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「愛はひとつになる」 [2011年05月31日(Tue)]

「愛はひとつになる」

http://www.youtube.com/watch?v=8QjpCKu5dP4


東京在住のアーティスト、水島“RIO”亮。
彼は私と一緒に4月5日、唐桑に入った。
その車の中。「仲間たちと歌をつくってる」と教えてくれた。
英語の曲だった。
すごくいい曲だった。

「これに日本語の歌詞をつける!それで、復興支援ソングにする。
できるだけ多くの人に、みんなに、被災地の人にも歌ってもらうんだ」

そう聞かせてくれた。夢のような話だなぁとも思った。

---

GWキャンプ。
RIOはまた唐桑に帰ってきた。
日本語の歌詞がついていた。「愛はひとつになる」。

唐桑キャンプのキャンプソングになった。
みんなで毎日肩を組んで歌った。

高松園で祭りを開いた。歌詞カードを来場者に配って、みんなで歌ってみた。
泣き出す地元の人がいた・・・


GWキャンプの最後も、この歌を歌って終わった。
いつの間にか、ハモって歌う人がいた。

みんなで輪になって歌うようになっていた。
日本財団ブログ・マガジンに [2011年05月31日(Tue)]

日本財団ブログ・マガジンで活動が紹介されました。

https://blog.canpan.info/koho/archive/1451

明日から [2011年05月28日(Sat)]

明日からいよいよ、「気仙沼高校ダンス部引退イベントプロデュース」大作戦、開始。

28日、29日、6月5日の3本のイベントで、
ダンス部の高校生にダンスを披露してもらう。

イベント企画は苦手。もう二度としたくない。
地元の人に迷惑も散々かけた。
が、最後は絶対成功させないといけない。

ここ2週間、その準備してきた。
いよいよ。

---

話のはじまりは5月4日。
FIWCが企画した「わらすだず祭り」@高松園。
「わらすだず」は、こっちの言葉で「子ども達」。

その祭りに、気仙沼のダンスサークル「SHAKARIKI」が来てダンスを披露してくれた。
そこに、気仙沼高校の高校生が3人交じっていた・・・
誰のお父さん? [2011年05月26日(Thu)]

5月11日
唐桑小学校の授業参観。

「ぎゃー、怪人エロザマンモスが来たーー」
校庭に入るとよく知った顔の子らに叫ばれる。こいつらは高松園に避難している子どもたち。
変なニックネームがついたもんだ。

1年生。国語。あいうえおの歌。
えいか、かずみちゃん、はっち。

2年生。算数。二桁の足し算。
かい、かの双子。

3年生。知り合いの先生が担任。

4年生。算数。億以上の数字。
のんちゃん、とむ。

5年生。
たいよう、こうせい。

6年生。算数。円の面積。
さきか、しょう。

たんぽぽ組。算数。
なつ。

1学年1クラスだけ。
あーちゃんや、かおりサンと一緒に教室をまわる。
砂子さんも来てる。ワークで知り合った人にも結構会う。
「あ、どうも〜この前はお世話になりました」

「あら、どこのお父さんかしら。若いわ」とかこそこそ言われることも。

自分でも不思議になってくる。授業参観を見に来るってのも初めてだし、そもそも何で唐桑小学校?と考えるとおかしくなってくる。

ふと、窓の外を見る。



おっ
そっか、ここは被災地だったんだ。

窓の外にガレキと海が広がっていてびっくりした。忘れていた。
なんだか幸せな時間だったんだな。


そのあと、みんなと校庭でサッカーをして帰る。

---

5月19日
夜、高松園へ。
お母さんがずらっと座る。端に座る。なつと一緒にコーヒーを入れて配る。

舞根地区小学校PTA総会に参加。笑

(誰のお父さんだ!)と心の中でツッコむ。

「この前授業参観きてたよね〜」と言われる。
「最近のお母さんは若いな〜」と思う。

議題は、
運動会について
プール開きについて
夏休み親子ピクニックについて

運動会で、私の方から炊き出しの提供と、流されてしまったテントとブルーシートの手配をする予定になっていたので、参加することとなった。
「ほんと助かるわぁ」
舞根地区は、ほとんど家がない地区だ。いわゆる壊滅状態。
「デジカメもないのよね。子どもの写真どうしよう」
デジカメの寄付、求ム。
なんせ何もかも流されて、無いのだ。

さらに、6月20日のプール開きにあたり、流されてしまったスクール水着を手配するプロジェクトも立ち上げる。いま、個人に対する寄付プロジェクトがあるので、それとマッチングを図る。
「それじゃ、ゴーグルも!タオルも!ぼうし!バッグも何とかならない?」
次々注文が殺到。主婦魂炸裂。笑い声が重なる。

夏休みの親子ピクニック。
「行きたいわよね〜」と口を揃える。お母さんたちのストレスも限界に来ている。

毎年楽しみにしていた行事も、あるかないか定かではない。

---

「げ、そんな趣味があったのか」
帰宅するとメンバーにツッコまれる。
手に、小学生のスクール水着のカタログを握り締めていた。
「唐桑ボランティア団」 [2011年05月25日(Wed)]

5月24日
第3回 唐桑ボランティアの代表定例会議

団体から数名出しているところもあり10人以上集まる。
各団体の活動報告、協働プロジェクトの確認。
仮設住宅への物資支援が難しい。ぐちゃぐちゃと話が一進一退。

最後の議題は、
この唐桑入りしたボランティア団体のネットワークの名前。

「カタカナは地元の人に分かりづらいよね」
とか何とか、わいわいと話し合いながら・・・


『唐桑ボランティア団』


に決定。拍手。

事務局は以下で運営―
とちぎボランティアネットワーク 上田哲央
FIWC唐桑キャンプ 加藤拓馬

---

地元の知り合いが増えていく、そして深まっていく。
唐桑ボランティア団の話も、もちろん仲のいい地元のキーパーソンには報告している。

唐桑人なら皆知ってる「かのや」で、たまたま一緒になった歯医者のあきらサン。
彼はこのボランティア団に対してこう言う。

「(各団体の)仕事をまとめようとしちゃいけない。
心意気をまとめるんだよ。」


もう言うまでもないが、活動にとっての一番のブレーンであり、アドバイザーになりうるのは、この地元の人たちだ。
この人たちが、今一番活動に求められていることを知っているから。短期で出入りするボランティアには、それが見えない。

---

日本財団学生ボランティアセンター(Gakuvo)の後輩インターンにあたる木村亮太が昨日、帰京した。
彼は1週間強、現地に滞在して、いろいろとサポートしてくれた。
本当にありがとう。
彼と、彼に「いってこい!」と言った西尾雄志師匠に感謝。
丘にあがったカモメ [2011年05月22日(Sun)]

「今はよ、俺たちは丘にあがったカモメよ」

かもめ?

「カモメは餌さ捕るために海に出なきゃならね。丘にいても仕方ないのさ。
丘でカラスの真似ができるか」

船もない、道具もない、そんな中でも漁をまた始める。そんな決意をカモメに例えるオヤジ。

「ただ、それにはカネがいる。1千万の単位よ。
だから、今はそれを考えないようにしてる」

何でそこまでして海に出るの?

「還暦過ぎたジジイが今から陸で仕事探せるか。
俺たちは、海のことしか知らねぇのさ」

「俺の周りで、漁をやめるヤツなんていねぇよ」

6月1日から漁に出る許可が下りる。
そこから漁を再開する人もいる。

ただ、このオヤジは再開のメドはついていない。船も道具も、海もまだ準備が整っていない。

海底も陸と同じで、ガレキの山が積もっている。
気仙沼から流れ出た油が海底にずっしり溜まっている。

「2ヶ月経っても、これよ」

オヤジはぐっと海を見る。
目を閉じた。
目にいっぱいに溜まった涙が、遂にぽろぽろとこぼれ落ちた。

---

海。
おれにとっては、夏、海水浴の場でしかない。
が、ここに来て思い知った。

人々は海に生かされ、海に殺される。

「海が憎い」
と話す人。

「普段はこんなに静かなのにね」
と水面を恨めしそうな、でも優しい眼で眺めるおばちゃん。

「海が見えない所で生活?ありえない!」
と話す高校生。

「なんでだろ。海は嫌いになれないのよ」
とため息を吐く姉さん。


そういえば、こんなに海を毎日毎日見る生活は初めて。

海ってなんだ?
唐桑ボランティア集結。 [2011年05月20日(Fri)]

引き続き、馬場さん宅の倉庫を部屋にして活動中。


いよいよ。

5月13日
唐桑入りしているボランティア団体の代表(各団体唐桑担当者)会議が燦さん館で開かれる。

とちぎボランティアネットワーク、RQ市民災害救援センター、シャンティ国際ボランティア会、FIWC唐桑キャンプ、そして個人ボランティア、(地元からは)森は海の恋人、(気仙沼市ボラセンから)ジャパン・プラットフォーム、支援プロジェクトほか、そして気仙沼市議会議員、社会福祉協議会唐桑支所。

5月16日
第2回会議。そこへ、天理教災害救援ひのきしん隊、唐桑へのボラバス派遣予定のIVUSAが加わる。

「(団体の)横のつながりを」というFIWC、とちぎVネット、シャンティの呼びかけで始まった、このネットワークは、週一の定例会議を開くことに決定。情報共有やネットワーク協働企画を仕切る事務局をつくることに。事務局の箱は、FIWCが暫定的なものを手配。波をかぶって全壊扱いの民家の2階。笑

事務局は、とちぎVネットから1人と私、計2人で運営?する。
先ほど、事務所に巨大な唐桑の地図が入った。
今後は、仮設住宅へのアプローチなどを各団体協力してやっていく予定。

---

忙しくなった。
ネットワークが名前だけにならないよう、直近の協働企画を立てようということで、IVUSAのボランティアバス50名(他、ヒアリング部隊も)の受け入れを事務局で準備することとなった。
20、21日、28、29日に東京から学生が大量にやってくる。

ニーズを聞き出し、派遣先の決定、トラックの手配、昼のカップラーメンのお湯の支援、トイレはどうするのか、仮がれき置き場は、集合場所は、時間は、行政委員の許可は、などなどをIVUSAと事務局が共同で企画する。
・・・もちろん、FIWCも従来どおりの活動を進めているので、日々ワークの手配は必要。

そこで、今まで1ヶ月以上の滞在が功を奏する。地元の人とのつながりは強い。
さらに、馬場さんのもつネットワークもでかい。

舞根1区(浦)と小鯖地区に投入することとなった。作業内容は、ガレキ撤去と側溝の土砂出し。

50人だろうと100人だろうとドンと来い。

---

唐桑ボランティアの統一チラシをつくることに。
イメージキャラクターに唐人(からと)クンが!笑

からとクン?
前々回の記事を見てみて〜
彼は出世頭です。

---

FIWC唐桑キャンプの方でもいろいろ企画を抱えている。

28、29日
気仙沼高校ダンス部とイベント企画。
愛媛県新居浜市より炊き出し隊派遣希望も。

6月4日
唐桑小学校運動会のお手伝い。
炊き出し隊「大風呂敷」による炊き出し。

6月5日
植樹祭参加か。

が、今のところ現地にいるメンバーの中で、28日まで滞在する予定の人はいない。
なんせ長期滞在する人が足りない、と感じるようになってきた。


「休み休みやりん」
と、バァバが言ってくれる。今はその言葉だけでもありがたい。

風が吹くと、ふわふわとタンポポの綿毛が部屋に入ってくる。
唐桑入りするキャンパーへ [2011年05月16日(Mon)]

<唐桑キャンプ参加希望者へ>

「何もっていけばいいの〜?」という声が多いので、簡単に紹介しましょう。

細かい部分を言い出すとキリがないので、基本的なところを記します。参加者は必読です。
これを読んで、じゃんじゃん来てね!

〜心得編〜

唐桑を元気にする。
これを目的に日々活動してます。基本のキ。そのために、陸と海が引っくり返ろうとも、地元の人に迷惑をかけるような言動は避けてください。

いつ死んでもおかしくない。
大きめの余震が今も続いています。ドンッ!グラグラ・・・で、夜中とか普通に起こされます。
また、ガレキだらけの現場です。
リスクマネージメントは極力行っていますが、いつ大怪我をしても、いつ死んでもおかしくない場所です。他のワークキャンプと違い、そういうワークキャンプであると認識して下さい。


〜装備編〜

活動に必要な装備を紹介していきます。



これは誰でしょう。誰でもいいですね。

・ヘルメット(今のところ現地で貸し出し可です)
・防塵マスク・マスク(現地で用意してあります)
(希望者は防塵ゴーグルも)

・首からかける名札ケース
ケースには、「免許証など身分証」「保険証」のコピーを入れてきてください。
また、血液型を明記してください。
これは、万が一のとき身元確認ができるためのものです。
なので、お風呂のとき以外は寝るときも付けてもらいます。作業中は邪魔なので服の中に。

・つなぎor作業服
ジャージは好ましくないです。
※迷彩じゃなくてもいいです。

・腰袋
ノート、ペンなど常備携帯すると便利です。

・作業用手袋
一般的な軍手は絶対ダメです。ゴムでコーティングしてある作業用の丈夫なもの、もしくは皮手袋を用意してください。台所用のゴム手袋もアウトです。ちゃんと手にフィットしたものを。
(例)


・作業靴
スニーカーは絶対ダメです。底の丈夫な靴にしてください。ガラス、釘だらけです。また、よく滑ります。手に入れやすいものだと、登山用シューズなどがおススメ。軽いし。
長靴はアウトです。底が弱すぎます。
(例)



「格好が大事」
以上の装備には、2つ意味があります。
1つは、もちろん安全対策。2つ目は、「災害支援であると周囲に分かってもらう」ことです。

窃盗団、被災地野次馬が多い中、私たちは災害復興支援のために来ているボランティアです、と示すことが活動を円滑に進める上でとても重要です。
普段は外から人が来るようなことのない町です。作業中でなくとも、常に地元の人に見られているという意識も重要です。

まだまだ必要な持ち物はあるでしょうが、とりあえず上の装備がなければ活動するのは無理だと思っていてくださいね。
その他の持ち物に関しては、FIWC臨時掲示板から探して見て下さい。


〜保険編〜

各自、各地の社協(社会福祉協議会)で「ボランティア保険」に加入してきてください。
責任者が一括することも一応可能。
600円、700円程度で、手続きの次の日から適応されます。
保険がない人にガレキ撤去は不可能です。

詳細は、FIWC臨時掲示板「ボランティア保険に関して」
http://fiwc.jp/bbs/board.cgi?mode=res&no=281


以上が、基本的な情報です。
不明な点がある方は、私、加藤拓馬まで。
080-1456-4251

しめるところはしめて、充実したワークキャンプにしましょ!
それでは、唐桑でお待ちしております〜
写真を [2011年05月11日(Wed)]

iphoneに入っている写真を何枚か出す。

---

GW後半に、ボランティア依頼受付チラシ第2弾を500部配達してもらう。











唐桑復興(公式?)キャラクター、誕生。

---

GWが明けてから、毎朝、小学生の登校に(大通りまで)ついていく。
ガレキがまだ残っているため、登下校は親が同伴する。
「ねぇ今日も一緒に行くでしょー?」
「ねぇ顔がまだ寝てるよー」
とかなんとか言われながら、毎朝7時半の散歩になりつつある。



あ、ちなみに今日は午後から唐小の授業参観。
仲いいチビッ子がうまい具合にバラけているため、授業参観の1時間の間に、
1、2、4、6年生の教室を回らないといけない。楽しみ。

---

GW中、遅咲きの八重桜が満開に。花びらがやたら多い八重桜。
今年は桜なんぞ見れないと思っていたので、嬉しくなる。
夜はライトアップして、夜桜。



---

つい先日、総合支所の前でぎょっとした。
まだこんなものが残っていたのか。



今日で、震災から2ヶ月となる。

今朝、早朝にまた余震があった。
GWキャンプが終わり・・・ [2011年05月10日(Tue)]

酒を飲むと11時には眠たくなる。
朝は6時には一度目が覚める。
大学4年間では考えられない生活リズムが定着。

---

GWキャンプが終わり、いよいよ現地滞在は一人となった。
引き続き、馬場さん一家にお世話になっている。倉庫の一室がMy roomと化した。

1ヶ月以上現地で一緒に活動してきた、吉田亮輔、佐々木美穂、豊田みなみに心から感謝。
5月8日夜、4人で最後の雑魚寝。消灯して暗闇の中、吉田亮輔が言う。
「この4人でやれたことを誇りに思う」
普段は絶対そんなことを言わない男だ。

この3人から多くのことをこの1ヶ月学んだ。
吉田からは、リーダーとしての心得。
佐々木からは、テキトーさと地元の人への真摯な向き合い方。
豊田からは、文句も言わず日々こつこつ仕事をこなす姿勢。

いいバランスだった。これらを、これから1人でやっていく自信はまだない。

----

馬場さん一家から感謝状をもらう。



1ヶ月以上お世話になっている地元の民宿・砂子さんからは、GWキャンプ最終日のお疲れ様会@砂子で、涙の挨拶があった。
「一歩が踏み出せました」
大の大人たちが民宿の廊下で、泣く。
「お前らはなんて気持ちのいい連中だ」


ピッカとハッチからもお手紙をもらう。



(風にとばされてくしゃくしゃになってもた)


GWキャンプの後半に、「おかしの花子」の前の道のガレキの山を全部片付けた。
勝手にガレキ置き場になっていたので、それをキレイにした。
地元の人は、「すっきりしたねぇ」「全部ガレキがなくなってて鳥肌がたった」とこぼす。

町に、私たちが少しずつ定着しつつある。

全て、今まで現場で汗を流したキャンパーと、
それを支えてくれた馬場さん一家はじめ地元の人たちのおかげです。ありがとう。

これからは、それをしっかり引き継いでいかなくちゃ。

---

GW中に、私の活動の目標が決まる。

「唐桑のガレキを全て撤去する」

ぐちゃぐちゃ考えても、結局これに辿り着く。
そっから先は、そのとき考える。

来れる人は1日でもいい。来てください。

---

GWキャンプの頭、FIWCの矢部顕さんが皆の前で言う。

「モノは波に流される。

カネは恐慌で価値がなくなる。

残るのは、人の絆。

ここに価値や幸せを見出す時代が来たのかな」
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