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[活動の近況はこちら]
一般社団法人まるオフィス maru-office.com
まるオフィスは気仙沼・唐桑のまちづくり団体です。
父になり 親ばかになり 初幟 [2016年07月06日(Wed)]

「父になり 親ばかになり 初幟」

姫路の実家から祖母の俳句が届く。
旧暦の端午の節句のころで、唐桑では鯉のぼりがはためくころ。

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さて、はじまりました「遠東記」改め「親ばか記」。

4月26日に長男が誕生。
30日に母子ともに退院し、その日には姫路からわらわらと両親、祖母、一番下の弟が上京。
5月2日に区役所に出生届を提出。
本籍:兵庫県姫路市
生まれたところ:東京都練馬区
住所:宮城県気仙沼市唐桑町
これが江戸時代ならインターナショナルな出生届。
5月4日、義父さんが筆で半紙に名前を記す。

それから1ヶ月後。
6月9日、東京は吉祥寺の武蔵野八幡宮でお宮参り。
翌6月10日、立派なチャイルドシートに揺られて6時間、長男が唐桑に初上陸した。

いらっしゃい、ここが5年前からパパが世話になっているまちなんです。
車を降りると早速、馬場ノ浜の潮風と初対面。これからは毎朝この潮風を浴びるんですよ。
馬場家のみんなとも初対面。えいか姉ちゃんがほのちゃんを抱っこして登場。ひとつ先輩のほのちゃんが興味深そうに顔をのぞき込む。
(実の)おじいちゃんおばあちゃんが近くにいないのは淋しいけど、このまちにはたくさんのじいじ、ばあば、兄ちゃん姉ちゃんがいるんです。一見不思議なことだけど、不思議でもなんでもないんです。
さて、どんな景色を見てどんなことを感じて、貴方は育つんでしょう。
たっぷり外海の荒波にもまれて、できるだけたくさんの先人にたくましく育ててもらいなさい。

「はじめまして、加藤東太(はるた)です」

気づいたら7月になっていた。
休みがあると息子を連れて、挨拶を兼ねてちょこちょこと町内をまわり始めた。

IMG_0927.JPG
カツオとたばこと私 [2016年06月26日(Sun)]

第5期経営未来塾が本格化。
「自分は人生をかけて何を為したいのか」という問いに、訳が分からなくなった。

事業構想書が白紙に戻った。ぷしゅーーって音がして頭がフリーズした。
クリックしても、反応しない。あれ。カチカチカチカチ。

---

帰り道、カエル塾の前にくんばんちゃんの車を発見。
(お、珍しい。寄って、なぐさめてもらおうっと)
と、一旦は通り過ぎるが、ぐるっと車をまわす。
(カエル塾は、唐桑の自宅のすぐ手前にある「はなれ」)

ちは〜と戸を開けると、とくサンとこうへいもいて、一緒にメシを食ってる最中だった。
「ありゃりゃ、こりゃご無沙汰です。お食事中失礼しやした」
「いいんだ、おめも食ってけー」
「いえいえ、アイサイご飯が待ってますので」
食卓にカツオの刺身発見。
「ば!こうへい、お前はまたなんちゅうもんを食わしてもらってんねん」
「へへ」
くんばんちゃんは立ち上がり、皿にカツオをぱっと取ってラップしてくれる。
「ほれ、みほちゃんさ持ってって、かせろー」
「え、いいんですか?」
「ほれ。たばこも(カートンでもらったから)いくつかけっから。おれとおんなじヤツ飲んだべ、確か」
「え、何そのサービス!いいの!?」

くんばんちゃんは白メシにカツオを数切れ載せて、醤油をこれでもかというくらいぐるぐるぐるとかけて、沸かしたやかんの熱湯をぶっかけた。
これがカツオの最高の食い方。
「いや、かけすぎだから、醤油」
「いいんだ、もういつ死んでも、この人生に悔いなし」
「よくいうよ。ほんで、あと、いきますから。いただいていきます」

カツオの刺身とたばこを両手に持って立ち上がったら、元気が出てきた。
よし。カーソルが動いた。

「だめだ、これ、ちょっとしょっぱい」
一同吹き出した。
その時 歴史が動いた [2016年06月24日(Fri)]

英EU離脱の速報−

英EU離脱と米トランプ旋風は共通点が多い、という指摘。

大戦の反省から70年、何かが着々と動き始めている。
一度誰かが興奮し始めると興奮が連鎖するのが社会性をもつ人間の宿命。
「ばか、幸せになるためにケンカを避けて、結果不幸になっちゃうんじゃあ本末転倒でしょうよ。だろ?」
と誰かが興奮気味な声で言い始めると、次の大戦の足音が聞こえてくる。
「すなどり先生」始動 [2016年06月19日(Sun)]

すなどり【漁り】[名]1 魚や貝をとること。すなどること。2 漁 ( りょう ) を業とする人。漁夫。漁師。(辞書より)

かつて漁師のことを「すなどり」と呼んだそうです。
すなどり先生とは、気仙沼/唐桑の漁師が半日先生になり、気仙沼の高校生・中学生が弟子入り体験できるプログラムです。浜の漁師ぐらしの魅力=気仙沼の魅力をたっぷり伝えます!(毎月1回開催予定です)

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---

今年度のmaru-officeの目玉事業「すなどり先生」がついに本格化。
構想からちょうど半年かかった。
第1回は先月開催、一丸船頭に先生になっていただいた。
第2回は今日開催、藤浜の若手養殖漁師に先生になっていただいた。

浜のくらしを次の世代にバトンタッチできるよう、
地域を育てる漁師=「イクメン漁師」を輩出する。
これが、2016年度「地域"協"育」を掲げるmaru-officeのねらいだ。

春には「しんきんの絆」復興応援プロジェクトの助成が決定。
さっそく、漁師に「教師」のコスプレをお願いしに行く。
「ネクタイにシャツに合羽か…さすがに初めてだ」苦笑される。

こりゃ、楽しい。

観光事業として始めた漁師さんとのチャレンジ「気仙沼・漁師ぐらし体験」、人材育成事業として始めた月1回セミナー(ぬま大学)、白幡教育長(当時)や阿部教頭先生(当時)から刺激を受けた地域教育の大切さ、ここ数年のいろんな経験が織り重なっていく。

「すなどり先生へようこそ。今日はみんなに3時間だけ漁師さんに弟子入りしてもらいます!
 さぁ準備はいいですか?」

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(半年前のアイディアMEMO)



<すなどり先生CM、公開中!!>
第1回 https://youtu.be/CCetIRfnDzU

<第2回すなどり先生の様子>
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(第2回のすなどり先生は、20〜30代の若手養殖漁師
=やっくん先生、たくと先生、たかや先生)


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(牡蠣養殖の作業。牡蠣の種ばさみ。唐小出身の子以外は体験したことがありません)


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(牡蠣の種がついたロープを下げにGO!また2年後に!)


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(スペシャル先生。漁協のイケメン枠さっさが登場。
加工出荷センターを見せてくれました)


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(唐桑中学校などからなんと8名も集まってくれて大盛況でした!)
冠婚葬祭は [2016年06月18日(Sat)]

「何かを決断するときは、いろんな人の意見を聞いて、決めなさい。
ただし、その助言の結果選んだ道が間違っていたとしても、絶対にその人のせいにしちゃいけない。
それは自分の責任」

子どもだった私に、酔うと必ずこの話をしてくれた。繰り返し繰り返し。だから、すっかり覚えている。
なんでこの話だったんだろう。
そんな鯖江のじいちゃんが逝った。

その第一報を受けたときは「唐桑御殿つなかん」にいて、それをすぐに従兄弟であり事務局長のこうやに伝える。
こうやは2階の玄関を出たところの柵に体を預けると、ずるっとしゃがみ込んで、震えるため息をひとつ吐いた。
「そうか、こうやは実のじいちゃん亡くすのは初めてか」と兄貴ぶる。余裕ぶる。
こうして、こうやと私は急ぎ福井県鯖江市に向かった。
久々に兄弟・従兄弟が集まる。
なんだか元気が出る。りょうちゃん、こうや、しゅん、なほ、けん。みんな、いる。

20代も後半になると、冠婚葬祭に触れる機会が増えてきた。
友人の結婚式、唐桑でお葬式。そして実の祖父。

冠婚葬祭はあわただしい。
大人がよく走る。お膳を搔っ込む。
冠婚葬祭は罪悪感なく昼間っから呑める。
酔って寝るだけだからハンドルキープを気にしなくていい。
冠婚葬祭は初めましてが多い。
結婚式での相手方の親戚。葬式で初めて会う親戚のおっちゃん。
冠婚葬祭は大人がもめる。席順、段取りの方法。それを横で他人事みたいな顔して眺める。
ついでに言うと、地元播州の秋祭りでも必ず喧嘩は起きる。
冠婚葬祭は普段泣かない人も泣く。自分もよく泣いてしまう。
泣くとどっと疲れがまわる。酒がまた旨くなる。
冠婚葬祭は世相を映し出す。
意外と流行りを受けやすく、世代の価値観の違いでぶつかったりする。
冠婚葬祭は面倒くさい。
やたらと「それ要る?」みたいな手順、儀式が多い。

だから冠婚葬祭は大事なんだ。
あわただしくて、酔ってて、初めまして〜って言って、もめて、泣いて、時代を感じて、やっぱりめんどくさいなってなるから、おれら親戚家族なんやなぁって実感せざるを得なくなる。
冠婚葬祭は、家族や集落を維持する上で欠かせない、人間の大事な発明品なんだ。

くるくる回る頭でそんなことを考える。
叔父さんがうとうとしている。おかんは寝ているフリして起きてる。親父は相変わらずざるだ。
じいちゃんはなかなか棺桶から出てこない。起きてきて一緒に呑んだら楽しいのに。

---

じいちゃんは毎朝散歩(というか山登り)に出掛ける人だった。夏休みに遊びに行ったときには、こうやとよく散歩についていった。まだ暗い内から西山公園に行き、展望台で体操をして、鯉にえさをやって、すっかり明るくなってから帰ってくる。
(こうやはこの頃から、すれ違う大人全員に元気よく礼儀正しく挨拶する子だった。)
(私はこの頃から、なかなか起きれず、散歩の約束をパスする子だった。)

腿(もも)の骨をつまんで、思い出される鯖江の街角だった。
「しっかりしてますね…」と驚かれるほど、逝去まで1年間入院していた人とは思えないがっちりした骨だった。

東京にいる産まれたばかりの息子に会いたくなって、納骨を見届けると鯖江を後にした。
これからはひ孫のことも見守ったってな。

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何屋さんだ。 [2016年06月16日(Thu)]

ご近所の中井小学校による、まち探検。
3年生、2年生が相次いでウチの事務所にやって来る。

「まるオフィスさんのお仕事を話してやってください〜♪」
と先生には言われたものの、どう説明すればいい?
…当日、朝からそわそわし始める。

3年生、全生徒数15名。
「はい、まるオフィスやからくわ丸はみんな知ってますか〜?」
はーい!と半数以上が反応してくれる。
「お。じゃあ問題です。まるオフィス、からくわ丸は一体何屋さんでしょう?」
…。

はい!後ろの列の子が元気よく挙手する。
「かき氷屋さん!」
…なに!?
あ、そういや地区の夏祭りでやったんだ。

はいはい!「本つくってるところ!」
コミュニティペーパーKECKARAのことかな?嬉しいねぇ。

…。

「はーい。全員正解です〜。私たちはね、まちづくり屋さんです〜」

…ポカーン。

そりゃそうなるわな。

「あるもの探し」の事業説明や、最近の漁師企画事業の解説をする。
あとは自由時間。わいわい、がやがや。

160520_中井小3年生地域訪問_6689.jpg


2年生、全生徒数5名。
「まちづくりとは、まちをげんきにするかつどうです。
それにはまず、まちのむかしといまをしらべ…」
「ふーん!ふーん!」
「それをまちのみらいに…」
「ふーん!ふーん!」
…ぐぬ…
小学生に圧倒される。

---

「子どもでも分かるように説明してみて」
などという言葉をよく耳にするが、本当に子どもたちを目の前にして、私は一体何屋さんなんだ、と改めて悩む。
他人にズバッと説明できないことほど、じれったいことはない。

最近は唐桑産牡蠣の直販のサポートとか始めたから、
「牡蠣小売り(かき氷)屋さん」かな。
なんつって。

…こりゃ当分、難解だ。
小原木小の運動会 [2016年05月28日(Sat)]

小原木小学校の統合が平成29年4月から平成30年4月へ1年延期、とのニュースが地元紙のトップを飾る。
小原木小は、唐桑地域にある3小学校の内の1校だ。
平成27年4月に唐桑中学校と小原木中学校が統合したばかりだ。
続いて、平成30年に唐桑小学校と小原木小学校が統合すると、小原木地区から小中学校は無くなる。
気仙沼市の旧唐桑町は、かつて明治の時代、北の小原木村と南の唐桑村が合併してできたまちである。その名残で、今も小原木のじいちゃんばあちゃんは、南部(旧唐桑村)のことを「唐桑」と呼ぶ。
何年か前に小原木の舘地区でまち歩きをしていて、「おれ、唐桑のこどよぐ分がんねぇからなぁ」というばあちゃんがいて(ん、ここも唐桑町なんだけどなぁ…)と不思議に思ったことがある。

ちなみに、同じくもう何年も前の話。馬場のくんばんちゃんのお孫さんが気仙沼旧市内から唐桑に遊びに来ていたときの話。いたずら好きの小学生の女の子だ。
「ねぇ、◯◯ちゃん、どこ行ったの?」と不意に聞かれたので、
「あぁ。◯◯なら今日は気仙沼に買い物に行ったよ〜」と何気なく答えたら、
「…?ねぇ、ここも気仙沼だよ」
と小学生に指摘されて閉口した。
ちなみに、この春気仙沼と唐桑が合併して10年が経った。

---

話を小原木に戻す。
そんな小原木小学校の運動会に先日参加してきた。
仲のいい先生に「当日スタッフとして期待していたOBの高校生が来れなくなった。来てくれ!」と頼まれて、ほいほいと嬉しそうに参加してきた。
小規模学校は、先生の数が少ない分、大変だ。
まぁ我々からすれば、休日に運動会に参加だなんてステキな過ごし方だ。

全校生徒で30名ちょっと。
今までは小中合同で運動会を開催していたが、昨年から中学校が唐中と合併したため、小原木小単独開催となってしまった。
見ていて、やはり寂しい。
学年別リレーなどは基本数名で行うことになる。3人で「ヨーイ、どん!」

私の姫路の母校はひと学年150名、計1000名のマンモス校(…という認識はないのだが)だったので、クラスごと、町ごとに代表を出し合ってリレーをやった。故に、まずはクラス代表・町(地区)代表に選ばれるための予選に向けて必死だった。
まぁ本番のリレーともなれば、運動会の花形中の花形だった。あそこに立ちたい。
「こうやって走るんや!こないしたら、はよ走れるわ!手をな、こうしたらえぇねん!」
当時、映画「ターミネーター2」を見ていて、家で両親が言う。めちゃくちゃ足が早い液体金属のターミネーターの走りをマネしろという。
(よっしゃ、任しとけ!駅前町の代表に今年こそなったるで!)
でも結局、これ(同地区の同級生のこれやすクン)には勝てず、よく涙を呑んだ。来年こそ!と思う訳である。

(あんな悔しい想いも、たった3人じゃできないだろうに)
そんなことをぼんやり思い出す。

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(全校生徒による紅白応援合戦)


「よぉ〜」
「あ!」
小原木小出身の中1軍団を発見。みんな唐桑中学校のジャージを着て、遊びに来ている。
昨年度この子たちが6年生のとき、総合学習のアドバイザーとして私は学校に何度かお邪魔していた。なので顔見知りだ。たった数ヶ月ぶりの再会だが、なんだかみんな大人びている。

アナウンス「続きまして、OBの中高生も参加しての、借り人競走です」
高校生の替わりに、私たちからくわ丸が参戦。
選手入場。
中学生と並んでイチニ、イチニ。「ふふ、高校生に見える?」
「は?見えないし。おじさんだよ、おじさん!」女子中学生に一蹴される。
…確かに、もう10コ以上違うのか。

アナウンス「続きまして、保護者と地域の方による、綱引きです」
地区のじいちゃんたちがわらわらと出てくる。ばあちゃんまで出てくる。

アナウンス「続きまして、中学生の先輩との小原木ソーランの共演です!」

アナウンス「最後に、校歌斉唱です」
「海幸しげき 小原木の 秀麗の地を 故郷に…」会場から湧く、校歌。

当校の歴史を遡れば、明治にまで行き着く。1世紀以上の歴史だ。
震災後は、祥子、国権、真弓、と私の仲間たちが非常勤としてお世話になった学校である。

平成30年まであと2年。
小原木小の運動会もあと残すところあと1回なのか。
なんとかなるさ、では、世の中なんともならない。
そういう時代に私はいる。

早朝からパラパラと降っていた雨は、運動会が終わるころには人知れず止んでいた。
スイスに行っちマッターホルンC「地域アイデンティティ」 [2016年05月24日(Tue)]

つづき
(前記事はコチラ

4.地域アイデンティティを育みながら
前項の「地域におカネを落とす」をもっと踏み込んだ表現に替えてみる。
それは「地域からおカネを出さない」ことだ。
昨今、地域づくりの成功事例と囃されながらもそれが持続せずに衰退するという市町がちらほら。
それはなぜか。
それは「外からおカネを稼ぐ」ことに関しては成功したのだが、「地域からおカネを出す」ことを止められなかったからではないだろうか。とかなんとかエラそうに言ってみたり。
徳島の某町、北海道の某市。

ツェルマットでガイドをしてくれたミス・ジュンコが「地域産優先」に関して、あるエピソードを話してくれた。
「私がここに移住してきた当初、みんながなぜ価格が高くても地域産のものを買うのか不思議だったんです。そこである主婦に聞いてみたんです。そしたらこんな答えが返ってきました。
『だってヨソのもの買って、まわりまわってウチの旦那の職がなくなったらどうするの』」

なぜツェルマットにはこのような意識、いや「思想」が根付いているのだろうか。もはや習慣、マナーに近い概念かもしれない。
そのヒントは、地域教育にあった。
地域教育とは詰まるところ何なのか。それは「地域アイデンティティをどう育むか」。
ツェルマットの学校では、地域の大人(事業者)を呼んできて学校の授業内であれこれ地元について講話してもらうことがある。
先生はあくまで州の職員にすぎず、コーディネーター役だ。
ここがおもしろい。教育者であると同時に、地域と子どもを引き合わせる媒体でもある、という感覚だ。
(地域の大人はもちろん無償でそれに協力し、それは「名誉ある負担」という概念とされる)
このように地域の人間が地域のことを知っている/語れるのは大前提で、それは小中学校で徹底される。
州の独立性が高いスイスだからこそ可能なのだが。
気仙沼だってがんばってるもん。最近の気仙沼の高校の取り組みには目を見張るものがあるもん。
「高校でそういうこと(地域教育)やってると、笑われますよ。まだそんなことやってるの?って」
ぐさり。
高校を経て一度はツェルマットを出る子ももちろんいる。しかし外で出るのはあくまで「修行」のため、だそうだ。
小中学校の地域教育が、結果高いUターン率を確保している、と言える。

修行かぁ。
地域づくりの大先進地・海士町の岩本悠さんがこう語ったのを思い出す。
「『ふるさと』の歌詞にこうあります。『志を果たして いつの日にか帰らん』。
 これはかつてのふるさと像です。
 ボクたちはこう替えて唄います。『志を果たしに いつの日にか帰らん』」
日本も静かに変わりつつある。

山田氏は語る。
「地域アイデンティティを育みながら、食える仕事をつくることが大事。
 結果、ツェルマットで人口減少は起きていません」
この章をまとめると、DMOを下支えする地域教育の役割が見えてくる。
「外からおカネを稼ぐ」=「食える仕事をつくる」DMOの役割
「地域からおカネを出さない」=「地域アイデンティティを育む」地域教育の役割

以上、ざっくり私が感じたことのメモだ。言葉足らずで申し訳ない。
DMOに頭を抱える私たちに、山田氏は要は「地域経営」だと言う。
「DMOである必要はない。
 地域経営を言うなら、
 観光地振興を指すD(デスティネーション=目的地/着地)でなくとも、
 A(エリア)でもR(リージョン)でもいい。AMO、RMO。
 O(オーガニゼーション)である必要もない。C(センター)でもいい。DMC。
 気仙沼の好きなようにしたらいいんです」

ある視察団の方が笑いながら言う。
「よし。気仙沼版DMOは、どーせなら(D)もっと(M)おもしろいことやろうぜ(O)!だな」

---

さいごに 株式会社気仙沼として

気仙沼を経営しよう。有機的に、創造的に。
まちをひとつの会社に見立ててみよう。
企画部はどこだ。営業販売部は誰だ。広報宣伝部は。総務部は。人事は。生産製造部門は誰だ。
その会社の収支は。優秀な人材はいるか。社内ベンチャーが起きやすいか。
官とか民ではなく、みんなで気仙沼を鳥瞰してみよう。
いち株主として、いち社員として、自分を見てみよう。

日本では、倒産目前の数千人の「会社」が最近画期的なベンチャー事業を始め、注目を集めている。
それを指をくわえて羨ましがるのではなく、
同じくいずれ倒産を指摘されている7万人の当社のやり方を模索しよう。

おわり

---

【ツェルマット視察メンバーによる報告会やります!】
今年 3 月 21 日(月)~28 日(日)に実施されたスイス視察メンバーによる報告会を開催します。スイスでの学びの共有に加え、DMOとは何なのか?の説明、また今後この知見を気仙沼市でどのように活かしていくべきかの提言なども行う予定です。

日 時:5月25日(水)18:30〜20:30
会 場:気仙沼市役所ワンテン庁舎 大ホール
参加料:無料

<お申込み方法>
以下問い合わせ先に 事業所名・連絡先・受講者氏名をお知らせの上、お申込みください。
一般社団法人リアス観光創造プラットフォーム
TEL 25-7115 FAX 25-7119 info@rias-kanko.com

主 催:一般社団法人リアス観光創造プラットフォーム

スイス視察報告会チラシ修正反映new!.jpg


※私もプレゼンするので、是非聞きに来て下さいネ!
スイスに行っちマッターホルンB「マーケティングと地域」 [2016年05月23日(Mon)]

つづき
(前の記事はコチラ

2.マーケティングなしに企画は打たない
「商売がどんどんダイレクトになってきてる(中抜きが起きている)。
 そうすると、顧客のDB(データベース)を持ってるところに人が集まってくる」
山田氏は語る。宿泊客のDBは観光局が管理しており、それに基づき地域のイベントが開催される。
例えばツェルマットで開催されるまちの音楽フェスでさえだ。
「調べなしには開催しない」
徹底したDBの活用。

そして「人泊数」に意味があるのであって、所謂「入込数」は無意味だという。
さらにリフト等の移動のチケットで、域内のお客の移動も把握できる。紙ベースの満足度調査アンケートも年6回は実施する。

徹底したマーケットイン。マーケットがないとプロダクトはつくらない。
「日本の地方の商品は、プロダクトアウトばっかり」

ぎく。

3.地域におカネを落とす
「地域におカネを落とす」とはどういうことか。
例えばそれは村外からのお客におカネを落としてもらう、ということだけを指すのではない。
「住民1人の年間消費額を100万円だとした場合、
 例えばその1%=1万円を地域で消費しよう。
 そうすると6万6千人の気仙沼では、年間6億6千万アップすることになる。
 たった1%アップしただけで」
地域産最優先は、ツェルマットでは当たり前だと言う。
景気がよくなるための基本はキャッシュフローがまわること。
地元の意識・考え方が本質的でシンプル。
哲学の部分で、全く観光客に媚びていない。故に一流のリゾート地になった。

「地域の発展の指標って何ですか?」との質問に山田さんはこう答える。

「個人の所得と税収アップでしょう」
志とそろばん、そんな言葉をふと思い出す。

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(標高3,100mでランチを選んでくれる 観光カリスマ 山田桂一郎氏)


つづく

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【ツェルマット視察メンバーによる報告会やります!】
今年 3 月 21 日(月)~28 日(日)に実施されたスイス視察メンバーによる報告会を開催します。スイスでの学びの共有に加え、DMOとは何なのか?の説明、また今後この知見を気仙沼市でどのように活かしていくべきかの提言なども行う予定です。

日 時:5月25日(水)18:30〜20:30
会 場:気仙沼市役所ワンテン庁舎 大ホール
参加料:無料

<お申込み方法>
以下問い合わせ先に 事業所名・連絡先・受講者氏名をお知らせの上、お申込みください。
一般社団法人リアス観光創造プラットフォーム
TEL 25-7115 FAX 25-7119 info@rias-kanko.com

主 催:一般社団法人リアス観光創造プラットフォーム

スイス視察報告会チラシ修正反映new!.jpg

※私もプレゼンするので、是非聞きに来て下さいネ!
スイスに行っちマッターホルンA「危機感が生んだPublic」 [2016年05月20日(Fri)]

つづき
(前記事はコチラ

1.「官」でも「民」でもない「公」
まず、一番印象に残っている言葉のひとつ。
ブルガーゲマインデはつまり官ですか?民ですか?と聞く日本人が多いそうだが、そもそも地域振興を考える上で必要なのは、官でも民でもない「公」という概念だ。
この組織は、官と連携しているが税収は1フランも入っていないため官ではない。
この組織は、100%出資の株式会社マッターホルングループ(ホテルやレストランを経営)によって軍資金を得ているのだが、組織自体は民間会社ではない。
官民を包括する「Public(公)」に資する組織なのだ。

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(まちの脳ミソである組織「ブルガーゲマインデ」の事務所)

日本人の感覚でこれを噛み砕くのはなかなか難しいのかもしれない。
視察団のある方が夜こんな話をしてくれた。「明治に入って『Public』という単語を、福沢諭吉は『公』と訳したが、山県有朋は『官』と訳した、という。」
なるほど。日本と欧州ではPublicという概念にズレがある。革命の歴史がない日本※において、「Public」を担うのはずーっとお上(カミ)であり、新政府つまり「官」だった…のかもしれない。
(※明治維新は武士階級内のクーデーターに過ぎず、革命ではない。と思う)

さらに驚くのは、ツェルマット400年の歴史を聞いていても、誰一人として「HERO」が現れないのだ。
蝦夷地のようなある種の被差別地域でとても貧しい地域だったツェルマットは、カリスマに依らず、住民が細々と自分たちでホテルを建て、登山客を呼び、鉄道を通し、まちを経営してきた。
もともと一緒だった役場機能から「ブルガーゲマインデ」として独立したのは1969年。そんなブルガーゲマインデを支えるのは1,500人にのぼる会員だ。昔からの地元人(ジモティー)だそうだ。

私たちは山田さんに不思議そうに聞いた。実際、不思議だった。
「住民どうしで足の引っ張り合いとか起きないんですか?」
山田さんはあっさりと答える。
「そんなことしてたら、みんな死んじゃいますから」
山肌は岩、岩、岩。誰がここに住むと言い出したんだと思うような山の中。故に古来から知恵を絞って生きてきたという。

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(山岳鉄道から俯瞰するツェルマット。農業は…不可)


まちはカーフリーつまり自動車禁止で、まち中にマッチ箱のような電気自動車・電気バスがうろうろしている。制限速度はなんと20km。この形状にしたのも、住民協議による結果だとか。車で来た観光客はひとつ手前のまち(テーシュ)で駐車し、電車でツェルマットに入る。
さらに、その電気自動車をつくっている会社もなんとツェルマット内にあるという。
発電も自分たちで工夫する。水路を使った水力発電などなど。
基本「自分たちでつくっちゃえ」。そうすることで、自分たちでメンテナンスできるので、ランニングコストも抑えられる。地域の外におカネが出ていかない。
そうして自然環境を守る。観光資源を守る。生きる手段を守る。

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(メーカーすら内包するという脅威のツェルマット式電気自動車)


「スイスは貧しいですから」よく聞いた言葉。歴史的にスイスを支えた産業は「血の輸出」つまり「傭兵」だったという。各国に雇われたスイス人同士が殺し合ったという歴史も。
それほど貧しい土地なのだ。しかし、その結果が現代のスイスブランドを産む原動力となったという訳か。
金融、観光、時計、薬…。街中に溢れる赤字に白のクロス。国旗自体が高品質なイメージを与える、不思議な力だ。

「あいつは嫌いだけど、正しいこと言ってるから支持する」スイスと
「あいつは正しいこと言ってるけど、嫌いだから支持しない」日本。
そんな対比も出された。何も言えず、へらへら笑うしかない。情けない。

日本は資源に溢れている。しかしそれ故に「公」が育たなかった、ということなのか。
むむむ。そんなはずはない。このテーマ、奥が深いぞ。
考えていて、こんがらがる。

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(黄昏時のマッターホルン。どうやらこの巨人は表の主役。真打ちではないらしい)


「ツェルマット行ったの?マッターホルンが有名だから成功したまちでしょ。
 気仙沼の参考になんてならないよ」
と言う方も多いが、本質はそうではない。
このまちを突き上げてきたものは「マッターホルン」ではなく「危機感」だった。

つづく

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【ツェルマット視察メンバーによる報告会やります!】
今年 3 月 21 日(月)~28 日(日)に実施されたスイス視察メンバーによる報告会を開催します。スイスでの学びの共有に加え、DMOとは何なのか?の説明、また今後この知見を気仙沼市でどのように活かしていくべきかの提言なども行う予定です。

日 時:5月25日(水)18:30〜20:30
会 場:気仙沼市役所ワンテン庁舎 大ホール
参加料:無料

<お申込み方法>
以下問い合わせ先に 事業所名・連絡先・受講者氏名をお知らせの上、お申込みください。
一般社団法人リアス観光創造プラットフォーム
TEL 25-7115 FAX 25-7119 info@rias-kanko.com

主 催:一般社団法人リアス観光創造プラットフォーム

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※私もプレゼンするので、是非聞きに来て下さいネ!
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