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活動の近況はこちら
からくわ丸 活動ブログ『唐桑航海日誌』 http://blog.canpan.info/karakuwamaru/
からくわ丸-Karakuwa Designers Leagueは唐桑のまちづくりサークルです→ karakuwamaru.net
【募集中】漁師ゴト。ついに始まる! [2015年04月23日(Thu)]

構想から丸1年。
プレから半年。

いよいよ唐桑の漁師ブランディング事業「漁師ゴト。」が始まります。
こちら→ rioshigoto.com

140420_チラシmo.ver.jpg

気仙沼・漁師ぐらし体験 2015GW 参加者募集中!

半日漁師になりきってみませんか?船に乗り、潮風を浴びながら、刺し網漁やホタテ漁の作業を体験。昼食は、獲れたての魚介類を使った家庭の浜料理。海と生きる漁師さんと半日をともにする「異日常」の体験は、新しい価値観を教えてくれるかもしれまん。


<漁師さんと刺し網漁体験>
2015年5月2日 8:30〜13:30

8:30 気仙沼市唐桑町笹浜 集合、オリエンテーション
※詳しい集合場所はお申し込み後にお伝えします

9:00 漁師の仕事体験
(船に乗って行う「刺し網」体験と、陸上で行う「網ばらし」の二つを交代で体験)

11:00 昼食準備⇒漁師の家ごはん

13:00 唐桑にて解散

定員:8名(先着順)
料金:6,000円


<漁師さんとホタテ漁体験>
2015年5月3日 8:30〜13:30

8:30 気仙沼市唐桑町砂子浜 集合、オリエンテーション
※詳しい集合場所はお申し込み後にお伝えします

9:00 漁師の仕事体験
(船に乗って行う「水揚げ」体験と、陸上で行う「陸しごと」の二つを交代で体験)

11:00 昼食準備⇒漁師の浜ごはん

13:00 唐桑にて解散

定員:8名(先着順)
料金:6,000円


<お申し込み先・お問い合わせ先>
一般社団法人まるオフィス「漁師ゴト。」
http://maru-office.com/  〒988-0551 気仙沼市唐桑町松圃234
電話:090-9766-9180(担当:加藤航也) E-mail:info@karakuwamaru.net
※定員が限られているため、興味のある方はお早めにお申し込みください。

<協 力>
ホテル一景閣
http://ikkeikaku.co.jp/ 〒988-0036 気仙沼市弁天町1-4-7
電話:0226-22-0602  E-mail :info@ikkeikaku.co.jp(担当:森山)
(一社)まるオフィス WebページOPEN! [2015年04月19日(Sun)]

一般社団法人まるオフィスのWebページが開設しました。

 maru-office.com
150419.png




そして、わかものまちづくりサークル「からくわ丸」のブログページもリニューアルオープンしました。

 唐桑航海日誌 karakuwamaru.tumblr.com
150419_03.png

 ※HPは変わらずコチラです。
 からくわ丸 karakuwamaru.net




そしてそして、唐桑の漁師ブランディング事業「漁師ゴト。」のWebページも開設しました。

 漁師ゴト。rioshigoto.com
150419_02.png




---
(以下 maru-office.comより)


About まるオフィスとは?


| 地域のマネージャーに

気仙沼・唐桑のまちづくり団体です。
地域の人材・活動を有機的につないで価値を創る、地域のマネージャー(ローカルマネージャー)になります。


| まるオフィス ローカルマネージャー宣言

気仙沼・唐桑を日本のまちづくりモデル地域として発信すべく、地域に4つの「じ」を創ります。

一. 自 信   地域の「あたりまえ」を再発見し、地元への誇りを創ります。

一. 人 材   地元民に加え、地域に根付いた移住者を創ります。

一. 自治力   地域のコトを自分ゴトとして捉え、アクションを起こす力を創ります。

一. 次世代   そして、これらを地域の次の世代に引き継いでいきます。


| 目指すゴール

三陸の漁村をアジアのリーディング地域に

3.11大震災を機に、たくさんの人とアイディアが三陸の漁村にやってきました。
その復興への道のりは、いつしか日本の農山漁村の将来をうらなう一大社会実験の場となりつつあります。

集約・画一化され、消滅への一途をたどるのか?
それとも、地域の持続性・独自性をとりもどし、都市部にライフスタイルを逆提案するのか?

縮小していく社会の最前線として、三陸の漁村は日本だけでなくアジア全体の注目を集めていくでしょう。

私たちは、今こそ地域に「自信」「人材」「自治力」「次世代」を創り、
ここ三陸の漁村をアジアのリーディング(先導)地域にすることを目指します。


| 組織概要

名  称       一般社団法人まるオフィス

設  立       平成27年(2015年)4月1日

所 在 地        宮城県気仙沼市唐桑町松圃234番地(ダイヤマベース)

役  員       代表理事  加藤 拓馬
           理  事  立花 淳一
           理  事  小林 峻
           監  事  男乕 治史

スタッフ       事務局長/ローカルマネージャー  加藤 航也
           事務局/ローカルマネージャー   根岸 えま
一般社団法人まるオフィス設立 地域のマネージャーに [2015年04月13日(Mon)]

4月1日、一般社団法人を立ち上げました。

その名も…
「一般社団法人まるオフィス」

「地域のマネージャー」になります。

1.まちづくりサークル「からくわ丸」の運営(わかもののマネージャーに)
2.漁師さんのブランディング(漁師のマネージャーに)
3.移住定住のコーディネート(移住者のマネージャーに)
が、主な仕事です。

場所は、唐桑の空き店舗(大山商店さん)をお借りしました。
今のところ、なぁ〜んにも無いです。

150411.JPG

全てがゼロから。
常勤スタッフ2名、非常勤スタッフ1名体制で、からくわ丸の事務局機能を充実させていきます。
これからも、まちづくりサークル「からくわ丸」は発展していきます。
「漁師」&「移住」にかかるプロジェクトも是非お楽しみに。

150411_02.JPG

(地元紙・三陸新報 2015.04.12)

いつも応援してくれる皆さんのおかげです。本当にありがとうございます。
震災から4年、地方創生元年。
これからも弊団体をよろしくお願いいたします。

一般社団法人まるオフィス 代表理事
からくわ丸 事務局長
加藤 拓馬
唐桑復興第一章 〜tkmの歴史〜 [2015年04月09日(Thu)]

唐桑復興第一章
ありがとうございました。
2011.03.24〜2015.03.30
1,467日分の感謝を込めて
tkm


あの年3月24日に、FIWCのりょうすけサンやみっぽたちが唐桑の馬場家に入って、復旧支援ボランティア活動を始めた。
馬場の康彦さんは自宅の離れの一室(物置)をボランティアの寝床として開放した。

私が初めて唐桑に入ったのは4月5日。
2列に分かれて10数名がぎゅうぎゅう詰めで寝袋並べて雑魚寝してて。でもめっちゃ寒かったから、これは有り難いなぁと思った。
4月7日には大きな余震があり、その日はみんなヘルメットを被ったまま雑魚寝した。
150409_01.JPG

(当時の「tkm」)

GWには約70名のFIWCのボランティアが唐桑に来たため、馬場家の裏にあるビニールハウスの中にテントを張って寝床とした。そのためその物置から寝袋は消え、代わりに木のテーブルが入った。

ある夜には、馬場さんと何名かのメンバーが集まり、ロウソクを灯してテーブルを囲み、暗がりの中リオの歌声と大地のギターの奏でる音に耳を傾けた。即興でコラボした2人のアーティストが奏でる「Amazing Grace」が終わったとき、ガレキの景色と日々の喧騒からすっと抜け出したこの時間と空間に、みんなで涙した。あの頃の馬場さんはよく泣いてたっけ。

GWが終わると、りょうすけサン、みっぽ、みなみ、私という初期の滞在メンバーが最後4人でその物置に再び寝袋を並べた。
「この4人で(1ヶ月間活動を)やれたことを誇りに思う」
リーダーのりょうすけサンが真っ暗闇の中でつぶやいた一言が忘れられない。
(記事:2011/05/10「GWキャンプが終わり・・・」


その翌日からは私がひとりでその部屋に住み着くこととなった。そのため「office-tkm」と名付けられた。(りょうすけサンが経営する会社「office-RSK」から取って。)
その間も、ボランティアが代わる代わるtkmにやってきた。
謎の虫が大量発生して「カラクワオオタクマ」と名付けられた。掃除機で吸っても吸っても減らない。諦めた私は、しばらくそいつらと同居した。その正体は、小豆から大量発生していたアズキマメゾウムシ。tkmの小豆の袋を発見した馬場さんは、灯油までかけて焼却した。

夏に常駐したメンバーが何人かいたが、みんな馬場家の裏に設置したプレハブ「癒し屋」(現・ビン玉)に寝泊まりした。
夏からは、りょうたがやってきて半年間唐桑に常駐した。りょうたも癒し屋に寝泊まりした。

GWから9ヶ月後、私はtkmを出て、目の前のアパートに居を移した。これにてtkmは閉鎖…とはならず、すぐに次の住人が来た。1年間常駐を決意した、えま、いつこ、しょうこ、くによしの4人だ。

その4人と2012年「からくわ丸」を立ち上げ、活動は「まちづくり」のフェーズに入った。
くによしはすぐにご近所の小松屋さんの離れに寝床を移したため、tkmはその後えまたち女子3人の1Rルームシェアが始まった。tkmはこうして女子部屋となった。
彼女たちだけではなく、訪れるボランティアの宿泊場所としてtkmは引き続き活用された。


2013年、えまたちが1年間の常駐を終えると、入れ替わりで卒業したばかりのまゆみがやってきた。まゆみは唐桑に移住を決意、tkm(つまり馬場家)に住所を移した。
その間も大学生は夏休みと春休みを中心にやってくる。
いつの間にか、男子は国昭さんの「カエル亭」(現・カエル塾)に、女子はtkmに泊まるようになった。

2014年、卒業したさちをが唐桑に移住することとなった。さちをは、まゆみとやはりtkmに住むようになった。
そして2人で住めるような空き家を探し始めた。2014年夏、2人はtkmを卒業、松圃(まつばたけ)地区の空き家でシェアハウスを始めた。

これで一区切り…かと思いきや、次はみっぽとえまが卒業したら唐桑に移住することを決意。
春からみっぽ&えまは空き家を探してシェアハウスをすることにした。
その準備のため、tkmには秋以降もなんだりかんだりえまたちが出入りした。
そのうち、春休みになると大学生がまたやってきてtkmを活用した。


そして今年の3月30日。
大学生はみな帰り、
みっぽ&えまはtkmを卒業して、松圃地区の空き家に移住した。
ほかにも3名外から唐桑に移住する仲間がいて、もう一軒、またまた松圃地区の空き家を借りることができた。
これで、今春以降のビジター(大学生)の宿泊機能は、彼らの新居が受け持ってくれるだろう。

話は逸れるが、この春唐桑へ移住した者は計5名、震災以降の移住者は私含め計9名に上る。そして、空き家計3軒の紹介とシェアハウス「移住者テ○スハウス」を実現。
我ながら驚きの多さだ。
ウチの仲間は、一気にIターンやら移住定住といった「地方創生ブーム」の波に乗り始める。きっと。
…とまぁこの話はまた長くなるので、ここでは一旦置いていく。
話をtkmに戻す。

さて、これでホントの一区切り。
つまり、tkmはその役割を一旦全うした。
大学生の受入れ機能を終えたこと、そして一等最初に唐桑入りしたみっぽと1年以上滞在したえまがtkmを出たことが、それを象徴する。

その間なんと1,467日間、何人が訪れたのか定かではないが、馬場家の家族みんなに語りつくせないお世話とご迷惑をかけた。

あくまで「中締め」。これまでの謝意を込めて馬場家へ花を贈る。
150409_02.JPG

---

この日(3月29日)の昼間のことである。
この3月をもって大谷さんが唐桑を出る、というので、最後に「漁火ごだい」で昼食をとることになっていた。
移住して来る人がいれば、出て行く人もいる。

大谷さんも2011年4月に復興ボランティアで唐桑に入ってきた一人だ。他団体の方だったが、当時からお世話になった。
そして、まさに地獄絵図のような2011年の春から現在に至るまでずっと唐桑にいる長期滞在者は、今や大谷さんと私だけであった。
その大谷さんが唐桑を出ていくことは、私にとって何とも言えない感傷を生む。
あの春、あれだけ大量のボランティアがいたのに。
最後のひとりになっちゃったね。もう一人の自分が鼻で笑う。
孤独感と同時にヒロイックな気分に浸る自分。
私はひとり「生き残ってしまった」、と日記に書いた。

そんなことを考えながら、その大谷さんを漁火ごだいで待つ。
「お待たせしました」と大谷さんが現れる。
彼は席につき、息をすぅっと吸うと
「復興第一章が、終わるね」
と、静かに言い放った。
第二章を頼む、とまでは言わないけど、がんばってね。そんな感じの声。


あぁ、そういうことか。
唐桑は震災から4年、ようやく復興第一章を終えたんだ。

さて、これでホントの一区切り。
遠東記第四章も、おしまいにすることにした。

---

そして私は、翌30日、法務局にて法人登記の準備を完了した。
2015年度がやってくる。
テレビでまーす。 [2015年03月31日(Tue)]

4月3日、NHK総合にでまーす。
残念ながら仙台圏ですが。

番組情報
4月3日(金)19:30-20:30
NHK総合 生放送「やっぺぇTVスペシャル」
(一瞬だけですが)私の登場時間帯は19:30-20:00あたりの観光コーナーの2つ目VTRの予定だそうです。
(放送圏内は宮城県だけですので、他地域の方はご了承下さい。)

加藤拓馬
2015年3月11日 [2015年03月22日(Sun)]

2015年3月11日−

唐桑町馬場の浜。
必ず毎年ここでこっそり黙祷を捧げる。
小さな小さな祠の前で。この浜の神様の前で。

目を閉じて立ちつくしていると、ごっと浜風が吹きつける。
目を閉じて足を揃えて直立しているからか、くらくらっとよろけそうになる。

まだまだよろける訳にはいかないのよさ。
「唐桑好き集まれ!からくわ丸東京報告会2015」 [2015年03月13日(Fri)]

明日はいよいよ、実に2年ぶりとなるからくわ丸の東京報告会です〜
詳細&申込フォームは以下です。(当日参加&夜だけ参加も可です!)

---------

からくわ丸が東京にやってくる!
約2年ぶりに活動報告会を開催致します。
たくさんの方々に支えていただいたおかげで、
設立から4年目を迎えられることに
メンバー一同感謝の気持ちでいっぱいです。

唐桑好きのみなさまと久しぶりに顔を合わせ、
「これまで」と「これから」のからくわ丸の活動についての報告や、
意見交換を行いたいと考えております。

・しばらく唐桑にいけていないけれどどうなっているんだろう?
・からくわ丸なにしているの?
・久しぶりにメンバーの顔がみたいなぁ!
・なんだか移住者が増えたって噂だけど?
・2年前の報告会も楽しかったから行ってみよう!
・唐桑好きといったらわたし!
・唐桑はまだ行ったことないけど興味ある!

参加理由はなんでもかまいません。
地元メンバーも唐桑からやってきます。
唐桑好きのみなさまのご参加を心よりお待ちしております!

--------------報告会詳細---------------

【日時】
 2015年3月14日(土)15時00分〜17時30分

【場所】
 「TKP東京駅丸の内会議室」
http://tkpteigeki.net/access.shtml
 ・東京メトロ「日比谷駅」B3出口直結
 ・東京メトロ「有楽町駅」B3出口直結
 ・JR線「東京駅」徒歩7分
 ・JR線「有楽町駅」徒歩2分

【内容】
 1.からくわ丸 in TOKYO
  −からくわ丸代表   立花 淳一−
  −からくわ丸事務局長 加藤 拓馬−
 2.パネルディスカッション
  −地元メンバー× Iターン者−
 3.ワークショップ
 4.じゅいラジCM収録
 (報告会終了後、交流会)
     
【主催】
 からくわ丸-Karakuwa Designers League
 http://karakuwamaru.net/

【参加費】
 無料


----------------交流会詳細-----------------

報告会終了後、気仙沼・唐桑産の海の幸や
地酒を使った交流会を別会場にておこないます!

【時間】
 18時00分〜21時00分
 ※遅れての参加も大歓迎です。
 備考欄に到着予定時間をお書きください。

【場所】
 「宝」
http://tabelog.com/tokyo/A1301/A130102/13004073/
 ・JR線「有楽町駅」徒歩1分
 ・東京メトロ「有楽町駅」徒歩1分
 ・東京メトロ「銀座駅」徒歩5分
 ・東京メトロ「日比谷駅」徒歩4分
 ※報告会会場より徒歩3分!

【コース内容】
 ・3時間飲み放題(蒼天伝含む)
 ・唐桑産の海の幸をたっぷりつかった料理
 ・立食形式

【参加費】
 社会人 4500円
 学生  3500円


--------申込みとお問い合わせ--------
下記のとおり、フォームにてお申し込みいただけますと幸いです。
フォームURL(担当:根岸えま、宮越逸都子)
https://docs.google.com/forms/d/1Ti33S4w-8_hX2u3p1TFV--Pr9NgrMhDIiyfI8YKvyAA/viewform?c=0&w=1
   
問い合わせ:info@karakuwamaru.net (からくわ丸事務局)
当日連絡先:080-1456-4251(加藤拓馬携帯)
※また、こちらのイベントページの参加ボタンをポチッ!と押していただけると嬉しいです!
※当日参加も大歓迎です!
不安な春 [2015年03月08日(Sun)]

「不安か?」

「…はい。」

「不安を楽しめ。
人は『自由』になると『不安』を感じる。
あなたはこれをしてください、あれをすべきです、と他人から言われる方がよっぽど楽。
何をしてもいいですよっていう状況が実は一番大変や。不安でしかない」

春休みに唐桑に長期滞在している大学生が悩んでいる。
自分は一体唐桑で何をやっているのだろう?
それを明らかにするため唐桑に来たが、滞在すればするほどそれに霧がかかっていく。
長期滞在によくある現象。
ただ一旦霧で前が全く見えなくなったら、あとは晴れるのを待つだけだったりする。

「真っ白な丸い部屋にいるとする。
そこにひとつのドアがある。
『どうぞ次に進んでください』と言われると、人は迷いなくそのドアを空ける。

一方、真っ白な丸い部屋に無数のドアがついているとする。
すると…人の足は止まる。
ドアがたくさんあるときの方が、逆に人は進めへんねん。

選択の自由は怖い。責任が自分にあるからや。
自分が今不安なんは、逆に言えば、自分の前にいっぱいのドアがあるってこと。
こんなに不安で楽しいことはないなぁ」

たま〜にプレハブ小屋で始まる大学生対象活動相談室。という名目で俺が呑んでるだけ。
話している途中から、
自分自身に必死に言い聞かせていることに気づいて閉口した。

26歳になった。
20代を折り返した。
この春は、なんとも「不安」で「自由」な春である。
原田燎太郎氏の唐桑中学校講演B完 [2015年03月05日(Thu)]

つづき

彼のプレゼンが終わると、私も登壇する。
彼と私の対談形式で生徒に質問を聞いていく。

その中で私が故・鈴木重雄さんの話をすることになっていた。
「今日はみんなに一人紹介したい人がいます。
この銅像、どこにあるか知ってる?」
スライドには、2011年唐桑に来たばかりのときに撮った写真。鈴木重雄さんの銅像の左右に馬場康彦さんと私。
「はい!」
ある子が挙手。
「崎浜の…からくわ荘…ですか?」
一人だけ知っている子がいた。

私は鈴木重雄さんの話を子どもたちにした。

越路の話。
愛生園の話。
そして「あの1973町長選挙」の話。
高松園の話。

「当時選挙応援に駆けつけた大先輩たちによく言われます。
『唐桑はキセキのまちだ!』って。
『唐桑はキセキのまちなんやで!』って。
その大先輩たちと唐桑のつながりは鈴木重雄さんが亡くなった後も、馬場さんに引き継がれていきました。

その選挙から40年。
東日本大震災が起きました。
だからね、馬場さんは僕たちにこう言いました。
『鈴木重雄さんがお前たちを唐桑に連れてきてくれたんだなぁ』…って」
自分の話に酔ったのか、ぐわっとこみ上げるものがあって、思わず視界が歪む。
「そういう人のつながりを辿って、俺は今ここで活動しています。
みんなも、そういう人(重雄さん)がこのまちの先輩にいることを知ってほしい」

これは私にとって、この4年弱の唐桑生活の中で一番大きな事件だったかもしれない。
私の原点を生んでくれた原田燎太郎が唐桑で語ったのだから。
ようやく鈴木重雄さんと馬場康彦さんの話を唐桑で公然と語れたのだから。

授業が終わると、校長先生が真剣な顔つきを崩さず彼のもとにやってくる。
「私は最高の時間を過ごしたかもしれません。子どもたちは最高の学びを得たのかもしれません」
教頭先生も興奮さめやらぬ様子。
「子どもたちに種は蒔かれました。
あとは子どもたちがこの種をどう育てていくか、です」

この熱いお二方がいたからこそ、この企画が実現した。
一番感謝しなければ。

私たちが唐桑に来たもう一つの本当の理由を明かした日となった。
「震災」と、もう一つ。

「らい」。
原田燎太郎氏の唐桑中学校講演A [2015年03月03日(Tue)]

つづき

中国のハンセン病快復村に移り住んだ原田氏は、ソウチンクワンら村人(快復者)が差別が故に今も故郷に帰れないことを知る。

「なんで?
ハンセン病はもう治っているのに。

『中国の地元の大学生』を巻き込んで活動をしたい。
そう思うようになった…」

それから12年が経った。
今では日中の大学生や若者ら年間2000人が華南のハンセン病快復村を訪れ、ワークキャンプを通してインフラ整備や啓発活動に取り組む。
彼は2004年に「家JIA」というNGOを立ち上げ、そこが事務局としてキャンパー(キャンプする人)をコーディネートしている。

その2000人の内の1人が、大学時代の私だった。

授業はまとめに入る。
「今日はみんなに贈る言葉があります。

『心の英雄の叫びに従え』」

心には英雄がいて、その英雄が時々ざわつき、必死に何かを叫びだすときがくる。―その叫びに従えばいい。
私も大好きな言葉。白根大輔の言葉。
彼のプレゼンを聞いていると、走馬灯のように私の頭がいろんなシーンを再生し、アドレナリンが出る。

「Anyway i believe your sense.
Don't obey the voice of the others,
but obey the voice of the hero of your soul.

love,
ryotaro
2011.3.26」
あのメールがすっとよぎる。

中学生に優しく強く静かに語る彼の声が一瞬震える。
「もうソウチンクワンはこの世にいないけど、俺の中で彼の魂は生きている」
彼は拳を胸にあてる。
中学生を引き付ける。
校長先生、教頭先生は目を見開いて聞いている。
「みんながいがみ合う世の中じゃなくて、支え合う世の中にしていきたい。
でも、そんな大きなことばかり言ってもピンと来ない。
そこで最後にもう一つ贈る言葉、
『大切な人は実は身近にいる』ということ。
隣の子を見てみて。
家族を思って…」

教頭先生がぐっと頷いた。
中国・ハンセン病・ワークキャンプの話を通して、彼は子どもたちに差別、夢、仲間、家族…いろんなものを投げかける。

つづく
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