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[活動の近況はこちら]
一般社団法人まるオフィス maru-office.com
まるオフィスは気仙沼・唐桑のまちづくり団体です。
嬉しかったことと、学んだことと、その他ちょっとした報告 [2015年07月02日(Thu)]

新年度も早3ヶ月が経過し、そろそろ毎年恒例「夏の陣」が始まる。
地域のイベント連発、大学生の受入れ、飲み会(…これは年中か)などなどで多忙を極める夏。
という訳で、2015年の春の近況を報告。

まず嬉しかったこと2つ。
ひとつ。地方創生の波を受けて気仙沼も戦略会議を発足したのだが、
その「けせんぬま創生戦略会議委員」に選んでいただいた。
秋の発表会に向けて人口減少対策の事業を練る。

ふたつ。新生唐桑中学校との連携。
この春に合併を経て新たなスタートを切った唐桑中学校。
唐桑地域に唯一の中学校となった。
そしてなんと、1月の原田燎太郎氏のハンセン病に関する講演を機に、中学2学年が総合学習で「鈴木重雄氏」という人間を軸に地域の福祉を考えることとなった。
「こんな素晴らしい先輩(教材)が地域にいらっしゃったとは」と先生がこぼす。
信じられない。40年の月日を経て、だ。
「蒔いた種」がつながった。
思わず岡山の矢部顕さんに電話する。「すごいことじゃないか…」矢部さんが目頭を熱くする、それが電話越しでも伝わった。

そこで、6月4日「鈴木重雄氏」をテーマに唐桑中学校で講義を依頼される。
この大先輩がどういう人生を送り、どう地域の福祉の貢献したのか語る。中学生に分かりやすいようあくまで簡単に、だが。
驚いたことはやはり小原木中学校の子たちがいたことだ。本当に合併したんだ、と実感。
しかも彼らは、小6のときにじゅんちゃんとワークショップをしにいった顔見知りの子たちじゃないか。(彼らの小原木小学校卒業式には来賓として参加させてもらった。)
中学生は食い入るように聞いてくれる。
思えば、自身の活動や人生以外のテーマで人前で話すのはこれが初めてだ。特に他人(重雄氏)の人生を私が勝手に咀嚼して語るのだから、襲われる緊張感の種類が違う。
康彦さんにまたひとつ恩返しができた気がした。

流れは一度生まれると、しばらく続くものだ。
5月23日 唐桑総合型地域クラブ「カラット」理事に
6月15日 「唐桑地区青少年育成協議会」委員に

そして次は、中学1年生の総合学習の協力依頼を受ける。
テーマは、小原木中学校から引き継ぐこととなった「海抜表示プロジェクト」。津波からの避難道に「海抜〇m」という看板を設置し、3.11の教訓を遺していく、という防災プログラムだ。
当プログラムの実地視察(まち歩き)に関するコーディネーター役を仰せつかったからくわ丸は、7月2日、唐桑・中井地区6ヶ所の被災集落で同時フィールドワークをセッティング。
中学生はグループに分かれ、各集落の案内人(地元の大人)に案内されながらまち歩きをして、防災への想いを聞く。
梅雨時期には珍しく快晴となり、まぁ〜とにかく焼けた。

つづく
まっすぐ伸びる木々たち [2015年06月23日(Tue)]

加藤.jpg

恩師の博士号おめでとう&出版おめでとうの会。
木箱の蒼天伝純米大吟醸を贈る。達筆なメッセージは、すがとよ酒店ふみこさんの文字。気仙沼ギフトはとても喜んでもらえた。

西尾博士曰く
「ハンセン病について本を書いて、全生園(国立ハンセン病療養所多磨全生園)で祝ってもらうなんて、こんな本望なことはない」

一緒に写ってる森元さんは、映画「あん」の監修として、カンヌまで同行したとか!
「ぼくね、タキシード着ちゃったよ︎。ふふっ」とますますお元気そう。

150623_02.JPG

西尾さんの本の表紙に、
中国のリャオじいとリャオばあの墓が採用された。西尾さんが、この写真を是非!と編集部にお願いしたとか。
ヒロが撮った写真。

「まっすぐ伸びる後ろの木々はまるでキャンパーたち」
そう西尾さんが言うのを聞いて、

なんかすごく嬉しくて、
でもやっぱりこの写真見ると悔しい気持ちが今も込み上げてきて、なにくそ︎!!って…
馬場の居酒屋でボロボロ涙をこぼしてしまった。
地域課題とは? [2015年06月09日(Tue)]

地域課題とは?

「あなたは何を守りたいか?」ですよ。

守るってのは創造ですよ。

---
気仙沼で事業を起こした佐藤賢さんから今日聞いた言葉。

あー、そういうことか。

自分のもやもやをどんぴしゃで突いてくれる言葉に、たまたま出会ったりする。
いや、たまたまじゃない。
自分がもやもやしてるときほど、アンテナが立ってたりするのかもしれない。
「要は受信機の問題さ」とある唐桑のおんちゃんがよく言ってるっけ。
自分はいい受信機であるか、発展途上で必要な心得かもしれない。
GW、5時間だけ、漁師になってみた。 [2015年05月11日(Mon)]

GW「気仙沼・漁師ぐらし体験」開催。
「この半日は『観光客』ではなく『漁師の弟子』になってください!」
から始まるこの企画。
初のビジター対象企画。が、なんと、なんとか、満員御礼。
定員8名ずつ参加していただきました。

150511_01.JPG

5月2日 刺し網漁


150511_02.JPG

5月3日 ホタテ漁


5時間だけ、
漁師に
なってみた。

漁師のくらしに迫れた気がします。
ご参加くださった皆さま、ご協力くださった皆さま、改めてありがとうございました!

詳細は、こちらのページ。
rioshigoto.com

次回もどうぞお楽しみに!
【募集中】漁師ゴト。ついに始まる! [2015年04月23日(Thu)]

構想から丸1年。
プレから半年。

いよいよ唐桑の漁師ブランディング事業「漁師ゴト。」が始まります。
こちら→ rioshigoto.com

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気仙沼・漁師ぐらし体験 2015GW 参加者募集中!

半日漁師になりきってみませんか?船に乗り、潮風を浴びながら、刺し網漁やホタテ漁の作業を体験。昼食は、獲れたての魚介類を使った家庭の浜料理。海と生きる漁師さんと半日をともにする「異日常」の体験は、新しい価値観を教えてくれるかもしれまん。


<漁師さんと刺し網漁体験>
2015年5月2日 8:30〜13:30

8:30 気仙沼市唐桑町笹浜 集合、オリエンテーション
※詳しい集合場所はお申し込み後にお伝えします

9:00 漁師の仕事体験
(船に乗って行う「刺し網」体験と、陸上で行う「網ばらし」の二つを交代で体験)

11:00 昼食準備⇒漁師の家ごはん

13:00 唐桑にて解散

定員:8名(先着順)
料金:6,000円


<漁師さんとホタテ漁体験>
2015年5月3日 8:30〜13:30

8:30 気仙沼市唐桑町砂子浜 集合、オリエンテーション
※詳しい集合場所はお申し込み後にお伝えします

9:00 漁師の仕事体験
(船に乗って行う「水揚げ」体験と、陸上で行う「陸しごと」の二つを交代で体験)

11:00 昼食準備⇒漁師の浜ごはん

13:00 唐桑にて解散

定員:8名(先着順)
料金:6,000円


<お申し込み先・お問い合わせ先>
一般社団法人まるオフィス「漁師ゴト。」
http://maru-office.com/  〒988-0551 気仙沼市唐桑町松圃234
電話:090-9766-9180(担当:加藤航也) E-mail:info@karakuwamaru.net
※定員が限られているため、興味のある方はお早めにお申し込みください。

<協 力>
ホテル一景閣
http://ikkeikaku.co.jp/ 〒988-0036 気仙沼市弁天町1-4-7
電話:0226-22-0602  E-mail :info@ikkeikaku.co.jp(担当:森山)
(一社)まるオフィス WebページOPEN! [2015年04月19日(Sun)]

一般社団法人まるオフィスのWebページが開設しました。

 maru-office.com
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そして、わかものまちづくりサークル「からくわ丸」のブログページもリニューアルオープンしました。

 唐桑航海日誌 karakuwamaru.tumblr.com
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 ※HPは変わらずコチラです。
 からくわ丸 karakuwamaru.net




そしてそして、唐桑の漁師ブランディング事業「漁師ゴト。」のWebページも開設しました。

 漁師ゴト。rioshigoto.com
150419_02.png




---
(以下 maru-office.comより)


About まるオフィスとは?


| 地域のマネージャーに

気仙沼・唐桑のまちづくり団体です。
地域の人材・活動を有機的につないで価値を創る、地域のマネージャー(ローカルマネージャー)になります。


| まるオフィス ローカルマネージャー宣言

気仙沼・唐桑を日本のまちづくりモデル地域として発信すべく、地域に4つの「じ」を創ります。

一. 自 信   地域の「あたりまえ」を再発見し、地元への誇りを創ります。

一. 人 材   地元民に加え、地域に根付いた移住者を創ります。

一. 自治力   地域のコトを自分ゴトとして捉え、アクションを起こす力を創ります。

一. 次世代   そして、これらを地域の次の世代に引き継いでいきます。


| 目指すゴール

三陸の漁村をアジアのリーディング地域に

3.11大震災を機に、たくさんの人とアイディアが三陸の漁村にやってきました。
その復興への道のりは、いつしか日本の農山漁村の将来をうらなう一大社会実験の場となりつつあります。

集約・画一化され、消滅への一途をたどるのか?
それとも、地域の持続性・独自性をとりもどし、都市部にライフスタイルを逆提案するのか?

縮小していく社会の最前線として、三陸の漁村は日本だけでなくアジア全体の注目を集めていくでしょう。

私たちは、今こそ地域に「自信」「人材」「自治力」「次世代」を創り、
ここ三陸の漁村をアジアのリーディング(先導)地域にすることを目指します。


| 組織概要

名  称       一般社団法人まるオフィス

設  立       平成27年(2015年)4月1日

所 在 地        宮城県気仙沼市唐桑町松圃234番地(ダイヤマベース)

役  員       代表理事  加藤 拓馬
           理  事  立花 淳一
           理  事  小林 峻
           監  事  男乕 治史

スタッフ       事務局長/ローカルマネージャー  加藤 航也
           事務局/ローカルマネージャー   根岸 えま
一般社団法人まるオフィス設立 地域のマネージャーに [2015年04月13日(Mon)]

4月1日、一般社団法人を立ち上げました。

その名も…
「一般社団法人まるオフィス」

「地域のマネージャー」になります。

1.まちづくりサークル「からくわ丸」の運営(わかもののマネージャーに)
2.漁師さんのブランディング(漁師のマネージャーに)
3.移住定住のコーディネート(移住者のマネージャーに)
が、主な仕事です。

場所は、唐桑の空き店舗(大山商店さん)をお借りしました。
今のところ、なぁ〜んにも無いです。

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全てがゼロから。
常勤スタッフ2名、非常勤スタッフ1名体制で、からくわ丸の事務局機能を充実させていきます。
これからも、まちづくりサークル「からくわ丸」は発展していきます。
「漁師」&「移住」にかかるプロジェクトも是非お楽しみに。

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(地元紙・三陸新報 2015.04.12)

いつも応援してくれる皆さんのおかげです。本当にありがとうございます。
震災から4年、地方創生元年。
これからも弊団体をよろしくお願いいたします。

一般社団法人まるオフィス 代表理事
からくわ丸 事務局長
加藤 拓馬
唐桑復興第一章 〜tkmの歴史〜 [2015年04月09日(Thu)]

唐桑復興第一章
ありがとうございました。
2011.03.24〜2015.03.30
1,467日分の感謝を込めて
tkm


あの年3月24日に、FIWCのりょうすけサンやみっぽたちが唐桑の馬場家に入って、復旧支援ボランティア活動を始めた。
馬場の康彦さんは自宅の離れの一室(物置)をボランティアの寝床として開放した。

私が初めて唐桑に入ったのは4月5日。
2列に分かれて10数名がぎゅうぎゅう詰めで寝袋並べて雑魚寝してて。でもめっちゃ寒かったから、これは有り難いなぁと思った。
4月7日には大きな余震があり、その日はみんなヘルメットを被ったまま雑魚寝した。
150409_01.JPG

(当時の「tkm」)

GWには約70名のFIWCのボランティアが唐桑に来たため、馬場家の裏にあるビニールハウスの中にテントを張って寝床とした。そのためその物置から寝袋は消え、代わりに木のテーブルが入った。

ある夜には、馬場さんと何名かのメンバーが集まり、ロウソクを灯してテーブルを囲み、暗がりの中リオの歌声と大地のギターの奏でる音に耳を傾けた。即興でコラボした2人のアーティストが奏でる「Amazing Grace」が終わったとき、ガレキの景色と日々の喧騒からすっと抜け出したこの時間と空間に、みんなで涙した。あの頃の馬場さんはよく泣いてたっけ。

GWが終わると、りょうすけサン、みっぽ、みなみ、私という初期の滞在メンバーが最後4人でその物置に再び寝袋を並べた。
「この4人で(1ヶ月間活動を)やれたことを誇りに思う」
リーダーのりょうすけサンが真っ暗闇の中でつぶやいた一言が忘れられない。
(記事:2011/05/10「GWキャンプが終わり・・・」


その翌日からは私がひとりでその部屋に住み着くこととなった。そのため「office-tkm」と名付けられた。(りょうすけサンが経営する会社「office-RSK」から取って。)
その間も、ボランティアが代わる代わるtkmにやってきた。
謎の虫が大量発生して「カラクワオオタクマ」と名付けられた。掃除機で吸っても吸っても減らない。諦めた私は、しばらくそいつらと同居した。その正体は、小豆から大量発生していたアズキマメゾウムシ。tkmの小豆の袋を発見した馬場さんは、灯油までかけて焼却した。

夏に常駐したメンバーが何人かいたが、みんな馬場家の裏に設置したプレハブ「癒し屋」(現・ビン玉)に寝泊まりした。
夏からは、りょうたがやってきて半年間唐桑に常駐した。りょうたも癒し屋に寝泊まりした。

GWから9ヶ月後、私はtkmを出て、目の前のアパートに居を移した。これにてtkmは閉鎖…とはならず、すぐに次の住人が来た。1年間常駐を決意した、えま、いつこ、しょうこ、くによしの4人だ。

その4人と2012年「からくわ丸」を立ち上げ、活動は「まちづくり」のフェーズに入った。
くによしはすぐにご近所の小松屋さんの離れに寝床を移したため、tkmはその後えまたち女子3人の1Rルームシェアが始まった。tkmはこうして女子部屋となった。
彼女たちだけではなく、訪れるボランティアの宿泊場所としてtkmは引き続き活用された。


2013年、えまたちが1年間の常駐を終えると、入れ替わりで卒業したばかりのまゆみがやってきた。まゆみは唐桑に移住を決意、tkm(つまり馬場家)に住所を移した。
その間も大学生は夏休みと春休みを中心にやってくる。
いつの間にか、男子は国昭さんの「カエル亭」(現・カエル塾)に、女子はtkmに泊まるようになった。

2014年、卒業したさちをが唐桑に移住することとなった。さちをは、まゆみとやはりtkmに住むようになった。
そして2人で住めるような空き家を探し始めた。2014年夏、2人はtkmを卒業、松圃(まつばたけ)地区の空き家でシェアハウスを始めた。

これで一区切り…かと思いきや、次はみっぽとえまが卒業したら唐桑に移住することを決意。
春からみっぽ&えまは空き家を探してシェアハウスをすることにした。
その準備のため、tkmには秋以降もなんだりかんだりえまたちが出入りした。
そのうち、春休みになると大学生がまたやってきてtkmを活用した。


そして今年の3月30日。
大学生はみな帰り、
みっぽ&えまはtkmを卒業して、松圃地区の空き家に移住した。
ほかにも3名外から唐桑に移住する仲間がいて、もう一軒、またまた松圃地区の空き家を借りることができた。
これで、今春以降のビジター(大学生)の宿泊機能は、彼らの新居が受け持ってくれるだろう。

話は逸れるが、この春唐桑へ移住した者は計5名、震災以降の移住者は私含め計9名に上る。そして、空き家計3軒の紹介とシェアハウス「移住者テ○スハウス」を実現。
我ながら驚きの多さだ。
ウチの仲間は、一気にIターンやら移住定住といった「地方創生ブーム」の波に乗り始める。きっと。
…とまぁこの話はまた長くなるので、ここでは一旦置いていく。
話をtkmに戻す。

さて、これでホントの一区切り。
つまり、tkmはその役割を一旦全うした。
大学生の受入れ機能を終えたこと、そして一等最初に唐桑入りしたみっぽと1年以上滞在したえまがtkmを出たことが、それを象徴する。

その間なんと1,467日間、何人が訪れたのか定かではないが、馬場家の家族みんなに語りつくせないお世話とご迷惑をかけた。

あくまで「中締め」。これまでの謝意を込めて馬場家へ花を贈る。
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---

この日(3月29日)の昼間のことである。
この3月をもって大谷さんが唐桑を出る、というので、最後に「漁火ごだい」で昼食をとることになっていた。
移住して来る人がいれば、出て行く人もいる。

大谷さんも2011年4月に復興ボランティアで唐桑に入ってきた一人だ。他団体の方だったが、当時からお世話になった。
そして、まさに地獄絵図のような2011年の春から現在に至るまでずっと唐桑にいる長期滞在者は、今や大谷さんと私だけであった。
その大谷さんが唐桑を出ていくことは、私にとって何とも言えない感傷を生む。
あの春、あれだけ大量のボランティアがいたのに。
最後のひとりになっちゃったね。もう一人の自分が鼻で笑う。
孤独感と同時にヒロイックな気分に浸る自分。
私はひとり「生き残ってしまった」、と日記に書いた。

そんなことを考えながら、その大谷さんを漁火ごだいで待つ。
「お待たせしました」と大谷さんが現れる。
彼は席につき、息をすぅっと吸うと
「復興第一章が、終わるね」
と、静かに言い放った。
第二章を頼む、とまでは言わないけど、がんばってね。そんな感じの声。


あぁ、そういうことか。
唐桑は震災から4年、ようやく復興第一章を終えたんだ。

さて、これでホントの一区切り。
遠東記第四章も、おしまいにすることにした。

---

そして私は、翌30日、法務局にて法人登記の準備を完了した。
2015年度がやってくる。
テレビでまーす。 [2015年03月31日(Tue)]

4月3日、NHK総合にでまーす。
残念ながら仙台圏ですが。

番組情報
4月3日(金)19:30-20:30
NHK総合 生放送「やっぺぇTVスペシャル」
(一瞬だけですが)私の登場時間帯は19:30-20:00あたりの観光コーナーの2つ目VTRの予定だそうです。
(放送圏内は宮城県だけですので、他地域の方はご了承下さい。)

加藤拓馬
2015年3月11日 [2015年03月22日(Sun)]

2015年3月11日−

唐桑町馬場の浜。
必ず毎年ここでこっそり黙祷を捧げる。
小さな小さな祠の前で。この浜の神様の前で。

目を閉じて立ちつくしていると、ごっと浜風が吹きつける。
目を閉じて足を揃えて直立しているからか、くらくらっとよろけそうになる。

まだまだよろける訳にはいかないのよさ。
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