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お盆の話 [2013年10月03日(Thu)]

10月を迎え、2013年の終わりが見えてきたころに
なぜかずっとあたためていた8月の話。

---

今年は8月に入ってから梅雨が明けた。
驚いた。長かった。

アパートから出ると、「お。」と声が漏れる。漁火が馬場から見える夜の水平線を煌々と照らす。
イカ漁の船のライト、と言えばそれまでだが、漁火ほど不思議な灯はない。
まるで水平線の向こうに巨大な都市を抱えた大陸があるかのようだ。
初めて唐桑を訪れ、漁火を知らなかった学生が「あの光りはどこの街ですか?」と聞いてきたことがある。
なんともほほえましい問いだ。「アメリカじゃない?」と返す。
PC140031.JPG

(写真は昨年の冬のもの。漁火パークから)

と、ここまで書いて思い出す。
ちょうど昨年も同じことを書いている。なんだ。きっと毎年書くのかもしれない。
参照記事:「続・月日は百代の過客にして」

待ちに待った夏が訪れ、部屋の湿気も少しはマシに。
いよいよ最高気温は30度は超えるようになる。夏だ夏だ。
ところが世間では40度までイったとかイかなかったとかで大騒ぎ。
なるほど、三陸は快適らしい。

ところで「夏日」「真夏日」「猛暑日」の次は何だろう。40度を超える日は何て呼ばれるんだろう。
従兄弟のこうやと二人で考える。
結果、「激アツぷんぷん日」になった。
暑そうなのは伝わるが、ユーモラスで聞いてる方も和む。いいね!
「酷暑」だの「炎暑」だの、聞いてるだけで暑苦しい。
いつか気象庁さん使ってください。
「今週の熊谷は連日、激アツぷんぷん日に見舞われております…」という風に。
話を戻す。

気仙沼、夏の風物詩「みなと祭り」を今年も満喫する。
また今年も中学生と「はまらいんや踊り」パレードを楽しみ、ライトアップニッポンの花火を見る。
そして今回は、2年間待ちました「打ちばやし大競演」が実現。
800台の太鼓がずらりと海岸通りに並び、花火をバックに一斉に叩く。圧倒だった。

---

そしてお盆がやってきた。
昨年、一昨年はやはり、被災地にとってのお盆は特別だった気がする。故に気が引けて、避けていた。
今年はお盆の様子を少し勉強しようと、カメラを片手に意気込む。
初めて「盆棚」というものをある民家で見せてもらった。
さすが本家。オカミ(神棚がある部屋)に入ると、背丈ほどあるひな壇のような段々の棚が、仏壇の目の前、ちょうどご先祖様の遺影の真下に陣取っている。

一番上段の奥には、ご先祖代々のご位牌がずらりと並ぶ。普段はお仏壇の中に納められている。
ご位牌といっても、中央を陣取るはもはや「牌」より「碑」という漢字の方がしっくりくるくらい、大きく立派なもの。時代の古さも相まって、神々しいオーラを発している。
その前方左右の高杯には団子を積み、低めの杯には菓子を積む。
「全部順が決まっているんだよ」家の方が説明してくれる。

ご位牌の前方中央には達磨様と蓮に座る仏様の像。
そして、そのお二方の間、つまり棚の一番真ん中で主役を演じるのが、黒くすすけた馬の置物だった。
「これは他の家にはねぇんでねぇかなぁ」
この家のお仏様は代々この馬っこで帰省なさる。
茄子などに割りばしを刺し、牛馬に見立てるのが一般的だろうか。
この家にはずーっと昔からあるものらしい。
筋骨隆々な前脚をぐっと上げ、首をこちらに向ける。ご先祖様のアッシーという誇り高き大役。
その黒さは歴史を重ねた証だった。

そして、果物がずらりと2段目、3段目、4段目と並ぶ。
もも、りんご、なし、メロン、スイカ…
「このお皿は一年に一度、このときにしか使わないんだよ」
これ以外にも細かい決まりは多々あるのだが、割愛。
以上、盆棚。

写真を撮ったのだが、ネットでアップするのはなんとなく避けることにした。
それを見れば一目瞭然だが、それを言葉で説明するのは至難。
自身の文章力の乏しさを痛感。少しは伝わればいいが。

縁側には、お仏様がちゃんと帰って来れるように盆提灯が下げてあり、灯りがともっていた。

---

8月16日朝。馬場の浜。
馬場集落の人たちがぽつりぽつりと浜に降りてくる。
「盆舟流し」だ。

浜には焚き火がしてあり、ちろちろと炎が上がる。
みな、盆舟にそれぞれのお供えものを載せて、腕に抱えてやってくる。
藁で作ったものが一般的。前と後ろを結んで、ちょうど藁納豆のような格好をした舟。

線香に火をつけ、舟に添えて合掌する。

本来は、家で先に火をつけてから浜まで運んでくるらしい。馬場のぴーちゃん(ひいばあちゃん)情報。

それが終われば、焚き火の中に舟をくべる。
お供えものの果物などは海に放る人もいた。

この舟に乗ってお仏様は向こうの世界にお帰りになる訳だが、一昔前では沖まで盆舟を持っていき、本当に海に流していた。
子どもたちが泳いで少し沖まで持っていく光景もよく見られたとか。
ところが、翌日には盆舟の残骸が浜辺に打ち上げられ、浜はまぁ目も当てられないものになったらしい。
そういった環境への配慮で、今は波際でしゃがみこみ、舟をちょんちょんと水につけてから、火にくべて処分することにしている。

手を合わせるのはいい。
心が静まる。
なんとも気持ちのよい早朝の出来事だった。
P8161755.JPG

海のないまちでは、もちろん盆舟流しはできない。
海がある唐桑ならではの風景をまたひとつ発見した気がした。

二十日盆があり、三十日盆があり、日本の盆は幕を閉じる。
次、お仏様が帰ってくるのは9月のお彼岸。
春の彼岸に、お盆に、秋の彼岸。
お仏様は結構な頻度で帰省するんだなぁ…おれが姫路に帰るより多いなぁ、とボヤく。

どうでもいい話だが、18で姫路を出てからというもの、毎年必ずお盆の時期は中国の山奥で活動していたため、日本にはいなかった。
それ故か、改めて日本人がお盆に何をするのか、ということなど気に留めたこともなかった。
そういえば墓参り行ったっけ、くらい。
だからなのか、私にとってお盆はすごく新鮮な行事である。

9月に入り、夜はすっかり肌寒くなり、
長そでをごそごそ引っ張り出してくる日もちらほら。

今年の夏は1ヵ月ほどしかなかった。