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3月の大きな変化 その2 [2017年06月15日(Thu)]

つづき(前回の記事はこちら

2.2小学校の仮設住宅が撤去される

唐桑の小原木小学校、中井小学校という2つの小学校の校庭から仮設住宅が消えた。6年弱に渡る役目を終え、ある日見ると忽然と姿を消していた。

IMG_3764.JPG


ありがとう、と思った。

被災した方の雨風を凌ぎ、そこに暮らす子どもたちにとっては仮とは言え「実家」と化した。
半分以下になった校庭でおにごっこをしていた小学生にとっても、先生や保護者にとっても、地域住民にとっても、ある種当たり前の景色となるには十分すぎる時間が6年という月日だった。

IMG_2852.JPG

(3月9日の地元紙一面)


震災直後小学校に入学した子らが、この3月に卒業生となった。
卒業までのほんのわずかな間、彼らは広々とした校庭で走り回った。

年度が変わると、運動会が開かれた。
新入生は仮設のある校庭を知らない。

IMG_1484.JPG

(中井小学校の運動会。松圃虎舞の太鼓演舞のため参加)


IMG_3650.JPG

(小原木小学校の運動会。実はこれが最後の運動会となった。来年は唐桑小との合併が待っている。でも、この運動会は小原木の地区対抗運動会の復活と兼ねることになった。来年以降も運動会は続いてくれるだろう)

「3.11」がまたひとつ終わった−
やたらノスタルジックな気持ちに駆られ、復興が大きく進んだ象徴的な変化として書き留めておく。
(ちなみに、6年経ってもまだ仮設住宅は全て無くなった訳ではありません!)



3.大島架橋がかかる

東北最大の有人島(人口3000人)の気仙沼大島に、70年に渡る悲願の架橋が架かった。
その架橋作業自体はなんと1日。珍しい工法だとか。(開通はまだまだ先)

「ハァーー しまと からくわに 
 そりはし かけて
 わたりたいぞや
 ただいちど ハァヨーイヨーイヨーイドサッ」

唐桑に伝わる「浜甚句」(はまじんく)の一節。
甚句とは、7・7・7・5の労働歌の一種で、江戸時代、地域地域を流れるうちにその地元ごとの歌詞が定着していったもの。
そんな唐桑の浜の労働歌の歌詞には、大島を(現代語wで言うと)ディスる場面が登場したりしておもしろい。当時の唐桑人のユニークさが伺える。
この一節は一転、大島の恋人に焦がれる唐桑人の心情が唄われる。

「大島への橋は(70年なんてもんじゃなく)ずーっと昔から請われてきたんだ」

浜甚句を後世に伝える活動をしている地元のおじいちゃん漁師が言う。
でも、まさか本当に橋がかかる日が来るなんて、誰が想像できただろう。
江戸時代の恋人にそっと報告したくなる光景だった。

IMG_3395.JPG

(唐桑の藤浜から。写真じゃ全然見えないけど画面中央にしっかり架かってる!)
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