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MUCHO GUSTO @ELSAL

エルサルバドル・・・エクアドルでもエチオピアでもない・・・聞きなれないこの地での活動の日々を綴る〜


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カンテツ [2011年09月25日(Sun)]
なんと、様々なことが押せ押せで、
帰国の前日まで、サラゴサとサンサルバドルを
往復していた。


もう、へとへと。


そして、、、
たった今、帰国当日。
エルサルバドル、9月25日の朝4時
やっと荷物整理が完了!

(実は、昨夜は、隊員による送別会なんかで、、、
最終の荷物整理を始めたのは、深夜1時からだった)


なんと同期の隊員の半分が荷物整理やら
提出書類の準備をまだやっている状況。。。
このまま、寝ないみたい。

うーん。
本当にエルサルバドルに順応した仲間たち
であった。




さあ、今朝はププサを食べて旅立とう。


日本に帰るぞ!

【(カテゴリなし)の最新記事】
やっぱり [2011年09月14日(Wed)]
週末から、私は、これまでの活動を紹介するための
ビデオをつくっていた。


今週の市議の会議(といっても、10人くらいの集まり)の場で
活動報告のプレゼンをしたいと考えていた。


前日、当日と、ちゃんとアポは取っていたものの、
やっぱり、ドタキャン。

私もこれは、想定内だったので、
せっかく準備したけれど、まあ仕方ない。
いつものことだ。

ただ、今回は緊急事態で、
市内でデング熱の死亡者が出たということで、
会議が中断され、フミガシオンという、消毒(噴霧)を
優先することになったのだ。


私も、最後までデング熱には
気をつけなくてはならない。。。


ただ、来週はもう帰国の準備で
サラゴサから引き上げる予定だし、、、
もう活動報告どころじゃないのだけれど・・・


どうしたものかなぁ と考えている。


まったく、いつも予定は未定。
予定を立てる意味がない。


ここ中米流。


いよいよ [2011年09月13日(Tue)]
今朝、犬に足を噛まれる・・・・

・・・夢で眼が覚めた。

それほど痛くなかったけれど、
がぶり。
あぁー、狂犬病の注射にいかなきゃぁ・・・と
思っているシーンであった。


いよいよ帰国を来週に控え、
最後まで、色々と気をつけなくちゃぁ と思っていたから
かもしれない。


活動も本当の最終コーナーで、
学校などお世話になったところに挨拶に行っいる。

一人でバスで田舎に行くことが続いていて、
強盗よりも野良犬の心配の方が大きかったからかも。

あと1件、行きたいコミュニティがあるのだけれど、
ちょっと一人でいくのは、無理かなぁ と思っている。


車両の手配など、基本、役場を当てにしていない。
期待すると悲しい想いをすることを沢山経験しているので、
結局、仕方なく逞しくなっていくのだ。。。



さて、週末、隊員たちは大使公邸に招待された。
感動の夕食を味わってきた。感謝だ。
特に日本食は、感動的だった。
皆、本当に喜んでいた。お鮨も嬉しかったけれど、
煮物も良かったな。
なんといっても蓮根が入っていたのだ!



あともう少しで、日本に帰るのだ。
やっぱり、嬉しい。



今週は、ほとんど最後の仕事になるだろう。
役場とJICAの最終報告会の準備に追われている。




取材 [2011年09月01日(Thu)]
水曜日、サラゴサの私立学校で行った講習会(taller)に
テレビ局の取材が入った。

いつもエリックと一緒に実施している
「リスクマップ作り」の様子が、TV21チャンネルで
紹介されるのだ。

といっても、ほんの1、2分か数十秒なんだと思うけれど。
JICAボランティア事業のPRの一環で、今回、取材を受けることになった。

でもまあ、日頃の我々の取組みが、役場の外でやっていることが多く、
何をやっているのか、関係者以外には見えにくいだけに
こういうPRも結構大事なんだなぁと、改めて感じた。


講習会では、私は大体導入部分を担当していて、
日本とエルサルバドルの共通する地域特性の説明と
なぜ災害に備えた準備が必要なのかという話をしている。

講義の本体、リスク(riesgo)とは何か、脅威(amenaza)
とは何かとか、脆弱性(vulnerabilidad)とは・・・など、
細かい定義の説明は、すべてエリック任せなのだ。

私としては、同僚が主体で実施している事業であり、
実力のある彼らを中心に、そこのところを上手く
扱ってもらえたらと思っている。


昨夜7時に放送と聞いていたが、放映されず、
家族には「全然出ないじゃない!」と言われたが、
なんと8時過ぎに放送されていたらしい。
それと朝の番組でも流れていたそうだ。
役場の同僚が偶然見ていて、教えてくれた。

私もエリックも見ていないので、なんとも言えないが、
私たちが、生徒に話をしているシーンが出ていたらしい。


TVの取材が入って最もよかったと思うことは、
取材を受けた学校の校長が、その気になってきたことだ。
次回は、他の教員にも参加させたいとか、
来週はどうかとか、非常に積極的な姿勢になっている。


残りの任期が、ますます忙しくなりそうだ。



チョコレート [2011年08月22日(Mon)]
先週、水曜日の午後、サラゴサ市で
バスの事故があった。

二人の婦人が亡くなったという話を
木曜の朝、同僚たちがしていた。

亡くなったひとりは、チョコレートを売るセニョーラ(婦人)と聞き、
少し心配になった。

私の親しくしている友人のファミリーは、
チョコレートを作っていたからだ。


午後、市議である、ホームステイ先のお母さんから、
亡くなったのは、アドレアーナ(友人)のお母さんよと告げられた。

まさか。
そんなはずはない。何かの間違いだと思った。


ここでは、情報のほとんどは人づてなので、
結構間違いや勘違いの場合もある。


けれども、それは、間違いではなかった。
その日の夜、告別式は彼女の家で行われた。



アドレアーナは、私がサラゴサに赴任した当初から
親切にしてくれた人だった。

家に招待をしてくれて、初めてそこでエルサルバドルのチョコラテを
いただいた。
また、昼食に呼んでくれたこともあった。


彼女のご両親も、非常に親切なひとで
「ここは、あなたの家よ、いつでも来なさい」と 
いつも温かく私を迎え入れてくれた。


彼女が、サンサルバドルの専門学校に通い初めてからは、
忙しくなり、私はほとんど彼女とその家族には会っていなかった。


それでも、昨年の祭りで開催した浴衣のファッションショーには
彼女にモデルを頼んでいたので、家族で見に来てくれたし、

今年、震災写真展を開催した際は、顔を見せに寄ってくれた。


今年の6月頃だと思う。スーパーで彼女のご両親に
ばったりあったので、私が帰国する前に日本食をご馳走するから
という約束していた。


8月の前半に行こうと思っていたが、都合がつかず、
近いうちに行こう、カレーを作ろうと思っていた。


けれども、それは果たせなかった。


金曜日の朝、サンタテクラ市にある墓地へ
お母さんを埋葬する式に参列した。

お母さんは、コミュニティの役員だったので、
多くの住民が、役場の貸し切りバスで来ていた。

アドレアーナは諸々の対応に追われてた。
悲しみをこらえ、気丈にふるまっていた。

私が最も心配していたのは、お父さんだった。

バスの事故の際、お母さんと一緒だったが、
重症を負い、生き残ったお父さん。
精神的に不安定な状態がすぐ見てとれた。



その日の深夜、激しい雨音で目が覚めた。

私は、埋葬したお母さんのこと、アドレアーナ家族のことが
気になり、その後、なかなか眠ることができなかった。




後日、聞いた話だが、

お母さんたちがサンタテクラから乗った157番バスは
乗客で一杯だっだ。
お母さんたちは混んでいたので入口付近にいたらしい。
けれども、バスは走行中に前輪が外れ、バスごと横転し、
入口付近の乗客は外に投げ出され、車の下敷きになったという。


運転手は、本来雇われていた職員ではなく、
当日、代わりに運転していた人だったらしい。

事故の補償も何もないという。








マナグアで [2011年08月18日(Thu)]
翌日、首都マナグアにある国家防災機関(SINAPRED)で
開催された講演会に出席した。


片田先生が防災教育を実践されてきた
釜石市の話は、ネットでこれまで何度も目にし、
知ってはいたが、直接話を伺うことができるとは・・・
しかも、ニカラグアで。
貴重な機会を与えられて、感謝だった。
同僚たちにも、ぜひ聞かせてあげたかったな。。。


さて、講演会の後は、プロジェクトの関係者はコスタリカへ移動。

私は、ひとりパナマへ移動。
首都パナマシティをぶらぶらし、パナマ運河を見て、
エルサルバドルに帰国した。



隊員生活も残りわずかとなった。
なんと来月には帰国なのだ。

本当か?

どうも現実らしい。
自分でもまだ信じられないが。


実感はないけれど、
とにかく期限が迫っているわけで、
活動の方は、最後の仕上げをしなければと焦っている。


というのも、例のリーフレットの修正、再発注が
まだ終わっていないのだ!!



ニカラグア訪問 [2011年08月16日(Tue)]
先週の火曜日からニカラグアに行っていた。

ニカラグアは、1993年の津波で、
多くの住民が亡くなった経験がある。
現在、防災プロジェクトが、レオン市に入っている。


今回、短期専門家として、群馬大の片田先生が
いらっしゃると知り、是非話が聞きたいと、
私は、プロジェクトに同行させてもらったのだ。
もちろん自費で。

レオン市では、国家防災機関の職員とレオン市の職員が
津波防災について、市民をリードするファシリテーターとして
機能するように厳しく鍛えられいた。

私は、途中から合流したので、
彼らのワークショップの内容は見ていないのだけれど、

反省会では、先生から、彼らのプレゼンの内容は正確だし、
上手なんだけれど、
ここから津波の死者を出さないんだという意気込みや、
住民と一緒にやるんだというメッセージの必要性が指摘されていた。


私は、これまで日本人と現地の人との活動で
ここまで直球で、熱いやりとりを見たことがなく、すごく驚いた。
彼らを信頼しているんだろうし、
この率直なやり取りが、本人たちを動機づける関わり方なのだなあと思った。
また、継続的に関わっているという点も大きいだろう。


翌日は、海岸地域に住む住民(役員会のメンバー)が、
住民に対して教材(紙芝居風)を使って津波の正しい知識を伝えた。


役員たちは、既に研修を受けてきたとは言え、
人前でやるのは、今回初めての経験だった。


それでも、あるコミュニティの若者の説明はとてもよかった。
複雑な津波の説明もわかりやすく話していた。

それから、例え話を加えるなどして、全体的に注意を引く内容だった。

例えば、避難をしている間に、家に強盗に入られるから、
避難しない人がいるという話があるけれど、
物は失われなかったとしても、命を失うかもしれない と。

 
3つのコミュニティを回って、活動を見学したが、
本当によくここまで来たなぁ・・・と思った。

だって、住民の活動は、仕事ではなく、ボランティアなのだから。
何の報酬もない というのに。。。
ただ、自分のコミュニティを守りたいという思いが支える活動だ。



住民もそうだし、役場の職員も、プロジェクトのコーディネータも、
皆、大変な道のりだったはずだ。。。


レオンの海岸の暑さと、待ち時間で
(いつものことだが、住民が揃うまでに40分くらいだろうか。。。)
私は、気を失いそうであったが、、、
とにかく、ここまで来てよかった と感じていた。





つづく・・・

Agostina [2011年08月04日(Thu)]
エルサルバドルでは、
今週は、アゴスティーナという夏季休暇になる。

役場は、水曜日まで通常の業務。
明日から日曜までが休みになる。

今日は、仕事後にたこ焼きをふるまう予定になっているが、
どうも参加者が多そうで、たこ焼きでは足りないような
気がしてきている。。。

ちょっとカレーでも作ろうかと考えている。

ということで、今日は仕事はそこそこにして、
準備に取り掛かる。

同僚たちが、朝から
「タコヤキ」「タコヤキ」「サケ(酒)」と連呼していて、
仕事にならない。。。




中米テレビ会議 [2011年08月02日(Tue)]
エルサルバドルでは3名の防災隊員が
活動中であるが、

エルサルバドル以外にも
中米には防災隊員が配置されている。

現在、コスタリカに1名、パナマに1名、それから
ホンジュラスに1名だ。

コスタリカの隊員以外は、派遣の隊次が異なるため
これまで、連絡などを取り合ったことはなかったが、

防災の活動に関する情報交換や、
今後、連携して何か取り組めることがあるのではないか・・・という
エルサルバドル隊員の提案から、
月曜日、JICA事務所にて各国隊員とのテレビ会議を行った。


会議開催の少し前から、隊員間でメーリングリストを通じて、
それぞれの任地の状況や配属先について情報交換をして、
会議に臨んだ。


各隊員の活動報告とともに、エルサルバドル隊員からは、
防災ダック・エルサルバドル版の紹介やワークショップの報告を行った。


今後は、定期的に情報交換を行いながら、
何か成果物として活動事例集などをまとめていこうという
話が挙がっている。


私の任期も残りわずか。
なんと来月には帰国なのだ!


これから具体的に活動をスタートしていく防災隊員たちが、
いい連携が持てるように、残された期間、出来る範囲で
協力できればと思う。


会議が終わるや、私はすぐにサラゴサに帰り、
例の社会科の授業に行ってきた。

昨日は、私立学校で、私の友人が英語の教員を
しているところだ。
あと、日本に住んでいた男子生徒もいるので、
私の通訳と解説も進んでしてくれるのだ。


活動の期限が迫るにつれて、
あれもこれもと、、、ますます忙しくなりそうだ。







いやはや [2011年07月29日(Fri)]
朝からがっくりしていることがある。



以前にも触れたが、災害別初期対応について
まとめたリーフレットを作成していたのだが、

私は、6月末に見積もりを取り、
修正した原稿をレネに預けたのだが、

レネがもっと安い印刷会社を使うというので、
そちらのやりとりは、別の市議デイエゴに任せた。

そのあと、ディエゴのところで原稿は
滞っていたのだけれど、いつものことなので、
そのまま待つことにした。
まあ、7月中には出来上がるだろうと。

最終原稿は、レネとエリックの修正済みなので、
そのままで行けると私は、思っていたのだが、

ディエゴとしては、いくつか気になるところが
あったらしく、最終確認をレネにしていた。

それで、わたし自身は最終確認をしなかったのだ。


それが、今朝、オフィスに行くと、
ディエゴの机にそれらしき品が納品してあったのだ。

すぐに開けて、見てみた。
見たところ、まずまず。

ところが、じっくりチェックすると、
なんとしょっぱなの地震の項目から、
いくつかの単語が抜け落ちいて、意味不明の文章になっているのだ。


本当にがっくりしている。
今日訪問の学校でも配布しようと思っていたのに。



あいにく、レネとエリックは、パナマへ出張中。

ディエゴに話しても、もらった原稿のせいだと言う。

とにかく、会社と交渉してもらうしかない!

やっぱり、自分で確認すればよかった・・・




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