るので、より自由に鯉が舞うのだ。なるほど、こっちがホンモノの5月5日なんだなと感心する。

7月を迎えようという頃、町がそわそわし始める。「いよいよだねぇ」といった感じだろうか。皆が口にするのは「カゼの開口(開港)」。
ウニ(カゼという)漁の解禁だ。漁協が乱獲防止のため、解禁日を決めて行う。年に何回もない。しかも早朝の数時間だ。しかし今年は震災の影響か、獲っても出荷用にはできないそうだ。それでも、腕が鳴る漁師は少なくない。箱メガネをもって海に繰り出す。

夏だ。
東北の梅雨は遅くやってきて、なかなか明けない。海風はべたべたする。
終日波の音が聞こえるほど海の近くにある馬場のアパートは湿気で悲惨なことに。
夜は夏の風物詩、漁火(いさりび)が煌々と海を照らす。
漁火とは、イカ漁のために船が発する灯り。水平線にだいたい等間隔に並ぶ強い光。とても幻想的だ。まるで、海の向こうに大都市があるような錯覚を覚える。
「あれがアメリカの西海岸の都市だったらおもしろいのに」とか思ってみたりする。

いよいよ気仙沼も30度を超え始める。ここからは仕事に忙殺。地域のお祭りのラッシュ。ボランティアの受け入れも激化。それでも、休みの日はこっそり海に飛び込んで、差し入れのスイカを食べて、去年は味わえなかった夏を満喫した。
「みなと祭り」では、気仙沼名物「はまらいんや」を楽しむ。「はまらいんや」とは「join us!!」の意味。市民がそれぞれグループを組んでエントリーするイベントで、「はまらいんや」という統一の音頭に思い思いの振り付けをつけ、それをただひたすら路上を行ったり来たりしながら大人数で踊りまくる、という体力勝負のクレイジーイベント。私たちは見学のつもりで行ったのだが、唐中グループのお母さん方に「はまらいん!!」と誘われ、そのまま中学生と走って踊って…
祭りとは本来こういうもんだ。決まった振り付けをひたすら繰り返し、自分を周りと同化させながら昇華させていく。イスラームのスーフィズムを思い出す。そんなことを考えてるヤツも自分くらいか。

ところで、温暖化現象とはウソではない。
私にとって最大の東北の魅力、それは「Gがいないこと」だった。Gとは、生物の大先輩ゴキブリ。
しかし、ここ数年で一気にGが北上している。(たぶん。)唐桑にも本格的にGが進出してきたのだ。地元住民にとりあえずGの恐ろしさをレクチャーする。

ご先祖様が帰ってきて、忙しいお盆を迎える。そして16日には盆舟でお送りする。「盆を過ぎれば秋」がセオリーの唐桑。夜は一気に過ごしやすくなり、22〜24度くらいまで落ちる。Tシャツ一枚でとても心地いい気温。あぁ今年もあっという間の夏だった…と感慨深くなる。唐桑に残暑はない…

はずだった。
「異常だ」
8月末に、みなが口を揃える。今年、昼間の気温が落ちないのだ。
去年の記憶では、9月に入るころはもう肌寒いくらいだったはずが、今年はまだ30度近く上がる日が連日続く。
まぁもっと酷い東京のことを思うと全然マシなのだが、とにかくこっちの今年の残暑は異常だ。そもそも残暑があることが異常なのだ。
温暖化とは極化である、というのを聞いた。このままだと、また今年の冬も異常な寒さになりかねないという予想。
去年のことを思い出す。「本当に越冬できるのだろうか」と真剣に考えたくらい寒かった。
暑いのは嫌だが、このまま年末に向けて気温が急降下していくのも怖い。

今日もじめじめした暑さ。でも、ふと空を見上げるときれいなウロコ雲が並ぶ。空はすっかり模様替えしたようだ。
こうやって季節のことに思いを馳せ、ふーっとたばこをふかす時間は好きだ。日本っぽいなと思う。
月日は百代の過客とは、よく言ったもんだ。と偉そうに感心するのだ。