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「『地域をつなぐ もりもり コーディネイション』の読後感」紹介[2014年11月06日(Thu)]
2014年10月に新刊を出しました。
早速それを読んで下さった木村松夫さんから読後感が寄せられました。

紹介いたします。
少し長いですが、読み応えがあります。
もりもりコーディネイションを手に取りたくなる一文。
(木村様ありがとうございました。)

『地域をつなぐ もりもり コーディネイション』読後感
2014.10.31 木村松夫

 一気に読破しました。
 この種の本はだいたい途中で投げ出すものなのに、この本は違いました。

 コーディネイターという役割を担っている人がやるべきことについて具体的で分かりやすく説得力をもって書かれています。数々の活動づくりノウハウ本の中でも秀逸の一冊です。森さんが関わってきたテーマとは離れて都会でさまざまな課題で市民活動を進める団体・グループのリーダーにも、とても参考になるお薦め本だと思いました。
 
 それだけではなく、この本に貫かれている「思想」に共感持てることが、一気に読み進んだ要因だと思います。不遜な言い方ですが、大枠同意できることばかりでした。もちろん意見・見解の違いもあるのですが、それらを明らかにして論争を行うよりも、この本を読みながらわたしが思った事柄をしたためたほうが有益であると思い、以下のようにメモ書きしました。

コーディネイターと団体リーダーの関係・役割について
さて、コーディネイターという役割をもっている人とは、市民活動でもコミュニティビジネスでも、その推進団体のリーダーとは同じなのか違うのかという初歩的な疑問。おれは一体何なんだという疑問です。
 10数年前に、板橋区と区内自然保護活動団体と区民がパートナーシップを組んで「いたばし水と緑の会」を作りましたが、これに至る前史である「板橋環境会議(?)=正確な名称は失念」では森さんがコーディネイター役で、わたしは一団体(いたばし自然観察会とニリンソウを保存する会)の担い手でした。環境会議の帰結が区とのパートナーシップを実現するものとして「水と緑の会」(当時は名称未定で、ムーブメントにしかすぎませんでした)のようなものをつくろうと動き出しました。その時のわたしは市民側のコーディネイターをやっていたと思います。区役所の担当窓口と市民団体のリーダーの間を行ったり来たりして、区の意図を探り、区は何をしてくれるのかを見極めながら、片方で市民団体側の考え方を聞き、要望を可能なことと我慢しなければならないことに振り分けて、調整して回ることに専念していました。以前から活動を続けてきた団体には区のやり方に根強い不信があったのですが、「文句はあっても、いまはもっと広く区民の参加ができる受け皿を作ることが必要なのだから、ここのところは折り合ってくれ」という話をかなりして歩きました。

 その結果、区内に残っている自然を大切に保護する活動を行おうという行政と市民との協働活動体は作ることは出来ました。大きく「水」と「みどり」の部会に分けて、それぞれの活動意義と方針を明らかにして、結構用意周到なスタートでしたが、それは1年ももたずに、結局は行政の下請け団体と化し、さらに数年後には行政担当者の個人的活動に変質(公的活動の私物化)してしまって、初志が継続して発展することはなかったのだけれど、スタートまでのプロセスは、いまでも誰かがああいう動きをすることが必要だなあと感じているところです。
 
 たとえば、赤塚公園がネイチャーセンターをつくろうとなったら、「みどりの手」一団体では引き受けられないので、大きな受け皿団体をNPOとして立ち上げるべきであり、そうなればみどりを媒介にした都市型地域コミュニティ活動を本格的に構想・発動しなければならず、有能なコーディネイターが必要になってきます。(この本は、そういうときのためにも参考になります。)
 一方、8年前の「みどりの手」の立ち上げでは、コーディネイター役は森さん、わたしは「活動者育成講座」の委任されたリーダーまたは活動者として動き、講座終了後の成果として「みどりの手」ができて、わたしは事務局長という位置付けでリーダーの一人として活動してきました。
 リーダーと言っても、率先して活動の先頭に立ってみんなを引っ張っていくことばかりではなくて、会員の皆さんの意見提案を聞き、出来るだけその実現の手助けをしてあげることによって、会員の意欲を引き出し、より主体的な活動の担い手になってもらうような働きかけを行う仕事が半分以上なのですが、これはコーディネイトに属するものだと思うのです。その辺のコーディネイターとリーダーの違いと重なる部分をもう少し明らかにしてくれると、もっと分かりやすい本になったと思います。

現状の日本社会の認識について
 この本を読みながら、そして「市民活動塾」の第3回の「社会活動48年を振り返る」のテキストを書きながら、自分が生まれ育った板橋区稲荷台の昔と今を振り返る作業をしてみました。別紙、「戦後稲荷台内の商店の消長」なのですが、まちの「発展」の結果が町内にあった商店を消滅させることにつながっているわけです。こんなことは改めて文章にすることでもないのかもしれませんが、「アパートやマンションが建つことでまちの人口は増え、個人生活は文明の利器に囲まれることになっても、コミュニティはすかすかという状態をどのように見るか、それが問題だ! 少子高齢化がコミュニティの崩壊をもたらしているのではなく、ものと金がまちの外のどこかに吸収されていく構造が少子高齢化社会を生み出していると考えたほうがよさそうだ」という結論に至りました。(御著第1章冒頭)
 こうした地域コミュニティの空洞化・崩壊のプロセスを歴史の振り返りも含めてしっかり見つめ、その行き着くところは何なのかを見定める作業が、改めて行われるべきだと思いました。

協働について、とくに行政の在り方について
 限界集落を抱えた市町村、とくに過疎の村の行政体は地域活性化のために必死になっていて、そのために市民力の活用を否が応でも取り入れなければならないところがあると思うのですが、他方で大都市圏の行政体の役人どもはけっして好転しない行財政ひっ迫状況の中で、いまの立場を守る旧守・保身の傾向がものすごく出てきているように思います。
 北区では、高齢化率も少子化率も23区内トップなのに、子ども・子育て支援の施策は決して市民団体に(もしかしたらでんでんみたいな「文句の多い」団体には渡さないということなのかもしれないが、とにかく)渡さない。安心して事業を任せられる既存事業者に回して、それでも「地域づくり」だとかなんとか言って平気な顔をしています。
 集団的自衛権や国家秘密保護法など国の法令が整備される前から、それを先取りして各地で憲法九条を守る会のイベントを断ったりしているのは「危機における日本型地方自治」の行方を暗示しているように思います。(明治以降の近代日本の地方自治体は国家意思の人民への伝達機構としてつくられてきた。)
 こうしてみると、行政との協働はそれが制度化されても、それほど甘いもんじゃない。となると、森さんも言っているように市民力を背景にした「自治力」をつけることの重要性が浮かび上がってくるのでしょう。森さんが言うように「自治の再生」しか生き残る道がないことは確かなことです。

 そこのところをはっきりとさせるために、現状の社会の在り方をしっかり見据える作業が必要
TPPのことや農業生産の国際的な独占化の問題、原子力の問題、工業生産が行き着くところを超えて拡大し続ける破壊的社会の問題、国境を越えた巨大システムに統合化された社会の問題、それが生み出す人々のヒステリックな動きの活発化の問題などなど、その矛盾を指摘する人たちはたくさん出てきていますが、まず、今の社会がどうなっていて、このままいくとこれから先どうなっていくのかということを総合的に整理して解明していく作業がとても必要だと思うのです。(これはこの本の任務ではないので、書いてなくても良い。)
その作業がしっかりなされると、森さんのコーディネイター論が「これっきゃない!」となって、ますます役に立つものとして際立ってくるのでしょう。
 わたしがこだわり続けている市民活動の運営論(健全な運営とは何か、なぜそれが必要か)は、その次の課題なのかしら?

失敗例と他の人がやっている好例
 御著には、森さんの20年間にわたる仕事の中での成果がまとめられていますが、わたしみたいにやることなすことほとんど失敗の積み重ねの人間にとっては、この本に出ている事例は羨ましい限り、この本を書いた人は神様みたいに見えてきます。
 20年間で、すってんてんの失敗もあったかと思いますが、何をしたらひどいことになるという事例も紹介してくれると、安心感・親しみが持てるというものです。
 また、森さんがコーディネイトしてこなかった事例で、うまくいっていて、いいなと思える活動なども、森さんの目から見た紹介をしてくれると面白いと思います。
 たとえば、NPO法人でんでん子ども応援隊は、傍から見るとどのように見えるかという検証はいままで行ってきていません。今年も補助金ゼロで、北区社会福祉協議会に申請した助成金は却下されてしまいましたが、他方で北区コミュニティビジネス表彰団体(お金はなし)になったこと、共同募金の地区推薦で補助金がもらえたこと(でんでんが拠点としている町会の会長さんが推薦してくれました)、立正佼成会北支部からは一昨年に続いて今年も一食貢献活動で支援金を支給したい旨の申し出がありました。いずれも、こちらが手を上げないで、向こうから舞い込んできたものなのですが、地域から頑張れよと言ってくれている手触りは感じられます。でも、ちゃんとした第三者からの評価を受けたことがないのです。
 森さんのようなスタンスから、この団体がどのように見られているのかは知りたいところです。いちど、取材してもらえませんか?

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つなぐ人づくり 〜「生命地域再生コーディネータコース」〜[2011年10月07日(Fri)]
ただいま「生命地域再生コーディネータコース」が開講中です。

地域再生がうまくいくためには、地域の資源と人をつなげて持続可能な地域に導い
ていくストーリーとつなぐひとが必要。
ECOMはその<つなぐ人づくり>に力を入れているわけですが、
とっても熱心な20代から60代の13人が集まり、切磋琢磨しています。

いまちょうどコースの折り返し地点でここから生まれてくるものが楽しみです。
大切なのは、「人やものが行き交うことによって、
地域の人たちがメシが喰えるようになること」であり、
そのためには「つなぐ人」がそれでメシを喰えるようになる必要があります。

12月にはしめくくりの発表会もやりたいと思っています。
お楽しみに。

(ECOM代表 森 良)
フクシマ後の世界に希望を[2011年08月05日(Fri)]
 福島第一原発からの放射能放出は毎日続いている。
すでに放出された放射能総量は広島に落とされた
原爆30個分に相当するそうだ。
日本のみならず世界中がその脅威におののいている。
核戦争の恐怖は、「熱戦」「冷戦」としてではなく
「不安の日常化」として現出している。

 「不安の日常化」を超えていく国境を超えた市民の連帯をつくらねば
ならない。3.11後「なにかしなくては」と考える人びとが動きだしている。
世界中から市民の関心と激励が寄せられている。
命とグローバルな正義のために、
フクシマ後の世界を希望あるものとするために、
市民の連帯の力を。

(ECOM代表 森 良)

「生活はひとつ」[2011年06月02日(Thu)]
震災ボランティアのあり方を考える会議に参加しながら考えたことがある。
それは<生活はひとつ>だということだ。
地域に暮らす1人ひとりの、家族の、コミュニティの生活はそれぞれひとつで、
健康だの、福祉だの、環境だの、産業だのに分かれているわけではない。

問われているのは、<生活の再建>と<地域の再生>である。とするならば、
一軒一軒の家のそれぞれにどんなケアに関するニーズがあるのかを調べて、
キメ細かく対応しなければ<生活の再建><地域の再生>を支援するボランティア
になっていかないのではないか。そんなことを皆で話し合った。

それを進めていきながら、基本的なビジョンを地域の人たちが語り合い、
つくっていかれればよいだろう。住田町という所では、震災からわずか4日目に
町長の決断で地元産の木材(スギとカラマツ)を使い、地元の大工、地元の木工場の
手になる仮設住宅97戸の建設を開始し、すでに被災者の入居が始まっているそうだ。

中央政府の空まわりを横目に、地域にそんなしたたかで先を見越した自治がどんどん
育っていけば、日本の未来はそんなに心配したもんではない。住民もボランティアも、
そんなプロセスを共にできたらなんと楽しいことだろう。

(ECOM代表 森 良)
3.11で何が変わろうとしているのか!?[2011年05月10日(Tue)]
「3.11で何かかが変わりつつある」と皆が感じている。
そこで明後日(4/30)、新いたばし総合ボランティアセンターのスタートの集いで、
これをテーマにワールドカフェをやることになった。

問いは「3.11で何が変わる?何を変える?」
120名近く集まるということで、どんな道具が飛び出してくるのか楽しみだ。

私自身はこう考えている。
自然に逆らうのではなく、
自然に沿って生きるのが当たり前と認識されるようになったこと、
原発に関するタブーがなくなり、
オープンな議論が始まったこと、
経済成長を追究するのではない、
新しい生き方が真剣に模索されるようになったこと。

皆さんはどうお考えですか?

新年のご挨拶[2009年01月06日(Tue)]
 大変な世の中になってきた。貧困・格差の拡大、首切りの嵐……。なかでも失業者の職をどうするかという雇用の課題が一番大きい。そんな中で米次期大統領オバマがグリーンニューディールを唱えている。「クリーンエネルギーに1500億ドルを投資し。300万人の雇用を創出する」と。
 
 発想やよしである。日本でどうやってやるか考えてみた。

 私は、今の日本の最大の環境問題は「限界集落」問題であると考えている。これは、人権問題でもあり、文化問題でもあり、日本の存亡を左右する問題である。消滅する可能性のある集落が全国で2600もあるというのだから。日本の複雑で急峻な地形と多様な気候は豊かで多様な生物相と自然を生み出し、その生物の多様性の上に花開いた社会・文化・民俗の多様性は日本の誇るべき文化遺産である。そしてそれはこれらの集落にすむお年寄りのなかに蓄積され、「むらの記憶」として継承されてきたのだ。今それが消えていこうとしている。

 それだけではない。都市は農山漁村が供給してくれる食とエネルギーを受け取ることによって生きていかれるのだということを肝に銘じなければならない。

 そこで私は、「限界集落」支援の方策として青年/シニア集落協力隊を提案したい。田舎で汗を流したい、働きたいと考えている若者、シニア、失業者たちから志願者を募り、まず百姓養成塾に送る。そこで農林水産業の基本や挨拶、コミュニケーションのしかたなどをしっかり身につけてから「限界集落」にはいって働いてもらう。働きながら村人から伝統、歴史、唄、踊り、身近な動植物とその利用、循環的な暮らし方などを聞き取り「むらの教科書」にまとめていく。そのことによって村人のなかにむらと自らの人生の価値を再発見し、誇りを持ち直し、むらを次世代についで行こうという気持ちが湧き上がる。

 2009年の初夢を正夢としたいものだ。 

 代表 森 良