間接的に田中氏のご許可を戴き、転載します。
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第45回鳥取県消費者大会での「放射性物質と食品の安全性」講演への批判レポート
2012年 2月 19日
鳥取県生活協働組合連合会理事
米子医療生活協同組合専務理事
田中 文也
1、 はじめに
2012年2月17日、第45回鳥取県消費者大会において、標記テーマに基づき、唐木英明氏による講演が行われた。
私は、この消費者大会を主催した実行委員会参加団体の構成団体の1つに所属しているため、講演会当日での質疑応答をためらった。
まさに、3.11後、「御用学者」による講演会を行い、広く県民に誤った情報を与えるイベントを行ってしまったという反省と、その主催団体の一翼を担っているという罪悪感からである。
このレポートをまとめたのは、取り返しの付かない過ちを犯した反省と罪悪感に基づくものであり、もう一つは遅きに失したが標記講演の問題点を指摘し、共通の憂いを持つ広範な方々への問題提起をするためのものである。
2、 放射線被害に対する基本的考え方の間違いについて
唐木英明氏は、冒頭に「人間は誤解する動物」であり、その原因に「ヒューリスティク」という現象があると解き、その後「誤解とその原因」で食品の安全性の側面から「食中毒、化学物質、放射線」の比較を行った。まさにこの観点が根本的に間違っていることをまず指摘したい。
根本的間違いの一つめは「ヒューリスティク」から導き出された「誤解の原因は直観的判断」という考え方である。
全ての生物は、「生体自己防御反応」を生来的に持っている。例えば、「熱いものに触れると手を引っ込める」「咳をする」「痰が出る」「熱が出る」等の反応である。
「熱いものに触れると手を引っ込める」のは、皮膚が熱を感じた時に、火傷をしないように神経をショートカットして「反射」を起こすからである。「咳をする」のは、口や鼻から異物が侵入したために、咳をすることで異物を外部に排出するからである。
「痰が出る」のは、咳やくしゃみで排出できなかった異物を「痰」に絡めて体外に出すためである。「熱が出る」のは、体内に侵入した病原菌から身を守るために、体温を上げて病原菌を攻撃するためである。
このように人間を含む地球上の全ての生物には、必ず外界の刺激やストレスから自分の肉体を守る為の「生体自己防御反応」が備わっている。
それでは肉体ではなく、神経や脳に関する「生体自己防御反応」とは何であるのか。それは「不安」や「恐怖」を感じることである。人間の精神的な生体防御反応は、ストレスがゆるいと「不安」を感じ、ストレスが強いと「恐怖」を感じるように生来的になっていることである。肉体の防御反応でも、痛覚は刺激がゆるいと「痒く」感じ、刺激が強くなると「痛い」と感じる。これとよく似たような現象と考えると理解しやすい。
「ヒューリスティク」は、「感性」が様々な経験や学習を通じて、やがてアウフヘーベンされた「直感」に昇華することを述べているのかも知れない。また、将棋でいう「大局観」を示したものかもしれない。
今日、医学・生物学的な研究成果と最新の脳科学と精神科の研究成果からは、原因が分からないストレスに対して「不安」や「恐怖」を感じることは、人間の精神的な生体防御反応として必要不可欠で、全く正常なものであると認識されている。
したがって、原因は「直感的判断」(これは正常な生理現象である)の側にあるのではなく、「不安」や「恐怖」をもたらした側にあるのである。つまり、誤解を招く報道や、不正確な情報、或いは「専門家」(御用学者)による意味不明の説明に対して、国民は「全く正常に反応している」ということなのである。
正確な情報がリアルタイムで出されてさえいれば、無用な「不安」や「恐怖」は著しく減少し、的確な行動がとれることにより、これほどまでの被害には至らず、多くの人命が救われ、多大な不幸を引き起こしている避難生活等は無かったのである。
最近の航空機事故調査の分野や医療事故調査の分野の研究でも、「ヒューリスティク」から導き出された「誤解の原因は直観的判断」という考え方は存在しない。
根本的な間違いの二つめは、「放射線による影響」を「食中毒や化学物質」と同列に扱ってはならないということである。(この項詳細は、添付の原子爆弾被爆者認定訴訟に関するレポートU「放射線被曝に関する基本的考え方」を参照のこと)
放射線による医学的・生物学的反応は、素粒子・原子・分子レベルで起こる作用機序に基づいている。「食中毒や化学物質」とは、問題発生のディメンションが全く異なるのである。この素粒子・原子・分子レベルの影響は、最終的にDNAや遺伝子の損傷を通じ、細胞レベルや臓器レベル・肉体レベルで発現するが、根本となる現象は、素粒子・原子・分子レベルで起っているので、現在の人類の低い科学水準では、全てを理解したり制御することが出来ないのである。
一般に食中毒は「自然毒」「化学物質」「病原性微生物」の3分野に分けられるが、90%以上は「病原性微生物」によって引き起こされていると考えられている。
例えば、「食中毒」に対してはサルモネラ菌やノロウイルス等の食中毒原因を特定して治療することも出来るし、煮沸や薬品による消毒で原因菌を殺すことも出来るため、我々は予防措置を講じることが出来る。また、化学物質に対しても同様にその作用が解明できているために予防も出来るし、解毒剤を投与して治療することが出来る。
しかし、放射線に関しては、その現象が素粒子・原子・分子レベルで起こっているために、仮に原因が特定できても「消毒したり」「殺菌したり」「解毒剤を使用したり」出来ないのである。多分、これは将来的にも出来ないであろう。
今我々人類が可能な作業は、放出された放射線源からなるべく遠ざかるか、鉛や鉄板や分厚いコンクリートや相当量の水の層を設けて、放射線を遮蔽することしかできない。(又地中深くに埋蔵する)
又、環境中に放出されたあらゆる放射性核種は、物理学的半減期以外に減少することは無いので、気の遠くなるほどの時間管理が求められている。
我々人類は、食中毒の原因菌を消毒し、化学物質を分解・中和することが出来るが、環境中に放出された放射線を無くす技術を持っていないのである。
したがって、「放射線による影響」を、あたかも「食中毒や化学物質」と同じように論じることは、科学法則を無視した暴論でしかない。
3、 放射線被害に関する個別の説明での間違いについて
この様に、今回の放射性物質の食品の安全に関する講演は、冒頭から存在しない非科学的理由付けによって始まったが、個別の内容についても多くの過ちを犯している。以下この点をいくつか紹介したい。
※閾値(しきいち)に関する考え方
閾値(しきいち)は、人体や細胞、そしてより本源的にはDNAの修復がある為に、エネルギーが小さく少ない線量では影響がないという解釈が行われて来た考え方である。
これは、確定的影響(個体が放射線を浴びて脱毛したり下痢をしたりする状態)に関しての問題であったが、ICRPの最新の判断では、確率的影響(将来ガンになることや遺伝的影響)のように、確定的影響も閾値がないものとして取り扱うことになっている。
ICRPが放射線の影響を大目に見ているとは思われないが、それでも放射線は必ず毒であり、合理的な理由がない限り浴びてはいけないと決めていることを正確に理解する必要がある。
又、閾値によって、被ばく当初の影響の出現が押さえられることによって、その後の影響を過小評価する可能性があることも、見落としてはならない重要な点である。
※チェルノブイリでの6000人の小児ガンと15人の死亡について
物は言いようであるが、「6000人の小児ガンが発生したにもかかわらず15人の死亡しかなかった」という表現は正確ではない。6000人も小児ガンが発生したのである。
6000人の子ども達は、懸命に治療を受けて、多くの子ども達が甲状腺摘出手術を受けた結果、15人の死亡にとどまったと考えるべきである。
賞賛されるべきは、懸命に治療を行った医師や看護師であり、その治療に絶えた6000人の子ども達である。
放射線による影響を少なく見せようとする意図が透けて見えるこのような発言は、科学性がないばかりか人道的にも劣るため、果たして福島の人々に説明が出来るのか。
※チェルノブイリで放射線セシウムでの発ガンや死亡率の増加は認められていない
ABCCの調査では、広島・長崎の被爆者のガンの増加が認められている。広島・長崎の疫学調査では、白血病の潜伏期の中央値は8年、その他の固形ガンの潜伏期は16年〜24年となっている。つまり、放射線に被バクしてから、ガンが現れるまでの期間が相当に長いために、現時点で結論を出すことは妥当とは言えないのである。個人差もあるため人によっては24年以上たっても、ガンが発症する可能性すらあるのである。
又、マウスやモルモットでは、短期間に世代交代をするために、この様な長期的影響に関しても合理的な臨床データが得られるが、人間は寿命が長い為に、調査が終了するのはその被爆者群が全員亡くなったときである。
マウスやモルモットの研究では、少なくとも数世代間で追跡調査を行えるが、人間の寿命は80年前後と長いために、数世代間の追跡調査を行おうとすれば、数百年単位のスケールが必要となるからである。
このように、この研究調査事態に構造的問題があることから起こっているのであり、一部のデータだけを取り出して、結論めいたことをいうことは正しくない。
※歴史に学ぶ「部分核停条約」について
この条約の本質は「部分的に核実験を停止した」ことにある。それまで、核実験は地上で行われていた。広大や国土を持つ、アメリカ・ソ連・中国は、この実験を行うことが出来たが、フランスはヨーロッパの中央部に位置したために、国内で実験を行うことが出来ず海洋による水中核爆発を行った。これらの核実験は、大量の放射線物質を大気中と海洋中にバラまくことになり、地球環境全体を汚染するために人類社会に対する影響が懸念された。この為、核保有国は協議を行い「大気中」と「海洋中」の実験を行わないこととして「地下核実験」だけを行うことにしたのである。つまり「部分核停」とは「大気中」と「海洋中」という「部分」では、各実験を行わないということである。これは、広大や国土を持つ、アメリカ・ソ連・中国では、「核実験が継続できること」を保証した。
※事態は収束している(セシウム137とストロンチウム90)について
一般に、ヨウ素131やキセノン133やセシウム137は希ガスとなって大気中に放出される。福島原発事故では「水素爆発」が起こったので、これらの放射線物質が大量に放出された。チェルノブイリでは、爆発炎上したのでこれらの希ガスが大量に放出されたと考えられる。一方ストロンチウム90は、水に解けやすくいわば水溶性と考えても良い物質である。
講師より「すでに事態は収束している。新たな放射線の漏洩はない」との発言があったが、1〜2ヶ月前の小さな新聞報道では、漏れ出した冷却水からテラベクレル単位のβ線が検出されたとあった。これが事実なら、水溶性ストロンチウム90が冷却水に解けて漏れ出している可能性がある。ストロンチウム90は「β線崩壊」と言って、もっぱらβ線を出す放射線核種であるからである。
大気中に漏れ出す物質は、数億円もかけて建屋を覆うこと等によりある程度防げている可能性はあるが、毎日数百トンと注水されている水からストロンチウム90が検出されているとすれば、核反応は続いていることになり、事態は収束していないばかりか、新たな放射性汚染物質が水中に漏れ出している可能性が高いのである。ちなみに、原発で発生するセシウム137とストロンチウム90の生成量はほぼ同じと考えられているので、現在まだ核反応が続いているとすれば、相当量のセシウム137もどこかに蓄積していると考えられる。
※ICRP勧告の意味について
ICRPは、1928年の第2回国際放射線医学会よりスタートした組織であり、人工放射線の管理を目的としている。その基本的考え方で「放射線は人体にあくまでも有害であり、合理的な理由がない限りは照射してはいけない」としている。したがって、「核兵器」や「原発事故」による被バクは想定されていない。つまり、その様な事態はあってはならないこととしているのである。今度の事故も、一般公衆に対する被バク限度1mSvを基本的考え方の中心に置くべきであり、研究者や作業従事者の考え方とは区別すべきである。(研究者や作業従事者と同じ様に、一般公衆も被ばくして良いことにはならないということ)
※IAEAのレベル7について
IAEAは、福島原発事故を受けて緊急声明を出して情報の提供を呼びかけた。相当の時間が経ってから、「レベル7」の評価を公式に表明したが、IAEAの過酷事故の評価表にレベル7までしかなかったので、「レベル7」の評価を表明したにすぎない。IAEAの議論の中では、福島原発事故を受け「レベル8」を設けるべきだという意見が出された。
つまり、福島原発事故は「レベル7」以上の事故であったにも関わらず、IAEAの事故評価表に「レベル7」までしかなかったので、「レベル7」を付けざるを得なかったまでで、「レベル8」があれば「レベル8」が付き、「レベル9」があれば「レベル9」が付いた可能性さえあるのである。(地震の評価に、マグネチュード7までしかなかった場合、マグネチュード7しか付けれないということ)
したがって、福島原発事故をチェルノブイリやスリーマイル事故と同程度と見ることは出来ない。さらに、チェルノブイリやスリーマイル事故が、1基の原発事故だったのに対して、福島は4基もメルトダウンしていることを考えると、たとえ「レベル7」であっても、「レベル7」×4基=28相当と考えても良いくらいである。
※放射線を「食材は測るが、食品は測らない」の本質的意味について
セシウム137に汚染された稲ワラを食べた牛肉が出荷停止になった事態は記憶に新しい。この福島の稲ワラは全国47都道府県中46都道府県に出荷されていた。稲ワラのセシウムは、汚染した稲ワラを大量に牛が摂取したことによって、牛の肉に蓄積・濃縮された結果の出荷停止であった。一般に、食物連鎖によって、環境中に放出された放射性物質は濃縮される。人間は、この食物連鎖の頂点にいるため、環境中に放出された放射性物質は、あらゆる形で人体に摂取される可能性がある。これが、「放射性物質と食品の安全性」の問題の本質である。
講演者は、「食材は測るが、食品は測らない」方針であることを述べたが、前述のメカニズムから考えて、この方法論は、環境中に放出された放射性物質が人体に取り込まれることを防ぐ目安にはならない。
「食材は測るが、食品は測らない」とは、「稲ワラは測るが、牛肉は測らない」と同義である。例えば、稲ワラ1つに1の放射線が存在するとすれば、100の稲ワラを食べた牛には100の放射線が蓄積され、1000の稲ワラを食べた牛には1000の放射線が蓄積されることになる。200の放射線の段階で、出荷停止が行われるとすれば、前者の100の稲ワラを食べた牛肉は出荷できても、後者の1000の稲ワラを食べた牛肉は出荷できなくなる。しかし、稲ワラだけ測定して、牛肉の測定が行われなかったら、これらは全て市場に流通することとなる。
つまり、環境中の放射性汚染物質の複雑な動きや食物連鎖での濃縮を考えたとき、人間の口に入る直前の食品を測定しない限り、食材だけを測っても、放射性物質の人体への摂取は防ぐことが出来ないのである。
※福島沿岸が「禁漁」になっている意味について
単純に考えれば、福島沿岸が「禁漁」になっている意味は、「相当量の放射性汚染物質がこの海域に存在しており、漁さえ出来ない状況」と見るべきであろう。
地球の自転と公転の影響で北半球では、大気と水は左回りの渦を巻く。そのため、福島原発から流れ出た大量の放射性汚染物質は、沿岸に沿って千葉・東京方面に南下して流れて行く。途中沿岸から離れた海流は黒潮と合流して太平洋を東に流れ、ハワイを経て、やがてアメリカの西海岸にたどり着く。
この海域の海流の概要は以上の通りであるが、これも机上の空論の一つである。詳細を知るためには、実際に海水や海底の沈殿物や、試験的に漁を行った上で、とれる魚介類の放射線量をリアルタイムで測定しトレースし続ける必要がある。
これによって、海洋の汚染の状況と、海産物への影響、その後の食品への影響が予測できる。したがって、本質的な問題点は、「福島沿岸を禁漁にする」ことではなく、海水や海底の沈殿物や魚介類の影響を調べるために「定期的に調査のための漁を行いデータの収集を行い」その結果を公表することである。
※放射線の「小児影響は100倍も1000倍もない」という発言について
この分野は、研究者によっても意見が別れる分野の一つであるが、広島長崎のデータをもとに、分子生物学や放射線生物学・放射線医学の研究から見た「年齢別ガン誘発全身線量値」は、0歳〜5歳までが66(単位レム)に対して、50歳では14,000。55歳では20,250となっており、その差は212倍と306倍に及ぶ。したがって、放射線の「小児影響は100倍も1000倍もない」という発言は間違いであり、「小児影響は、100倍以上あるが、1000倍はない」というのが正しい見解である。
※放射線の影響は「広島・長崎の頃から徐々に分かるようになってきた」について
放射線が人体に対して何らかの影響があるのではないかということは、1895年のレントゲンのX線の発見以来懸念されてきた。その発生するエネルギーや発生機序などから見て、早くから多くの科学者によって指摘されてきたところである。また、現実にも放射線を取り扱う研究者や助手に潰瘍やガンが頻発し、この分野の研究も進められてきた。
前述のICRPの発足も、この点からの必要性の認識の中で行われたものであり、1928年よりスタートしていることを考えると「広島・長崎の頃から徐々に分かるようになってきた」という発言は正しくない。
4、福島原発事故から考えられるいくつかの可能性について
今回の食品への影響とは直接的に関係は薄いが、福島原発事故から約1年が経とうとしている現況の問題点のいくつかを指摘したい。
※福島原発の圧力容器の温度計は壊れていない可能性もある
ここ1週間前ほど前より、原子力安全保安院の発表によって、「原子炉圧力容器の複数以上の温度計のうちの1つで100度以上もの温度上昇が記録されているが、これは温度計の故障によるものである」という趣旨の内容であった。
しかし、これは熱エントロピーの法則から考えて、十分にあり得ることで、核反応によって一部で温度上昇が起こっている可能性を否定できない。一般に、「一定の閉じられた空間に熱量を加えると、その熱はある程度の時間内にその空間全域に伝播していって均等化する」(これは与えられた熱量と空間密度の関係で決まる)と考えられている。
これは、「閉じられた空間」であることと、加えられた熱量が「一度であり追加がない」ことを前提としている。
例えば、鍋(閉じられた空間)に水を入れて、片方だけ火で熱した後に火を止める(一度の熱量)と、やがて火元の水の熱は鍋全体に行き渡ることになるが、鍋の片方だけ火を加え続ける(連続的に熱量を出す)と、鍋の中でいちばん熱いのは、やはり「火元」になる。この時、鍋の複数箇所に温度計を置いた場合、「火元」の温度がいちばん高くなり、その他の場所の温度は低くなる。
また、1つの部屋(閉じられた空間)の角に、エアコン(熱量を出す元)があるとき、いちばん暖かいのはエアコンの吹き出し口であり、遠い所ほど温度は下がっている。
したがって、損傷した圧力容器(閉じていない空間)に、連続的に熱量が加えられている(核反応が起こっている)と、「原子炉圧力容器の複数以上の温度計のうちの1つで100度以上もの温度上昇が記録される」事態は起こり得るのである。
※アメリカへのスピーディのデータ提供とアメリカの判断について
3.11の2日後に、アメリカへはスピーディの放射線物質拡散データが提供されていたことが分かった。国民には知らされなかったために、南相馬市や飯舘村の方角に逃げた人々は、全く無用の放射線を浴びることになった。
アメリカは、このデータをもとに在留アメリカ人に「福島原発から80q以上避難するように」との勧告を行い、「ともだち作戦」で福島沿岸にいた第7艦隊には「直ちに日本海に避難するように」との命令を下した。事の経過とこの事態の持つ意味は置いても、アメリカの対応は、誠に正確であったと言える。
本来なら、日本政府が2日後に、「福島原発から80q以上避難するように」との勧告を直ちに住民に行い、太平洋で操業中の漁船には「直ちに日本海に避難するように」との指示を出していれば、今日の被害は避けられたであろう。
歴史上初めて原爆を投下し、その人的データを収集し、スリーマイルの事故経験を持つアメリカの判断は「全く正しかった」のである。(ちなみに、スリーマイル事故の被害額は2兆円にのぼったため、以後アメリカは原子力発電所を1つも建設していない。)
また、日本の米軍基地の75%を占める沖縄には原子力発電所がなく、菅首長が唐突に静岡の浜岡原発の緊急停止を決めたのも、米軍への影響を懸念したアメリカの要請であったことが言われている。
つまり、膨大な放射線データを有しているアメリカの判断は、やはり誠に「全く正しかった」のである。
※原発なしで日本は動いているという客観的事実を直視し、理論水準を高めよう
いよいよ日本中の原発が停止する時期を迎える。「原発なしで日本は動いているという客観的事実」を確認できることになる。日本人なら誰でも共有できるこの事実は、「そもそも日本に原子力発電は必要がない」ということを、国民1人1人が事実を持って確認できることでもある。
しかし、「エネルギー問題」も「温暖化問題」も、現在地球上には客観的には存在しない中で、この2つの課題への対応策として「原子力発電」が推進されてきた意味を、我々は正しく理解する必要がある。この本質的問題の科学的認識無しに、「脱原発」や「原発0運動」を進めても成功するとは思えない。ちょうど「消費者の利益を守る消費者大会で、消費者の不利益になる講演会を実施した」今回の様な痛恨の轍を踏むことになるであろう。
一般に「運動」は「正しい理論」によってしか構築できない。間違った理論や不正確な認識のもとでの「運動」は、大量に情報を持って正しく理解している者には、絶対に刃が立たないのである。
今回、日本中の原発が停止する中で、中国電力管内が、もともと全電力に占める原子力発電の割合が3〜5%と最も少ないことは大変重要な要素となるだろう。それはこの地域が、9電力の中でも、直ちに原発を止めることが可能な地域と言えるからである。
5、 おわりに
2012年2月17日、第45回鳥取県消費者大会において、「放射性物質と食品の安全性」と題した講演が行われ、この講演への批判として本レポートをまとめた。
私の専門は、もともと「医療放射線の被バク防護の分野」であり、食品の分野の専門家ではない。しかし、幸いにも科学法則は万国共通であり、原理さえ理解出来れば誰でも認識の中に入れられる。
かつて、私が研究の分野を「医療放射線の被バク防護や被バク低減」に選んだのは、いつしか人類社会は「核兵器」と「原子力発電」から撤退し、「医療被曝」だけが残るだろうと考えたからである。それは、この分野の線量の多さと継続性から「人類の生物学的環境問題」となっており、やがて「種」を脅かす最大の原因となってくるからである。
最後に、このレポートが、3.11で被害を受けられた多くの方々や、その方々を思う多くの方々の利益にかなうことを祈念したい。
また、専門ではない「核兵器」と「原子力発電」の分野は、小出裕章(京大原子炉実験所助教)、今中哲二(同)、安斎育郎(立命館大学名誉教授)の各氏から、書籍・論文・研究資料等の提供を受け、直接間接にご教授をいただいた事を付記する。
元医療放射線防護研究専門委員会(東大放射線医学教室&原子物理学教室)
元厚生省医療放射線防護に関する研究班研究員
島根県立大学北東アジア地域研究センター市民研究員
山陰古代史研究会設立準備委員会代表
古代史研究家
未来史研究家